従来の薬剤、生体内安定性の課題と正常組織に集積する副作用の懸念
東京科学大学は1月28日、悪性黒色腫を標的とした、新たなアスタチン-211(211At)標識ペプチド薬剤の開発に初めて成功したと発表した。この研究は、同大物質理工学院応用化学系の田中浩士特任教授(兼 順天堂大学薬学部教授)、千葉大学大学院薬学研究院の鈴木博元助教、上原知也教授、量子科学技術研究開発機構の石岡典子上席研究員、大阪大学大学院医学系研究科の渡部直史講師を中心とする研究グループによるもの。研究成果は、「European Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging」に掲載されている。

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核医学治療では、放射性核種を結合した放射性薬剤を生体に投与し、標的部位に集積後放出される放射線によって治療を行う。従来はベータ線が使用されてきたが、近年、より効果的で副作用の少ない治療として、アルファ線を使用する治療法「標的アルファ線治療」が注目されている。しかし、アルファ線を放出する放射性核種の中で臨床応用可能なものは限られており、いずれも供給面に課題がある。アスタチン-211(211At)は臨床応用が期待されているアルファ線を放出する核種の一つで、現在国内では精力的に211At標識薬剤の開発研究が行われている。
皮膚がんの一種である悪性黒色腫は悪性度の高いがんで、遠隔転移が生じた場合の5年生存率は20%以下と報告されている。免疫チェックポイント阻害剤の登場により悪性黒色腫の治療成功率は向上しているが、効果が得られる患者は限られることから、新たな治療法の開発が望まれている。悪性黒色腫は放射線治療の効果が出にくいがんであるが、重粒子線治療のようにがん細胞へのエネルギー供給が大きければ良好な効果が得られている。しかし、重粒子線治療は局所に対して行う治療であり、転移が見られるがんは原則適応外となる。一方で標的アルファ線治療であれば、遠隔転移が生じた症例にも適応可能であり、効果も十分期待できる。
これまで211At標識薬剤の開発では、生体内安定性が高い薬剤を開発することが困難だった。安定性の低い多くの薬剤は、がんへ送達される211Atが減少し、治療効果を最大限発揮できなくなる。また、胃や脾臓、肺、甲状腺などの正常組織に集積することによる副作用が懸念されていた。
リンカー構造が異なる4種の候補薬剤を作成、腫瘍親和性や体内挙動を検討
研究グループはこれまでに、安定した211At結合分子を構築するための標識法を開発している。今回の研究では、その標識法を利用して悪性黒色腫を標的とする211At標識ペプチド薬剤の開発を行った。
211Atは半減期が7.2時間と比較的短く、効果的な治療のためには211Atを速やかにがん部位へ送達する必要がある。このため、がんへの集積に数日を要する抗体などの高分子薬剤よりも集積の速いペプチドなどを母体とする薬剤が適している。一方、高分子薬剤の開発では、211At標識部位を導入しても薬剤の標的親和性や生体内挙動には影響が出にくいが、ペプチド薬剤の場合は大きく影響される。そこで、4種の異なるリンカー構造を導入した候補薬剤を作製し、腫瘍親和性や体内挙動について検討した。211Atは入手機会が限られるため、アスタチンと同族元素である放射性ヨウ素を用いて4種のペプチド薬剤を作製した。
マウス悪性黒色腫細胞株への高い腫瘍集積示す構造を特定
その結果、[125I]NpG-GGN4bがマウス悪性黒色腫細胞株であるB16F10細胞に最も高い親和性を示し、B16F10移植マウスへ投与した場合にも最も高い腫瘍集積を示した。一般に水溶性の高い放射性ペプチド薬剤は排泄経路である腎臓に集積するが、それ以外の正常組織には集積しない。[125I]NpG-GGN4bも投与早期に腎臓に高い集積を示したが、その後速やかに排泄され、その他の正常組織には集積しなかった。
作製した211At標識ペプチド薬剤、生体内でも良好な安定性
良好な腫瘍親和性や体内挙動が確認できたことから、[125I]NpG-GGN4bの構造を基に、放射性ヨウ素標識と同様の手法を用いて211At標識ペプチド薬剤[211At]NpG-GGN4cを作製した。
[211At]NpG-GGN4cも[125I]NpG-GGN4bと同様、B16F10移植マウス投与後に高い腫瘍集積を示した。また、[211At]NpG-GGN4cは腎臓以外の正常組織への集積を示さず、血漿中安定性試験や尿分析の結果からも、生体内でも良好な安定性を示すことがわかった。
1MBqまたは0.4 MBqの[211At]NpG-GGN4cをB16F10移植マウスに投与し、治療効果を検証したところ、いずれの投与量においてもコントロール群と比較して有意な腫瘍増殖抑制効果を示し、生存期間を延長した。
悪性黒色腫の新たな治療法に応用されることに期待
以上より、[211At]NpG-GGN4cの投与により悪性黒色腫に対しても良好な治療効果が得られることが示された。[211At]NpG-GGN4cによる悪性黒色腫の標的アルファ線治療の有効性を実証するとともに、211At標識法を用いた、ペプチド薬剤の開発に成功した。「研究成果は、悪性黒色腫の新たな治療法や、種々のがんを標的としたペプチド薬剤開発への応用につながることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・東京科学大学 プレスリリース