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発達期の麻酔薬曝露による学習・記憶障害の分子メカニズムを解明、治療法も発見-九大

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2021年09月15日 AM11:00

発達期の麻酔薬曝露で学習・記憶障害やADHDのリスクが増加するのはなぜか?

九州大学は9月14日、発達期における複数回の麻酔薬曝露によって生じる将来的な学習・記憶障害は、脳の海馬でニューロンを新しく作りにくくなることが原因であることを明らかにし、また、(ランニング)がこの麻酔薬曝露による学習・記憶障害を改善することも発見したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究院の土井浩義助教、松田泰斗助教、中島欽一教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Proceeding of the National Academy of Sciences of the United States of America」に掲載されている。


画像はリリースより

これまで、3歳までの麻酔薬の複数回曝露により、成体期以降の学習・記憶障害やADHD(注意欠陥多動性障害)のリスクが増加することが報告されているが、その理由はよくわかっておらず、有効な治療法も確立されていなかった。

研究グループは、この麻酔薬誘導性の学習・記憶障害のメカニズムとして、海馬に存在する神経幹細胞に着目した。海馬の神経幹細胞は増殖を繰り返しながら、新しいニューロンを日々産生する(ニューロン新生)。新生されたニューロンは、やがて海馬の神経回路に組み込まれ、学習・記憶機能の維持に貢献する。麻酔薬はGABAA受容体に作用する薬剤であり、神経幹細胞はこのGABAA受容体を発現していることから、発達期での複数回の麻酔薬曝露が、神経幹細胞の挙動に悪影響を与えることでニューロン新生が低下し、結果として成体期の認知機能が低下するのではないかとの仮説を立てた。

マウス神経幹細胞の長期抑制でニューロン新生低下、学習・記憶機能が障害

ミダゾラムは、検査時や麻酔導入、集中治療室(ICU)での鎮静、てんかん重責状態の治療など小児に幅広く頻用されている麻酔薬。今回の研究では、発達期のマウスに複数回ミダゾラムを曝露することで、成体期に生じる学習・記憶障害のメカニズムの解明を試みた。

まず、生後7日目〜9日目のマウスをミダゾラムに1日1回、計3回曝露し、生後10日目および成体期8週齢の海馬において、神経幹細胞への影響を調べた。その結果、海馬の神経幹細胞の増殖が生後10日目から成体期8週齢にかけて長期的に抑制される(休止状態になる)ことが判明。また、長期的な神経幹細胞の休止状態により、成体期におけるニューロン新生の低下が認められ、海馬依存的な学習・記憶機能が障害されることを発見した。

ランニングが休止状態の神経幹細胞を活性化、ニューロン新生が亢進し症状が改善

さらに、次世代シーケンサーを用いた神経幹細胞の網羅的遺伝子発現解析から、麻酔薬曝露による神経幹細胞の長期的な休止状態の誘導には、細胞休止状態関連遺伝子の長期的な発現上昇が関与していることがわかった。

長期的な遺伝子発現変化の原因を探るため、ゲノムDNAのクロマチン構造を調べてみると、神経幹細胞において、細胞休止状態関連遺伝子の近傍のクロマチン状態が、発達期から成体期に至るまで継続的に変化しており、その結果として、細胞休止状態関連遺伝子の発現が長期的に上昇し続けることがわかった。

最後に、神経幹細胞の働きを活性化することが知られている、自発的運動(ランニング)を発達期ミダゾラム曝露マウスに実施すると、神経幹細胞において、撹乱された遺伝子の発現が概ね正常化されることがわかった。また、自発的運動は、休止状態にあった神経幹細胞を活性化し、ニューロン新生を亢進させることで、学習・記憶障害を改善できることも見出した。

ヒトでも自発的運動による学習・記憶機能の向上が認められるか調査予定

発達期の麻酔薬曝露によって成体期以降の学習・記憶障害がどのように誘導されるのか、その理由はこれまで不明とされてきたが、今回の研究成果により、強制的かつ長期的な神経幹細胞の休止によるニューロン新生の低下が一因であることが示された。また、この長期的な細胞休止は、クロマチン状態変化による細胞休止状態関連遺伝子の長期的な発現上昇が原因であることも明らかになった。これまで、麻酔薬暴露直後に起こる細胞への影響が研究されてきたが、同研究により従来考えられてきたよりも長期間にわたり、麻酔薬曝露による影響が脳細胞に残存することが明らかにされた。今後は、神経幹細胞以外の脳細胞への長期的な影響も調査していくとしている。

さらに、麻酔薬曝露後の学習・記憶障害の分子メカニズムの解明だけでなく、その治療法として自発的運動(ランニング)が有効であることもマウスを用いた研究で明らかにされた。これは、仮に手術や臨床検査などのため発達期に麻酔薬曝露を受けた場合でも、それ以降の成体期に至る過程での治療的介入により、学習・記憶障害を改善できる可能性を示している。「今後は臨床応用に向けて、ヒトにおいても自発的運動による学習・記憶機能の向上が認められるかなどを調査するとともに、より効果的な方法の開発につなげたいと思っている」と、研究グループは述べている。

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