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ギャンブルで「無謀な賭け」に至る心理的メカニズムの一端を解明-京大

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2021年10月21日 AM11:30

ギャンブル中の感情状態と無謀な賭けとの関係は?

京都大学は10月20日、大学生・大学院生を対象に、事前のギャンブルで勝った経験が多いと「無謀な賭け」(負けが見込まれる局面における多額の賭け)を行いやすいという現象の背後にあるメカニズムについて検討した結果を発表した。この研究は、同大大学院教育学研究科の田岡大樹博士課程学生、楠見孝同教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Gambling Studies」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより

無謀な賭けは基本的に期待値が負になるような賭けであり、長期的に見ると損失の蓄積を招く。そして、最終的にはギャンブル依存症の中核症状である「負け追い」(loss-chasing:損失を取り返そうと、賭けを続けたり賭け金を増やしたりする行動)へと発展する恐れがある。そのため、無謀な賭けの心理的メカニズムを解明し、それを予防することは、ギャンブル依存症を未然に防ぐ上で重要なポイントだと考えられる。

無謀な賭けに関するこれまでの研究では、「事前に多くの勝ちを経験すると、その後の賭けが無謀になりやすい」ということが示されてきた。この現象の背後にあるメカニズムはいまだ解明されていないが、ギャンブル中の感情状態(affect:・ネガティブ感情)が、何らかの役割を果たしていると考えられてきた。

研究グループは今回、リスク認知研究の分野で提唱されている「感情ヒューリスティック」(対象のリスク(危険性)やベネフィット(便益性)を判断する際に、対象のイメージから喚起された感情価を参照すること)に着目。そして、ギャンブル中の感情状態やリスク-ベネフィット知覚と無謀な賭けとの関係性を明らかにすることを第1の目的とした。さらに、ギャンブル依存症の中核症状である負け追いと無謀な賭けの関連性にも着目し、時系列解析の分析手法を用いて、賭けの無謀さのセッション内の時系列的変化を調べることを第2の目的とした。

勝ち群はポジティブ感情の低下やネガティブ感情の上昇なし、負け群はリスク知覚が上昇しベネフィット知覚が低下

研究では、日本人の大学生・大学院生63人(男性35人、女性28人、平均年齢21.4歳)を対象に、ギャンブル課題を用いた実験室実験を行った。同研究で使用したギャンブル課題では、試行ごとにさまざまな勝率のギャンブルが呈示され、参加者は所持チップのうち、いくら賭けるかを考えて賭けを行った。

実験では、ギャンブル課題の第1セッション(30試行)で勝敗数の実験操作が行われ、事前に多くの勝ちを経験する群(勝ち群)、多くの負けを経験する群(負け群)、その中間の勝敗を経験する群(中間群)の3つを設定し、実験参加者をいずれかの群に無作為に割り当てた。ギャンブル課題の第2セッション(100試行)では、実験操作は行われず、どの群の参加者も同じ所持チップ数でスタートした。参加者には、より高いボーナス報酬の獲得を目指して、第2セッション終了時の所持チップを最大化するように教示した。

第1セッション直前、セッション間、第2セッション直後の3時点で、参加者の感情状態や賭けに対して知覚したリスク-ベネフィットを質問紙により測定した。ギャンブル課題の第2セッションでは、参加者の賭け行動(ベット額)を記録し、各試行で呈示されたギャンブルの勝率のデータと組み合わせて、賭けの無謀さを測定した。これらのデータを、分散分析やパス解析、状態空間モデルによる時系列解析などの手法を用いて分析した。

今回の研究を通して、主に3つのことが明らかになった。第1に、勝敗経験によってギャンブル中の感情状態、リスク-ベネフィット知覚に異なる変化が生じることが判明。勝ち群の参加者では、負け群や中間群の参加者と比べて、ポジティブ感情の低下やネガティブ感情の上昇が生じていなかった。また、この感情状態の変化と対応する形で、多くの負けを経験した参加者では賭けに対するリスク知覚の上昇とベネフィット知覚の低下が見られた。

ベネフィットが高く知覚されるほど無謀な賭け、多くの負けでは終盤に無謀な賭けに出る

第2に、ギャンブル課題第2セッションの初期段階(最初の30試行)で行われた無謀な賭けについては、上述の感情状態やリスク-ベネフィット知覚の変化により説明できる可能性があることがわかった。つまり、ポジティブ感情が高くネガティブ感情が低いほど、賭けに対してベネフィットが高く知覚され、ベネフィットが高く知覚されるほど無謀な賭けが行われると考えられるという。一方で、賭けに対して知覚されたリスクと賭けの無謀さとの間には明確な関係性は見られなかった。

第3に、事前に多くの負けを経験した参加者は、ギャンブル課題第2セッションの終盤にかけて集中的に無謀な賭けを行っていたことがわかった。これは、従来の研究では報告されていなかった新奇な知見であり、セッション内における賭け行動の時系列的な変化を考慮する必要があることを示している。加えて、この結果は、ギャンブル依存症の中核症状とされる負け追いと無謀な賭けとの関連性を示唆するものと考えられるという。

賭けの無謀さの個人差を規定する要因、無謀な賭けが生じるプロセスの解明が必要

今回の研究により、ギャンブル中の感情状態やリスク-ベネフィット知覚と賭けの無謀さの関係性についての基礎的な知見が提供されたことで、無謀な賭けの心理的メカニズムについての理解促進が期待される。ギャンブル依存症の中核症状である負け追いとの関連性については、まだまだ知見の蓄積が必要だが、今後研究が進めば、ギャンブル依存症の効果的な予防方法の開発へと結びつく可能性がある。

同研究は、上記のような学術的・社会的な波及効果が期待されると同時に、無謀な賭けのメカニズムを解明するために多くの未検討の課題が残されていることも示唆している。例えば、従来の研究では事前に多くの勝ちを経験すればするほどその後の賭けが無謀になると言われてきたが、同研究では賭けの無謀さの指標の群間差(勝ち群vs.負け群vs.中間群)について、統計学的に有意な結果は得られなかった。今後は、賭けの無謀さの個人差を規定するパーソナリティやスキル、思考スタイル、信念などの要因についても検討を重ねる必要がある。また、賭け金(ベット額)の決定に至るまでの認知・学習プロセスについてより詳細な検討を行い、どのプロセスが原因となって無謀な賭けが生じるのかを突き止める必要がある。

知見をギャンブル依存症の効果的な予防策へとつなげ、社会への還元目指す

さらに、同研究では、事前に多くの負けを経験した参加者もセッションの終盤で無謀な賭けを行うということが新たに判明した。この行動の背後にあるメカニズムについても、今後検討が必要であるとしている。

「本研究は無謀な賭けの心理的メカニズムに関する基礎的な知見とこれからの研究で検討すべき課題の両方を提示できたと感じている。将来的には、こうした基礎研究で得られた知見をギャンブル依存症の効果的な予防策へとつなげ、社会へと還元することを目指している」と、研究グループは述べている。

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