医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

QLifePro > 医療ニュース > 医療 > WHO推奨「母乳育児率の評価法」、保健政策での単独活用に難-東大ほか

WHO推奨「母乳育児率の評価法」、保健政策での単独活用に難-東大ほか

読了時間:約 4分51秒
このエントリーをはてなブックマークに追加
2023年12月13日 AM09:10

」は評価法として適切か、日本のデータで分析

東京大学は12月8日、日本全国の25か月未満の子どものいる母親からオンラインで収集したデータの分析により、地域の母乳育児の状況を評価するための指標として、WHO推奨の「24時間思い出し法」を用いると、適切な保健政策につながらない可能性があることがわかったと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科の名西恵子講師、柴沼晃講師、グリーン・ジョセフ客員研究員、本郷寛子客員研究員らの研究グループによるもの。研究成果は、「BMJ Global Health」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

母乳で育つと、乳児期に感染症にかかりにくくなり重症化のリスクが下がるだけでなく、白血病、糖尿病、注意欠陥・多動性障害のリスクが下がり、知能の発達がよくなることがわかっている。また、母乳育児をした母親では乳がん、卵巣がん、糖尿病などのリスクが下がる。そこで、WHOや米国小児科学会など多くの保健機関や学会は、生後6か月間は母乳のみで育てることを推奨している。しかし、日本を含む多くの国々では母乳育児に困難をおぼえる母親が多く、母乳育児がやりやすくなるような保健政策が求められている。

保健政策の立案・実施・改善には、その地域の母乳育児状況を把握し、目標への到達度や、支援の効果を判定するための指標が必要だ。そのような指標の一つとして、WHOは、「24時間思い出し法」による母乳率を推奨している。この指標は、6か月未満児のうちで調査前24時間に母乳のみを飲んでいた子どもの割合であり、測定が簡便であることから毎年UNICEFが発行する「世界子供白書」など、多くのレポートや研究で使われている。しかし、「24時間思い出し法」が保健政策の立案や評価のために適切な指標であるかどうか、詳細に検証されたことはなかった。そこで、研究グループは、日本全国の25か月未満の子どものいる4,247人の母親からオンラインでデータを収集し、検証した。

「調査前24時間は母乳のみ」約3割に対し、「生まれた時から母乳のみ」2.5~4.4%

今回の研究では、「生下時からの授乳方法を思い出してもらった」場合と、「24時間思い出し法」とで、母乳のみで育つ子どもの割合がどう計算されるかを比較した。日本では、栄養方法の推奨がWHOと若干異なり、生後5~6か月で補完食を開始することを勧めている。そのため、この研究では、生後6か月間ではなく、生後5か月間母乳のみで育つ子どもの割合(推奨される栄養方法を実践している割合)と、生後5か月未満児で調査前24時間に母乳のみを飲んでいた子どもの割合(「24時間思い出し法」での母乳率)とを比較した。生後5か月以上の子どものいる母親(3,416人)には、出産から生後5か月までの授乳方法を思い出してもらった。

その結果、生後5か月間母乳のみで育った子どもは4.4%(149人)だった。一方、生後5か月未満の子どものいる母親(831人)に、調査前24時間の授乳方法を思い出してもらい、「24時間思い出し法」によって母乳のみで育つ子どもの割合を計算したところ、29.8%だった。さらに、同じ人たちに、6か月後に再度調査への参加を呼びかけ、生後5か月までの授乳方法を思い出してもらった。831人のうち395人が回答し、生後5か月間母乳のみで育った子どもの割合はわずか2.5%(10人)しかいなかった。

すなわち、「24時間思い出し法」を使うと、「母乳のみで育つ子どもが3割いる」という評価になった一方で、生下時から母乳のみという「栄養方法の推奨」通りに育った子どもは実際にはごくわずか(2.5%から4.4%程度)しかいなかったことが示された。調査前24時間のみを調べても、それ以外の時期の授乳方法との乖離が大きく、「栄養方法の推奨」どおりに育つ子どもの割合を反映できなかったと考えられる。これらの結果から、「24時間思い出し法」は、「生後6か月間母乳のみで育てる」というWHOの栄養方法の推奨がどの程度実践されているか、改善はみられているか、などを把握する指標としては、役に立たないと考えられた。

