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体外子宮での着床再現にマウスで成功、着床不全の仕組みの一端を解明-阪大

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2025年08月01日 AM09:00

着床率を改善する方法は未確立

大阪大学は7月7日、体外培養したマウス子宮で、体内と同程度の着床と発生の再現に成功したと発表した。この研究は、同大微生物病研究所の平岡毅大特任助教(研究当時)、伊川正人教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより
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日本では生殖補助医療(ART)への需要が年々高まっており、新生児の約10人に1人がARTで出生している。受精については体外受精や顕微授精を用いることで80%以上の成功が期待できるが、着床については40~50%の成功率にとどまっており、年齢や胚の質に伴ってさらに低下することが知られている。したがって、ART成功の鍵は着床が握っていると考えられるが、着床率を劇的に改善する方法や、繰り返し良好胚を移植しても着床が成立しない反復着床不全の治療法は確立されていない。

着床メカニズム、研究には技術的な壁

そのため、着床メカニズムの基礎的理解が重要となる。しかし、着床は子宮の深部で起きる現象のため、マウスなどの実験動物であっても直接観察したり介入したりすることが難しく、研究自体が困難だった。着床を体外で忠実に再現できれば研究が飛躍的に進展すると考えられるが、単細胞同士(精子と卵子)の相互作用で成立する受精とは異なり、多細胞で構成される胚盤胞と子宮との相互作用で成り立つ着床は複雑な高次生命現象であり、これまで体外で完全に再現することは難しかった。

酸素供給デバイスを用いた体外子宮システムをマウスで構築

そこで研究グループは、精巣組織を体外で長期培養することに成功した過去の研究(Sato T, et al. Nature 2011)に着目し、「気相液相界面培養法(組織への効率的な酸素供給を可能にする培養手法)」を用いて分離した子宮内膜を体外で培養した。この際、酸素透過性を持つポリジメチルシロキサン(PDMS)というシリコン素材を使用し、効果的な酸素供給を行いつつも胚を子宮内膜に固定するという手法を採用した。

PDMSの設計や酸素供給の方向、培養液の組成などさまざまな条件を検討・最適化した結果、着床が起きる側からの酸素供給によって胚は体外子宮に着床した。その後、着床を維持した状態で発生し、拡大する様子を観察することに成功した。

体外子宮への着床は生体内での着床を高度に模倣

体外子宮システムは、約95%という高い再現性で着床を誘導した。加えて、胚盤胞の構成成分である壁側栄養膜細胞の接着や栄養芽細胞の浸潤、栄養芽巨細胞への分化といった生体内での着床過程が忠実に再現されていた。また、着床後の胚は胎児成分であるエピブラストや将来胎盤となる胚体外胚葉を形成し、臓側内胚葉、壁側内胚葉、卵黄嚢腔の出現といった発生の徴候も示した。

体外子宮システムを用いてCOX-2-AKT経路を解明

このシステムでは、子宮の分泌腺や免疫細胞、血管などの子宮内環境を保存したまま培養することが可能だった。興味深いことに、この体外子宮は着床因子COX-2の誘導を忠実に再現していた。過去の研究によりCOX-2を欠損した遺伝子改変マウスの子宮では胚の接着や浸潤といった着床過程が阻害されることが示されていたが、子宮のCOX-2が着床を制御する詳しい機序については不明な点が多かった。研究グループはこの点に注目し、体外子宮を用いてCOX-2の詳しい機能解析に取り組んだ。

まず、COX-2の機能を阻害することで、体内と同様に着床不全を誘導できるかどうかを検討した。COX-2阻害剤であるセレコキシブを使用した結果、生体と同様に着床不全が再現され、さらに着床過程の中でも、子宮への浸潤過程が阻害されることが明らかとなった。

体外で着床した胚を採集し、網羅的な遺伝子発現解析を行ったところ、子宮のCOX-2はその下流シグナルを通じて、胚の栄養膜細胞のAKTを活性化することがわかった。AKTは細胞の増殖や生存をコントロールし、成長や代謝にも関与するタンパク質で、胎盤形成にも関わることが知られている。実際、AKT遺伝子欠損マウスは、胎盤低形成や胎盤形成不全による致死に至る。

活性型AKTの導入で着床不全環境の子宮で着床促進

次に、セレコキシブで誘導された着床不全を、胚のAKT活性化で改善できないか検証した。胚盤胞の内部細胞塊には侵入せず病原性や遺伝子への組み込みリスクもないアデノ随伴ウイルス(AAV)を用いて、胚の栄養膜細胞に活性型AKTを導入した。その結果、着床不全状態の子宮への胚浸潤が回復し、着床が確認された。

さらに、同様の検証をマウス個体で行った結果、同等の結果が得られたことから、体外子宮システムを用いた検証は生体を使った研究と同等の信頼性を持つことが示された。

着床研究の発展と「着床補助技術」の開発に期待

体外子宮システムを用いた今回の研究は、子宮COX-2と胚AKTを結ぶ新たな分子基軸の存在を示唆しただけでなく、多細胞間のコミュニケーションから成る着床を、特定の細胞の遺伝子発現を調節することで制御できることを明らかにした。これらの結果は、着床因子補充による着床補助技術開発の可能性を示唆している。

「本研究の体外子宮システムを用いることにより、未知の着床調節機構が明らかになる可能性があり、着床研究の飛躍的な進展が期待される。将来的には、ARTにおける反復着床不全の病態解明や着床診断技術の開発、胚の着床機能活性化による着床率の向上や反復着床不全の治療を図る「着床補助技術」の開発につながると考えられる」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

 

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