大脳より先に成熟する脈絡叢、自閉症との関連の研究はほとんどない
東京薬科大学は1月8日、自閉症の新たな治療標的として未成熟な脈絡叢を同定したと発表した。この研究は、同大生命科学部の田邉基大学院生(研究当時)、同・福田敏史講師のグループによるもの。研究成果は、「Cell Reports」に掲載されている。

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精神疾患は、がん、脳卒中、糖尿病、虚血性心疾患に並ぶ5大疾患の1つとして認定されているが、詳細な発症メカニズムの解明や治療法の確立はいまだ不十分だ。自閉症は社会性の低下やコミュニケーションの障害を含む疾患。社会性などの高次機能を担う大脳皮質の発生は胎児期に形成が行われて生後早期まで成熟過程が続く。従来から自閉症の研究としては、大脳皮質の神経細胞におけるシナプス形成や興奮性・抑制性神経のバランスの欠如、グリア細胞やミエリンを形成するオリゴデンドロサイトなどに関する報告が多くを占めている。
一方で、大脳の内側に存在する脳室には脈絡叢と呼ばれる組織が存在しており、胎生期における大脳の発生期には甲状腺ホルモンやレチノイン酸を運搬する因子や神経栄養因子などを豊富に含む脳脊髄液を産生する。脈絡叢は大脳の発生より先に機能的な成熟をするにも関わらず、自閉症などの精神疾患と関連させる研究はほとんど行われていなかった。
自閉症の原因領域2q31.2に存在するCAMDI遺伝子、詳細は不明だった
研究グループは2010年に、精神疾患関連タンパク質DISC1に結合する新規タンパク質「CAMDI(Coiled-coil protein Associated with Myosin IIa and DISC1)」の発見を報告した。CAMDIは胎生期の大脳皮質で発現が認められ、細胞内において中心体で局在が認められること、発現阻害により大脳皮質神経細胞の移動異常を示すことを明らかにした。また、CAMDI遺伝子は染色体上の自閉症の原因領域の一つである2q31.2に存在する。そこで、全身の細胞でCAMDI遺伝子を欠損するマウスを作製したところ、神経細胞移動の遅延、HDAC6の過剰活性化を伴う中心体の未成熟に加えて自閉症様の行動を示した。さらに胎生期にHDAC6特異的阻害剤の投与を行ったところ、神経細胞移動の遅延が回復し、自閉症様行動が改善した。その一方で「自閉症様行動の原因が脳内の神経細胞の移動異常だけで説明できるのか」という問いが生じたことから、そのほかの組織の機能や現象へのCAMDIの関与が示唆されていた。
CAMDI遺伝子が全身で欠損のマウス、脈絡叢で発現の遺伝子が大幅に減少
今回の研究では、自閉症に共通して機能低下を示す組織を詳細に解析することで、自閉症の発症要因の解明や治療上的を明らかにすることを目的とした。全身の細胞でCAMDI遺伝子を欠損したマウスの大脳を用いて網羅的な遺伝子発現解析を行ったところ、脳より先に成熟する脈絡叢で発現する遺伝子が大幅に減少していることを見出した。
脈絡叢特異的CAMDI欠損マウス、脳脊髄液関門の機能的破綻で臨界期遅延・社会行動低下
そこで、脈絡叢上皮細胞で特異的にCAMDI遺伝子を欠損させたマウスを作製したところ、社会性行動の低下が確認された。このマウスは多繊毛形成遺伝子や甲状腺ホルモンやレチノイン酸を運搬するトランスサイレチン遺伝子に加えて、脳内への異物混入を妨げる脳脊髄液関門を構成するZO-1遺伝子などの発現が減少し脳脊髄液関門が機能的に破綻していた。
一方で、炎症を示すサイトカインなどの遺伝子発現の上昇が認められた。また、脈絡叢で発現するOtx2遺伝子は、脳内に働きかけて抑制性神経細胞であるパルブアルブミン(PV)陽性細胞の成熟を促すことで、生後早期の限られた時期に刺激を受けることで能力を獲得できる可塑性のある時期(臨界期)を制御することが知られている。
脈絡叢特異的CAMDI遺伝子欠損マウスは、未成熟な脈絡叢になることでOtx2遺伝子の発現が減少しており、その結果、PV陽性細胞の成熟や臨界期が遅延することで社会性行動の低下を示すことが明らかとなった。
脈絡叢の未成熟と炎症、2種の自閉症モデルマウスと患者由来ミニ臓器で確認
既知のデータベースとの照合により、自閉症関連遺伝子の多くが脈絡叢で発現していることが明らかとなった。そこで、脈絡叢の未成熟が自閉症に共通する病理であることを確認するため、一般的に用いられている2種類の自閉症モデルマウス(胎生期に母体にバルプロ酸を投与するVPAマウス、並びにpoly(I:C)を投与して母胎内免疫を活性化するMIAマウス)を用いて検証を行った。
その結果、2種類の自閉症モデルマウスとも脈絡叢の成熟に関連する遺伝子や脳脊髄液関門に関連する遺伝子が減少した未成熟な脈絡叢であることに加え、炎症に関連する遺伝子の増加が認められた。さらに、自閉症患者iPS細胞を用いて脈絡叢のミニ臓器(オルガノイド)を作製したところ、モデルマウス同様の未成熟な脈絡叢を示すことが明らかとなった。
メトホルミンを自閉症の治療薬として使用できる可能性
続けて、脈絡叢の未成熟を改善することで社会性行動が回復するかを検証した。2型糖尿病治療薬のメトホルミンを社会性の生後早期(臨界期の前、生後7日~21日目)の脈絡叢特異的CAMDI遺伝子欠損マウスおよび自閉症モデル(VPA, MIA)マウスに投与したところ、脈絡叢の成熟、並びに臨界期の正常化を含む社会性行動の回復が認められた。
今後、「未成熟な脈絡叢」が自閉症に普遍的な病理であるのかの検証が待たれる。メトホルミンはすでに2型糖尿病治療薬の治療薬として認可されている薬剤だ。このことは、ドラッグ・リポジショニングにより、自閉症の治療薬として使用できる可能性がある。また、生後早期の未成熟な脈絡叢を標的とした自閉症の新たな治療法の確立が期待される、と研究グループは述べている。
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・東京薬科大学 プレスリリース