行政職員の離職を減らすには、精神的健康状態や職場環境を整えることが必要
東京大学先端科学技術研究センターは2月20日、中央省庁の職員を対象に調査を実施し、リーダーの謙虚さが高まると心理的安全性が高まること、そして、リーダーの謙虚さが心理的安全性を介して精神的健康状態(メンタルヘルス)と仕事への取り組み(エンゲージメント)に影響することを明らかにしたと発表した。この研究は、同センターの松尾朗子特任助教、熊谷晋一郎教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「International Review of Public Administration」に掲載されている。

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職員の離職は、特に中央省庁をはじめとした行政機関で広く問題となっている。離職は組織パフォーマンスの低下、生産性の損失、高い雇用・研修コストなど、組織に重大な結果をもたらすことが知られている。海外と同様に日本の行政機関も同様の状況に直面しており、公務員の離職率は増加傾向を示している。
人事院によると、2020年度に離職した職員は109人で、2013年度の76人から増加している。そもそも中央政府への就職が不人気であること、また、若手職員の離職率が高いことから、候補者を惹きつけて引き留めるためには、従業員の精神的健康状態や仕事への取り組みを維持するための職場環境を整える必要がある。
心理的安全性と謙虚なリーダーシップはメンバーのパフォーマンスに良い影響を与える?
従業員のメンタルヘルスとエンゲージメントは、離職率を下げるための2つの重要な要素だ。「従業員のコミットメントと満足度を高めて行政機関における定着率を向上させるために、従業員のエンゲージメントのレベルを高める必要がある」と、先行研究で議論されている。また、メンタルヘルスの問題は職場の成果に大きな影響を与える可能性があり、生産性の低下や離職率の上昇、バーンアウトといったネガティブな結果に結びついていることが示されている。
一方で、政策資源が限られる中、複雑化する社会課題に柔軟に対応していくため、日本の行政機関は、エビデンスに基づく政策立案(EBPM)、およびアジリティに注目し始めている。行政機関で働く職員は現在の職務の遂行方法を再考し、証拠に基づいたよりアジリティ指向のスタイルに変更することが求められている。したがって、従業員のメンタルヘルスとエンゲージメントを維持して離職率を減少させるだけでなく、EBPMの推進とアジリティの向上という期待に応えるための必要な条件を特定することが重要だ。
エビデンス、つまり現実を直視し、アジャイルに学習・応答する組織を実現するには、「心理的安全性と謙虚なリーダーシップ」という指標の高さが重要である可能性が先行研究から示唆されてきた。また、研究グループは企業を対象とした以前の研究で、これらの指標の高さがメンバーのパフォーマンスに良い影響を与えることを報告してきた。そこで研究グループは今回、中央省庁の一つを対象に、メンタルヘルスとエンゲージメントを両立するために、それらの要因がどのように影響するかを調べた。以前の研究では民間企業を対象としていたが、今回は中央省庁における変数間の関係を浮き彫りにした。調査対象として、EBPMとアジリティ、職員の働きやすさを改善するために積極的に組織風土の改善を促進しようとしている中央省庁に協力を依頼。職員を対象に、心理的安全性と謙虚なリーダーシップが、どのように従業員のメンタルヘルスとエンゲージメントに影響しているか調査した。
リーダーの謙虚さが心理的安全性を高め、エンゲージメント指標が上昇
中央省庁の一組織1,088人の職員(75チーム)がオンライン調査に回答。同調査はメンタルヘルスとエンゲージメントを測定する項目と、研究グループが過去に日本語訳した尺度である心理的安全性尺度、表出された謙虚さ尺度などから構成した。メンタルヘルスに関しては、従業員の不安、抑うつ、職場で心理的にストレスのかかる出来事に関する影響の度合いをメンタルヘルス状態として測定した。
研究では、マルチレベルパス解析という統計的分析を行った。分析結果から、リーダーの謙虚さが心理的安全性を高め、それによってメンタルヘルス指標は改善しエンゲージメント指標は上昇することが示された。リーダーの謙虚さが直接的に影響するのではなく、心理的安全性を介してメンタルヘルスとエンゲージメントに働きかけるということを意味している。
同知見が今後の働き方や、組織文化の変革を目指す介入の実践などに貢献する可能性
今回の研究は中央省庁を対象に、行政機関においてリーダーの謙虚さを通じて心理的安全性を高めることが、個人や組織の持続可能性に関わる職員のメンタルヘルスやエンゲージメントの向上をもたらすことを明らかにした初めての研究だ。これはメンタルヘルスやエンゲージメントに配慮した行政機関の職場環境改善が喫緊の課題となっている現代社会において、重要な知見と言える。
「本研究で収集した日本の行政政府機関における貴重なデータは、公共政策における理論の深化や、組織文化の変革を目指す介入などの実践にも貢献する可能性がある」と、研究グループは述べている。
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・東京大学先端科学技術研究センター プレスリリース