統合失調症の発症率28.1倍のXPO7変異、脳内での制御分子や引き起こす病態は未解明
東京科学大学は1月27日、統合失調症高リスク遺伝子であるXPO7の遺伝子変異が引き起こす脳病態を明らかにしたと発表した。この研究は、同大医歯学総合研究科精神行動医科学分野の塩飽裕紀テニュアトラック准教授、豊田早織博士課程大学院生、高橋英彦教授、新潟大学脳研究所の菊地正隆准教授、慶應義塾大学医学部の田中謙二教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「EMBO reports」に掲載されている。

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統合失調症は、幻覚や妄想といった陽性症状、うつや感情の平板化といった陰性症状、さらに認知機能の低下を特徴とし、約100人に1人が発症する比較的頻度の高い精神疾患である。その原因は十分に解明されていないが、2022年に「Nature」誌において統合失調症の高リスク遺伝子が10個報告された。この研究(The Schizophrenia Exome Sequencing Meta-Analysis(SCHEMA)consortium:統合失調症エクソームシーケンスメタ解析コンソーシアムによる研究)を基に、今後の統合失調症研究の重要性が指摘されている。
その10個の遺伝子の一つであるExportin 7(XPO7)は、機能が半減する遺伝子変異によって統合失調症の発症率を28.1倍に増加させることが報告されている。XPO7はその名の通り、細胞内分子を核内から核外へ輸送(export)する主な役割を持つと考えられているが、培養細胞においては、核外から核内への輸送機能を持つことも確認されている。しかし、脳内でXPO7が具体的にどのような分子をターゲットにしているか、また統合失調症の高リスク遺伝子であるXPO7が機能半減した際にどのような病態を引き起こすのかについては、これまで報告がなかった。
さらに研究グループは、統合失調症において未治療期間の長期化や治療中断の繰り返しが治療抵抗性を生じさせる点に着目し、XPO7の機能不全のように長期間にわたり多様な分子の局在に影響を与える分子が原因となる場合、進行性の病態が形成されやすいのではないかとの仮説を立て、この仮説に基づき研究を進めた。
XPO7ノックアウトマウス作成、6か月齢で社交性低下が顕著に
研究グループは、XPO7ノックアウトマウスを作成し、統合失調症の高リスク状態を再現したヘテロノックアウトマウスを用いて研究を行った。このヘテロノックアウトマウスは、青年期にあたる3か月齢で認知機能の低下やプレパルス抑制(PPI)の異常を示し、慢性期に相当する6か月齢では社交性の低下が顕著に観察された。
XPO7ヘテロノックアウトで影響を受ける神経系分子、GRIA3など含む45個を同定
分子病態の解析では、XPO7がヘテロノックアウトで量が半減した際に影響を受ける神経系の分子に対してプロテオーム解析を実施し、影響を受ける45個の分子を同定した。その中には多くのシナプス分子が含まれており、特にシナプス受容体の一つであるGRIA3(AMPA受容体サブユニットの一つ)が含まれていた。GRIA3は、2022年に報告された統合失調症の高リスク遺伝子10個のうちの一つでもある。GRIA3は通常、シナプスで機能するために核外に輸送される必要があるが、XPO7がヘテロノックアウトになると核内にトラップされ、機能不全を引き起こすことが確認された。さらに、CutC(体内微量元素である銅からの細胞ダメージを防ぐ分子)や神経細胞特異的スプライシング調節因子であるRbfox3もXPO7のターゲットであることが明らかになった。
発症期と慢性期の前頭葉・線条体シングル核RNA解析実施、284個の遺伝子発現変化を特定
加えて、研究グループは発症期(3か月齢)と慢性期(6か月齢)に分け、前頭葉および線条体におけるシングル核RNA解析を実施した。その結果、特に病態に関連性が高いと考えられる284個の遺伝子発現変化を特定した。この中には、2022年に報告された10個の高リスク遺伝子のうち4つが含まれていた。また、XPO7の遺伝子変異の下流で、これらの高リスク遺伝子がSCHEMA研究で報告された遺伝子発現変化に有意な影響を及ぼしていることが示された。
統合失調症は、治療が困難な症状を伴うことが多く、新しい治療法の開発に向けてさらなる研究が求められている。今回の研究では、統合失調症の発症リスクを28.1倍に増加させるXPO7遺伝子変異が引き起こす脳病態を初めて明らかにした。この成果は、XPO7遺伝子変異を持つマウスが、今後の統合失調症の分子病態研究における重要な基盤(モデル)の一つとなる可能性を示している。さらに、この研究により統合失調症の脳分子病態のさらなる解明が期待され、新たな治療戦略の開発に貢献する道を開くと考えられる。
複数の高リスク遺伝子が相互関連し病態形成、変異持たない患者の治療にもつながる可能性
XPO7遺伝子の変異は統合失調症の発症リスクを大幅に高める一方で、この遺伝子変異を持つ患者は極めてまれであることが報告されている。SCHEMA研究で指摘された10個の高リスク遺伝子変異は、いずれも、発生頻度の低い遺伝子変異が引き起こす「レアバリアント病態」に該当する。しかし、これらのレアバリアントの解析から、より多くの患者に共通する病態を発見し、還元することが今後の重要な課題である。
今回の研究では、複数の高リスク遺伝子が病態形成において相互に関連し合っていることを示した。このことから、これらの遺伝子変異を持たない患者であっても、これらの高リスク遺伝子に関連する病態が存在する可能性が示唆される。「この発見は、より広範な患者層に対して、適用可能な病態モデルや治療法の開発に向けた道を開くものと期待される」と、研究グループは述べている。
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