「24時間思い出し法」は、病院でのケアの必要性を適切に判定できていない

WHOとUNICEFは、母乳育児がしやすくなるように、病院で医療従事者が提供すべき支援を「母乳育児がうまくいくための10のステップ」(以下、「10のステップ」)として推奨している。具体的には、妊娠中に母乳育児の重要性ややり方について十分に話し合っておくこと、出産後すぐに肌と肌が触れるように赤ちゃんを抱いて最初の授乳ができるように援助すること、24時間母子同室として赤ちゃんがおっぱいを欲しがっているかどうかを母親が見分けられるように支援すること、などがある。推奨されている支援の効果についてはすでに多くの研究がなされ、この支援を受けた場合に母乳育児の実施率が上がることがわかっている。そこで今回の研究では、「10のステップ」に基づく支援を病院で受ければ受けるほど、退院後に母乳育児をしている確率が高くなると予測されるかどうかを検証した。

分析には、ROC曲線を用いた。ある母親が病院で「10のステップ」に基づく支援をどのくらい受けたかによって、その母親が将来、母乳育児をするかどうかをかなり高い確率で予測できるのであれば、ROC曲線は左上に大きく凸となるカーブを描く。「10のステップ」には効果があることが予めわかっているので、「24時間思い出し法」が有用な指標であれば、ROC曲線は左上に大きく凸となることが予想された。

その結果、生後から母乳のみであったかどうかを指標としてROC曲線を描いた場合には、「10のステップ」に基づく支援を病院でどのくらい受けたかによって母乳育児をするかどうかをよく予測できることが示された。つまり、「10のステップ」の効果が明確に示されており、母乳育児の保護と推進には病院で「10のステップ」が実行されるような保健政策を立てることが重要であることが改めて確認された。

一方、「24時間思い出し法」を指標としてROC曲線を描いた場合には、「10のステップ」に基づくケアを病院でどのくらい受けたかによって、母乳育児をするかどうかをほとんど予測できないことが示された。ところが、母親が母乳育児したい意思をもっていたかどうかの情報を追加すると予測の正確性が上がり、産科的特徴(初産、帝王切開など)の情報を追加するとさらに少し予測の正確性が上昇した。つまり、「24時間思い出し法」を指標として用いると、病院での支援を充実させることよりも母親たちが母乳育児をしたいという意思をもっと持つような保健政策をとる必要があるという解釈になってしまう。しかし、生まれた時から母乳のみで育てるという栄養方法の推奨が実践されるためには、実際には、病院での適切な支援こそが大切だ。

「24時間思い出し法」の弱点、他の指標との組み合わせで克服へ

「24時間思い出し法」を単独で使って地域の母乳育児の状況を判断すると、以下のような誤った解釈が生じる可能性があることがわかった。1)WHOの推奨通りに出産時から母乳のみで育っている子どもは実際にはほとんどいないのに、ある程度はいると判断してしまう。2)母乳のみで育てるために有効である「10のステップ」を、効果はそれほどないと判断し、しかも、母親に母乳育児の意思を持ってもらうことこそが重要だと判断してしまう。

以上のことから、「24時間思い出し法」を単独で使って母乳率向上のための保健政策をたてることは適切ではないことがわかった。「24時間思い出し法」は、簡便であり、広く使われてきたため過去との比較が可能な利点もあるが、今後は、他の指標を組み合わせて使った方がよいと考えられる。「24時間思い出し法の、母乳率を過大に見積もってしまう、病院でのケアの必要性を適切に判定できない、という弱点を克服するために、どのような指標を組み合わせるとよいのか、今後はさらに研究が必要だ」と、研究グループは述べている。

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

同じカテゴリーの記事 医療

  • 汗孔角化症、FDFT1遺伝子のエピゲノム異常が発症に関わることを発見-神戸大ほか
  • 日本小児FPIESの実態を明らかに、原因食物は「鶏卵」58.0%-筑波大ほか
  • タウオパチーを伴う認知症、新たな治療標的候補として「MARK4」を同定-東京都立大
  • 「わきが」のニオイ物質生成に関わる菌を特定、メタゲノム解析で-大阪公立大ほか
  • 先天性難聴の頻度や原因、15万人の出生児で大規模疫学調査-信州大