インスリンシグナル伝達に関わるIRS、マウス以外の哺乳動物では知見少ない
宇都宮大学は1月9日、インスリンのシグナル伝達に重要な因子であるインスリン受容体基質IRS-1を全身で欠損させたラットの作出に成功したと発表した。この研究は、同大農学部生物資源科学科栄養制御学研究室の豊島由香准教授、岐阜大学工学部化学・生命工学科生命化学コースの中村克行助教、東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻獣医生理学教室の山内啓太郎教授、日本医科大学の南史朗名誉教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」にオンライン掲載されている。

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インスリン受容体基質(IRS)は、インスリンやインスリン様成長因子-Iのシグナルを伝達する重要な分子であり、IRS-1~4の4種類の分子種の存在が知られている。その中でも広範な組織に発現するIRS-1とIRS-2は、インスリンの血糖降下作用の調節に重要な分子と考えられている。これらの分子の生理機能はマウスを用いて集中的に研究されてきたが、他の哺乳動物では未解明のままである。
IRS-2欠損ラットの耐糖能やインスリン感受性は阻害されなかった
そこで研究グループは、マウスと同様に哺乳類のモデル動物として汎用されているラットを用いてIRSの生理機能を明らかにするために、ゲノム編集技術の1つであるCRISPR/Cas9システムによって全身でIRSを欠損させたラットの作出を試みた。これまでIRS-2欠損ラットの作出に成功しており、IRS-2遺伝子の欠失は成長を阻害するが、耐糖能やインスリン感受性は阻害しないことを明らかにしてきた。
ゲノム編集技術利用しIRS-1欠損ラット作出に成功
今回の研究では、IRS-1欠損ラットの作出とその表現型の解析を行った。ゲノム編集技術を利用して、IRS-1遺伝子に異なるタイプの変異をもつ数匹のIRS-1欠損ラットの作出に成功した。得られた数匹のうちの1匹のIRS-1欠損ラットを用いた交配により、IRS-1欠損系統を樹立した。
肝臓などのインスリンシグナル伝達減弱しインスリン抵抗性示す
IRS-1欠損ラットの生後1~2日目の体重は野生型ラットと比べて軽く、その後の成長も著しく阻害されていた。またIRS-1欠損ラットでは、インスリン感受性が低下していたが、代償的に生じる高インスリン血症により、血糖値は正常に保たれていた。さらに、IRS-1欠損ラットの肝臓と骨格筋では、インスリンに応答した細胞内シグナル伝達が減弱していた。以上の結果から、IRS-1は正常な成長やインスリンの血糖降下作用の発揮に必須な分子であることが明らかになった。またIRS-1欠損ラットは、IRS-2欠損ラットとは異なり、インスリン抵抗性を示した。従って、インスリンの作用発揮には、IRS-2よりもIRS-1が重要であると示唆された。
インスリン抵抗性の予防や治療法開発につながると期待
インスリンは糖代謝だけでなく、脂質やタンパク質の代謝の調節にも重要な役割を担っている。インスリンの生理作用は栄養状態によって変動し、その作用不全は糖尿病や動脈硬化などさまざまな疾患を引き起こす。「今回樹立されたモデルラットは、IRS-1の生理機能や成長の仕組みを明らかにするためのツールとしてだけではなく、生活習慣病の発症要因となり得るインスリン抵抗性の予防や治療法の開発に役立つことが期待される」と、研究グループは述べている。
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・宇都宮大学 プレスリリース