既存の遺伝データベースは欧州系に偏っている
理化学研究所は4月4日、アジアの多様な集団から世界初の1細胞分解能でのヒト免疫細胞アトラス「AIDA」を作成したと発表した。この研究は、同研究所生命医科学研究センター遺伝子制御回路研究チームのジェイ・シンチームリーダー(研究当時、現:遺伝子制御ゲノミクス研究チーム客員研究員)、遺伝子制御ゲノミクス研究チームのヂョン-チョウ・ホン チームディレクター、トランスクリプトーム研究チームのピエロ・カルニンチ チームディレクター、センター長室の安藤吉成高度研究支援専門職らの国際共同研究グループによるもの。研究成果は、「Cell」にオンライン掲載されている。

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ヒトの体は、祖先(遺伝的背景)や年齢、遺伝、性別、環境、生活習慣などの影響を受けるため、細胞の特徴や発達、病気への反応が異なる。例えば欧州で効果的な診断方法が、アジアでは十分な効果を示さないことがある。しかし、その仕組みはまだ完全には解明されていない。公平で個別に対応できる医療のためには、こうした違いを正しく理解することが重要だ。
遺伝的背景の調査は、遺伝データベースに基づいて行われる。しかし、2021年の遺伝データベースの約85%は欧州系の人々(世界人口の約15%)のデータが占めるため、遺伝データベースに基づく研究も欧州系に偏っていた。
アジア系集団の免疫細胞データベース構築に挑戦
遺伝的背景などによって、血液中の免疫細胞の特徴が異なることが知られている。これらの相違は、さまざまな診断マーカーとしての活用が期待されている。
例えば、血液中の免疫細胞の割合は、結核やHIV/AIDS、白血病や全身性エリテマトーデスなどの疾患の診断マーカーとして利用されている。また、CD4+T細胞の一種であるCD4+Tナイーブ細胞サブタイプの割合は、C型肝炎ウイルスに感染している患者や全身性エリテマトーデスの患者で低下していることが報告されており、診断マーカーとして使える可能性が示唆されている。
そこで今回の研究では、遺伝的背景などによって異なることが知られている血液中の免疫細胞の特徴について理解を深めるために、アジアを含む多様な集団のデータを収集して遺伝データベースの作成に挑んだ。
アジア5か国で集めた「健康な」免疫細胞126万個をプロファイリング
研究グループは、シングルセルゲノミクス技術を用いて、アジア5か国に住んでいる625人の健康な提供者の血液由来の免疫細胞126万5,624個のプロファイリングを行った。そのデータを用いて、祖先(遺伝的背景)、年齢、性別が免疫細胞の特徴にどのような影響を与えるかを解析し、アジアの「健康な」人々の免疫細胞のリファレンス情報を示す「アジア免疫多様性アトラス(AIDA)」を作成した。これは、アジアの人々の異常や疾患リスクを予測する基準値の元となる情報だ。
アジア系集団内でも免疫細胞の特徴にはさまざまな違いがあることが判明
今回の解析結果から、遺伝的背景が異なる集団間における血液中の免疫細胞の特徴がいくつか見出された。
タイに住む提供者の血液では、白血球の一種である単球の割合が平均的に低く、韓国に住む提供者の血液では、自己免疫疾患に関与する白血球細胞である制御性T細胞(Treg)の割合が非常に低いことがわかった。韓国に住む提供者、シンガポールに住む中国系・マレー系の提供者では、CD4+Tナイーブ細胞の細胞サブタイプについて、年齢による変動傾向に違いが見られた。一方で、日本およびタイに住む提供者では違いが見られなかった。
CD4+Tナイーブ細胞サブタイプのレベルは民族や年齢の影響を受ける可能性がある
また、CD4+Tナイーブ細胞の細胞サブタイプのレベルが、健康な提供者であっても、自己申告による民族情報や年齢によって異なることを発見した。つまり、CD4+Tナイーブ細胞のレベルを診断マーカーとして使用する際には、遺伝的背景などによりCD4+Tナイーブ細胞サブタイプの割合が異なるため、自己申告の民族情報と年齢の両方を考慮して診断する必要があることが明らかになった。
疾患に関連する可能性のある細胞タイプや遺伝子の情報を得られる
AIDAは、これまで日本人コホートを含む過去のヒト集団の研究で特定されてきた疾患の原因となる可能性がある遺伝子変異に影響を受ける細胞タイプや遺伝子の候補も示した。
例えば、関節リウマチに関連する遺伝子変異「rs2230500」は、日本人の提供者にも見られ、東アジアでは一般的だが、非アジア系集団ではまれ。AIDAは、低酸素応答遺伝子であるHIF1Aや、病原体に対する免疫反応に関わるB細胞サブタイプなどが、「rs2230500」に影響を受ける遺伝子や細胞タイプの候補であることを示していた。
アジア系集団の免疫細胞リファレンス情報、研究や医療への活用に期待
今回の研究で作成したAIDAによって、アジアの集団ごとの「健康な」人々の免疫細胞のリファレンス情報が示された。これにより、アジアにおける免疫の多様性の理解が深まるとともに、アジアの人々の疾患リスクの層別化、診断基準の精度向上、治療の個別化が可能になると期待される。また、より正確で効果的な医療介入につながる可能性がある。さらに、アジア集団に特有の遺伝的変異に関する貴重な知見が得られたことから、ゲノム研究における多様性の重要性が示された。
「遺伝的背景が異なる集団間の血液中の免疫細胞の相違は、疾患感受性の違いを理解するのに役立つと期待され、関節リウマチなどの自己免疫疾患の発症率に関するさらなる研究を促進する可能性がある。詳細な免疫表現型と異なる集団間での疾患発症率を組み合わせて分析することで、疾患をよりよく理解し、治療する手助けになることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・理化学研究所 プレスリリース