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血友病の新治療に道筋、肝類洞血管を再現する肝臓オルガノイド開発-科学大

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2025年07月14日 AM09:20

第VIII因子欠乏による血友病A、体内で凝固因子を持続産生する再生医療技術開発が急務

東京科学大学は6月26日、ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)から、ヒト肝臓に特有の血管「類洞(るいどう)」を含む肝臓オルガノイド(HLBO)を試験管内で作製することに成功したと発表した。今回の研究は、同大総合研究院ヒト生物学ユニットの佐伯憲和特任講師、武部貴則教授(大阪大学大学院医学系研究科/ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(WPI-PRIMe)兼任)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Biomedical Engineering」に掲載されている。


画像はリリースより
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肝臓は、解毒、栄養代謝、胆汁の生成、血液凝固因子の産生など、生命維持に必要な多彩な機能を担う臓器である。その中でも、肝類洞と呼ばれる特異な血管は、壁が非常に薄く、微細な穴を多数持つ有窓構造により、血液と肝細胞との間で効率的な物質交換を可能にしている。さらに、類洞血管は免疫や血液凝固など、さまざまな機能に関与するとされており、なかでも第VIII因子(FVIII)などの凝固因子を産生する主要な細胞の場として知られている。

一方、類洞血管の機能異常によって発症する疾患として、血友病Aが挙げられる。血友病Aでは、遺伝的に第VIII因子が欠乏することにより血液の凝固が妨げられ、わずかな外傷でも重篤な出血を引き起こす。現在は、定期的に凝固因子製剤を注射する補充療法が標準的な治療法とされているが、高コストや投与負担、免疫反応といった課題が存在する。こうした背景から、体内で凝固因子を持続的に産生できる再生医療技術の開発が強く求められていた。

従来技術では肝類洞構造を含む肝臓オルガノイドの作製は未実現だった

近年では、iPS細胞などのヒト幹細胞を用いて、オルガノイドと呼ばれる臓器の微細構造を模した組織を創出する技術が注目を集めている。研究グループでも、2013年に血管網を有する肝臓オルガノイドの作製に成功したが、形成されたのは動脈様の血管にとどまり、類洞のような臓器固有の血管網構造を作り出すことはできていなかった。このような技術的限界により、凝固因子をはじめとする肝臓の機能が十分に再現できない点が、これまでの課題となっていた。

ヒトiPS細胞から肝類洞内皮前駆細胞など複数の前駆細胞誘導、新たな3次元培養法開発

研究グループはまず、ヒトiPS細胞から肝類洞内皮前駆細胞(iLSEP)を効率よく誘導するプロトコルを確立した。この細胞は、胎児期の臓器に由来する血管内皮の特徴を再現しており、FVIIIの産生する能力を備えている。

このiLSEPに加えて、同様にiPS細胞から誘導した肝内胚葉細胞、間葉系細胞、動脈内皮細胞を組み合わせ、ゲル中に内封した上で、気液界面培養を利用して立体構造を構築する新たな3次元培養法(Inverted Multilayered Air-Liquid Interface:IMALI法)を開発した。この方法では、上下から酸素と栄養を供給できる培養環境を作り出すことで、各細胞が互いに影響を及ぼしながらゲルの境界を超えて自然に集まり、自己組織化が促進される。

ドーム状肝臓オルガノイド作製、類洞内皮細胞有し血液凝固因子を多数分泌

その結果、直径約3mmのドーム状肝臓オルガノイド(HLBO)が形成された。このHLBOでは、CD32b陽性の類洞内皮細胞とASGR1陽性の肝細胞が共存し、枝分かれした血管網が構築された。単一細胞RNAシーケンス解析により、HLBO内には動脈様、静脈様、類洞様の4種類の血管内皮細胞が含まれ、時間の経過とともに、CD32bおよびLYVE1陽性の類洞内皮細胞が優勢に分化することが確認された。この過程においては、iLSEPが分泌するWNT2が、肝細胞の成熟や血管形成を促進する中心的な役割を果たしていた。

このようにして形成されたHLBOでは、肝臓に特有の代謝酵素や補体の発現が高まり、血液凝固因子も多数分泌された。特に、FVIIIの分泌能力は従来の血管付き肝臓オルガノイドと比べて大幅に向上し、30日を超える期間にわたって持続した。

血友病Aモデルマウスで長期的な出血症状の改善確認

さらに、この強化された「ミニ臓器」が有する凝固機能を活用し、凝固異常疾患に対する止血治療効果を、血友病Aモデルマウスを用いた移植実験によって検証した。HLBOを移植したマウスでは、最大で5か月間にわたりヒト由来FVIIIの分泌が持続し、長期的な出血症状の改善が確認された。

今回の研究は、世界で初めて臓器特異的な血管網を有する肝臓オルガノイドの創出技術を確立するとともに、血液凝固異常疾患、特に血友病Aに対する新たな治療法を提示するものである。患者自身の細胞から作製したiPS細胞をもとに、機能性肝臓オルガノイドを構築・移植することで、外部からの凝固因子補充に依存しない、より持続的で患者の負担が少ない治療法が実現することが期待される。

また、肝臓オルガノイドから得られる凝固因子は、投与型製剤としての活用も可能であり、製薬技術への応用も視野に入る。さらに、HLBOは薬剤応答評価モデルや肝疾患の病態解明にも有用であり、創薬や個別化医療の研究基盤としても高い価値を有する。これまで再現が困難だった、臓器に特異的な血管構造と機能を併せ持つオルガノイドの創出技術の確立は、今後、さまざまな器官の再生に向けた重要なマイルストーンとなると考えられる。

他の臓器への応用も視野に入れた研究展開に期待

今後は、類洞を備えた肝臓オルガノイドを用いて、薬物の毒性評価や動態解析、疾患研究への応用を進めるとともに、さらなる長期安定性および安全性の評価を行い、ヒトへの応用を目指した実用化研究を展開していく。

今回の技術は、臓器特異的な血管構造を再構築する基盤技術として、肝疾患にとどまらず、他の臓器への応用も視野に入れた研究展開が期待される。また、「製造工程の標準化およびスケールアップを通じて、AIやロボット技術も活用しながら、再生医療、疾患モデル、創薬研究などへの幅広い応用を加速させる予定」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

 

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