アキレス腱断裂縫合術後に行う「早期運動療法」の定義は曖昧だった
埼玉県立大学は1月21日、アキレス腱断裂縫合術後において、腱治癒と筋機能回復には筋収縮が不可欠であることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院博士後期課程大学院生で、日本学術振興会特別研究員(DC2)の米野萌恵氏と、理学療法学科の国分貴徳准教授との研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Orthopaedic Research」にオンライン掲載されている。

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アキレス腱断裂後には外科的な再建術が行われるが、歩行やランニング、ジャンプなど地面を蹴りだす動作で重要となる足関節底屈筋力の低下が、半永久的に残存することが報告されている。この底屈筋力を十分に回復させるには、筋肥大と治癒腱の強度回復の双方が必要となる。外科的再建術後の一般的な治療の流れは、足関節装具で腱に張力がかからない肢位である底屈位で固定し、徐々に背屈方向へ可動域を広げていく。この固定期間は6~8週間にも及ぶ。その後、十分な可動域が得られてから積極的な筋力トレーニングを開始する。
これまで腱のメカノバイオロジー研究における基礎的知見では、伸張ストレスを負荷することが腱の力学的強度回復や腱治癒関連遺伝子発現に寄与することが報告されており、断裂後治癒腱の機能回復には、腱へ伸張ストレスを負荷する運動を行う必要性が示唆されてきた。一方、従来のリハビリテーションにおいては固定期間中から「早期運動療法」を開始するが、底屈筋力は正常レベルまで回復せず、「適切な時期に腱への伸張ストレスが負荷できているか」「その効果を十分に引き出せているか」については定かではなかった。その理由として、早期運動療法とされるものが、荷重歩行や関節運動という曖昧な定義しかなされていなかったことが挙げられる。
研究グループは、運動方法の違いによる筋・腱それぞれの動態に着目することで「どのような運動が効果的か」を明らかにできると考えた。静的ストレッチでは筋腱の双方に伸張力が加わるが、筋が腱よりも柔らかいため、筋がより伸ばされ易いと考えられる。一方、等尺性収縮では筋収縮に伴って腱に伸張力が負荷される。このような筋・腱の材料特性の違いを根拠に、どのような運動を選択するかにより治癒過程中の腱に加わる負荷が大きく異なり、最終的な腱治癒効果と筋収縮力に違いをもたらすと仮説を立て、研究を行った。
モデルマウスで「術後2週目からの運動介入・腓腹筋の等尺性収縮運動」が適切と発見
10週齢(成体)の雄性C57BL/6マウスを対象に、外科的に左側アキレス腱を切断し、直ちに縫合する急性アキレス腱断裂縫合モデルを作成した。術後はケージ内での足関節運動を制限するため、固定装具を装着。術後2週から運動介入を開始し、1日15分、週5日、麻酔下で実施した。術後3、5週経過時点で組織採取を行い、腱の力学的強度、組織像、腓腹筋線維径の解析を実施した。
最初に、治癒腱の力学的強度を比較するため、引張試験を実施した。術後3週(運動介入開始後1週)では、最大破断強度、応力は非運動(NE)群に対し、静的ストレッチ(St)群、電気刺激(EMS)群はどちらも有意差はなく、電気刺激(EMS)群が静的ストレッチ(St)群より優位に高くなった。このことは、術後2週目からの運動介入が腱治癒を阻害せず、腓腹筋の等尺性収縮運動が足関節背屈ストレッチよりも腱の強度回復を早めることを示している。術後5週(運動介入開始後3週)では、最大破断強度と応力は4群間で有意差は認めなかった。
積極的な筋収縮運動が「足関節底屈機能」の回復にも貢献する可能性
一方、腱の剛性は術後3、5週とも介入群間で有意差はなく、非損傷(Intact)群に対してNE群、St群、EMS群とも低値のままだった。一般的なリハビリテーションデアは、術後の足関節固定期間中に徐々に背屈可動域を拡大することが優先されるが、同研究では背屈可動域の拡大のみでは腱治癒を促進する効果はないが、筋収縮を行うことで腱の強度回復を促進することを示し、また積極的な筋収縮運動は、足関節底屈機能回復にも貢献する可能性を示唆した。
次に、腱の主要な構成要素であるコラーゲン線維の成熟度を評価するため、組織学的解析を行った。グレースケールのデータは、コラーゲン線維が太く長軸方向に配列するほど高値を示し、治癒腱がより成熟していることを示す。術後3、5週とも全ての介入群がIntact群より低値のままだったが、術後5週ではEMS群の値がSt群の1.7倍であり、より成熟している傾向を示した。この結果は力学的強度回復の結果を一部反映していると考えられるが、組織学的な変化としての差を捉えるには、より長期的なタイムポイントでの解析が必要であることを示唆した。
最適なリハビリテーションプロトコル確立による術後転帰の改善に期待
最後に、腓腹筋萎縮からの回復の程度を評価するため、筋の横断切片から筋線維の太さを示す最小フェレー径を算出した。この指標は筋線維横断面積を正確に反映するとされており、値が大きいほど筋線維が肥大していることを表している。術後3週では、EMS群がNE群より優位に高値を示したが、St群とNE群では有意差はなかった。一方、術後5週ではEMS群がNE、St群より優位に低値となった。いずれのタイムポイントも全ての介入群はIntact群より優位に低値のままだった。
また、筋線維の質を評価するため、筋線維タイプ毎に染め分けた免疫蛍光染色像より、筋線維タイプ別の最小フェレー径を算出した。組織像上では、アキレス腱断裂後の全ての介入群で一貫して遅筋線維であるⅠ型線維の減少が観察され、速筋、遅筋ともフェレー径が減少する傾向を示した。これらの変化は筋発揮張力の低下や持久力の低下と関連し、アキレス腱断裂後のパフォーマンスレベルの低下と関連している可能性がある。だが、研究グループの予想に反し、このような筋の形態学的変化を早期からの経皮的電気刺激による腓腹筋の等尺性収縮によって改善することはできなかった。今回アキレス腱断裂後、一定期間の固定により萎縮していた状態となっていた筋に対し、麻酔下で経皮的電気刺激による強制的な筋収縮を誘導したため、過度の疲労や筋損傷を引き起こした可能性が考えられる。そのため、EMS群では、NE群やSt群に比べ、長期介入において筋萎縮を引き起こした可能性がある。
以上の結果から、アキレス腱断裂に対する外科的再建術後においては、下腿三頭筋の収縮により損傷アキレス腱の治癒を促進することが示され、術後早期の機能的リハビリテーションにおいては筋収縮の誘発が不可欠であることが示唆された。さらに、早期の筋収縮は断裂後の筋機能の回復を促すことを示したが、筋収縮プロトコールの最適化にはさらなる研究が必要だ。
「本研究は、アキレス腱断裂外科的再建術後における筋機能回復の不完全性を解消するために、早期から適切な運動方法を選択することの重要性を示した。このような基礎的知見の蓄積により、最適なリハビリテーションプロトコルを確立することで、術後転帰を改善することが期待される」と、研究グループは述べている。
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・埼玉県立大学 プレスリリース