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攻撃性の強さに小脳グリア細胞の活動が関与と判明-東北大

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2023年12月12日 AM09:30

小脳虫部のグリア細胞や血管の活動が攻撃性を制御しているのかマウスで検証

東北大学は12月7日、雄マウス2匹を同じケージに入れた時に勃発するケンカに注目し、小脳の活動を解析した結果を発表した。この研究は、同大大学院生命科学研究科超回路脳機能分野の淺野雄輝大学院生、佐々木大地大学院生、生駒葉子助教、松井広教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Neuroscience Research」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

自転車に乗れるようになったり、楽器を弾けるようになったりするにはトレーニングが必要だが、このような運動学習に小脳が大切な役割を果たすことはよく知られている。しかし近年、小脳は運動学習以外にも情動や社会的認知のような非運動機能にも関連していることが指摘されている。また、小脳の不調は自閉症スペクトラム障害や統合失調症などにもつながることも示唆されている。特に、小脳のうちでも正中部分を占める虫部と呼ばれる領域は、ヒトにおいて攻撃性と関係していることが報告されている。

そこで研究グループは、小脳虫部のバーグマングリア細胞が、マウスの攻撃性をボリューム制御する可能性を検討した。小脳からの唯一の出力線維は、プルキンエ細胞の軸索だ。プルキンエ細胞はGABA作動性抑制性神経細胞であるため、プルキンエ細胞の活動の高まりは、その出力先の深部小脳核を抑制する。また、小脳深部核から腹側被蓋野への興奮性シナプス結合が発見されている。腹側被蓋野のドーパミン放出神経細胞は、攻撃性を含む社会的行動に対して多大な影響を与えることが知られている。したがって、プルキンエ細胞の活動と腹側被蓋野への活動には負の相関があり、プルキンエ細胞の活動が高まる/弱まると、攻撃行動は減少/増加すると考えられた。

脳の中には情報処理を担う多数の神経細胞と同じくらいの数のグリア細胞がある。従来、グリア細胞は神経細胞の隙間を埋めるだけのノリのような存在に過ぎないと考えられてきた。ところが、グリア細胞は周囲の細胞外イオン濃度や伝達物質濃度を調整する役割があり、神経回路の活動状態はグリア細胞によって左右される可能性が指摘されている。小脳の中には、バーグマングリア細胞というアストロサイトに分類されるグリア細胞がある。バーグマングリア細胞は、プルキンエ細胞に形作られるシナプス結合部位を完全に包囲している。研究グループはこれまで、この形態的特徴の指し示す通り、小脳では神経-グリア間に強固な相互作用があることを報告してきた。したがって、小脳ではバーグマングリア細胞からの作用によって、プルキンエ細胞の活動状態が定まり、マウスの攻撃性が左右されるというメカニズムが働くことが予想された。研究グループは今回、社会性の行動における小脳の役割に注目し、特に、小脳虫部のグリア細胞や血管の活動がマウスの攻撃性や暴力的な行動を制御している可能性を検証することに取り組んだ。

2匹の雄マウスを一緒にすると優勢・劣勢が入れ替わる10秒のケンカが1分おきに発生

まず、雄マウスが普段居住しているケージ内に見知らぬ雄マウスを1匹侵入させると、ケンカが始まることを確認。一般的に「居住者-侵入者行動試験」と呼ばれるモデルだが、従来は、もっぱら居住者から侵入者への攻撃が引き起こされることが報告されてきた。

しかし、同研究での実験条件では、居住者と侵入者の双方に攻撃性が引き起こされ、1回のケンカにおいても、それぞれの優勢・劣勢がダイナミックに入れ替わることが示された。また、一つひとつのケンカは10秒程度の時間が経過すると解散するため、このケンカ・イベントのことを「ラウンド」と呼ぶことにした。このようなラウンドは、1分程度に1度の割合で繰り返され、実験期間の30分の間、ほぼ一定の割合で起きることが示された。

小脳グリア細胞の活性化で「シータ波」が発生すると、ケンカ解散までの時間が早くなる

研究グループは、この居住者に注目し、ケンカ行動における小脳の神経・グリア・血管活動を調べることにした。まず、ケンカの最中は、激しい運動による筋肉の働きがあるため、小脳での神経活動はうまく記録されないことがわかった。そこで、ケンカの前とケンカ解散後の静止している時の小脳局所フィールド電位を解析したところ、解散後に4-6Hzのシータ波と呼ばれる電位振動が生じることが明らかになった。したがって、小脳に留置した電極近傍での多くの神経活動は、シータ波の周期に合わせて活動するようになることが示唆された。

次に、同じ小脳電極を使って、ケンカが始まったのに合わせて、シータ波で電気刺激をしたところ、ケンカの解散が平均的に早くなり、ラウンドの時間が統計的に有意に短くなることが示された。小脳でのシータ波の神経活動がケンカの解散につながることが示唆された。

ケンカの優勢・劣勢に連動してグリア活動が変化

神経細胞の活動は、細胞近傍のイオン濃度や伝達物質の濃度の多寡に影響されると考えられ、これらの脳内環境はグリア細胞によって制御されていると考えられる。そこで、小脳バーグマングリア細胞を含むアストロサイトに光感受性のチャネルロドプシン2を遺伝子発現させ、光を照射することでグリア細胞の活動を操作したところ、小脳でシータ波の神経活動が惹起されることが示された。そこで、ケンカが始まったのと同時にグリア細胞のChR2を光刺激したところ、ケンカの解散が早くなることが明らかになった。

続いて、光ファイバーを小脳の虫部に刺入して、小脳におけるグリア細胞内Ca2+、pH、局所血流量(BBV)の変動をファイバーフォトメトリー法で計測することにした。すると、ケンカ解散時には、グリア細胞内Ca2+が持続的に上昇することが示された。また、ファイバーフォトメトリー法では、小脳の局所脳内環境変動をケンカの最中でも記録することができたため、ケンカ中の蛍光波形を解析したところ、ケンカにおいて居住者が優勢になる時と連動して、グリア細胞内Ca2+が減少し、居住者が劣勢になる時には、グリア細胞内Ca2+が増大することが明らかになった。

小脳グリア細胞の活動操作が、統合失調症などの攻撃抑制につながる可能性

今回の研究結果により、小脳虫部のバーグマングリア細胞の活動によって、小脳神経活動のシータ波活動レベルが調整され、マウスの好戦・えん戦の気分が左右されることが示唆された。したがって、小脳グリア細胞は、マウスの攻撃性を調整するボリュームの役割を果たすと考えられた。

同研究成果をもとに、小脳グリア細胞の活動を操作することができれば、攻撃性の調整が可能になると予想される。例えばヒトの小児において、人間関係を損なうほど深刻な攻撃行動を繰り返す状態(行為障害)が生じることがある。また、統合失調症の患者においても、攻撃的行動が問題化することがある。従来は鎮静剤や麻酔薬を用いた強制的な攻撃抑制でしか対処できない場合も多くあった。しかし、小脳グリア細胞の働きを利用して、攻撃的気分そのものに操作することができれば、このような障害に対する治療となる可能性が期待される。

「小脳のグリア細胞に対して選択的に作用するような創薬開発が待たれるが、グリア細胞の機能は攻撃性の調整だけに限らないため、慎重な安全性の調査が必要とされる」と、研究グループは述べている。

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