「腸上皮間リンパ球」が何のために上皮間に存在するのか不明だった
東京科学大学は9月1日、腸の炎症を抑制する「CD4/CD8ダブルネガティブT細胞」の新たな役割を解明したと発表した。この研究は、同大大学院医歯学総合研究科 消化器病態学分野の岡本隆一教授、根本泰宏准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。

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腸の中(腸管の内側)は、体の外と同様に外部から物質が侵入する場所であることから、「内なる外」とも呼ばれている。そこには莫大な数の腸内細菌や食物など、多くの外来物質=抗原が存在している。腸管はこのような環境の中で、栄養や水といった「良いもの」を取り込みつつ、病原体などの「悪いもの」を排除するという、相反する機能を同時に果たしている。そのため、腸管は全身の免疫とは異なる、高度に発達した「腸管免疫系」を備えている。
中でも「腸上皮間リンパ球(Intraepithelial Lymphocytes:IEL)」は、特異な存在として知られている。腸管では外界である管腔側と内界である粘膜とが、わずか一層の上皮細胞層によって隔てられているが、IELはその上皮細胞の間に入り込むように存在する特殊な免疫細胞である。一方で、IELが上皮間に存在する意義については、これまで明らかにされていなかった。
DNT細胞が腸管粘膜からリンパ組織へ移動し、抗原を取り込んで提示
研究グループは今回、IELの中でも腸管に豊富に存在しながら、その機能が未解明だったT細胞分画であるDNT細胞の動態を可視化する研究プロジェクトを発案した。そして、生体マウス内の観察手法である生体内顕微鏡観察(Intravital Microscopy)を得意とするハーバード大学von Andrian教授の研究チームとの共同研究により、小腸粘膜におけるDNT細胞の「動き」を可視化し、時空間的に解析する手法の開発に成功した。
この手法による解析の結果、DNT細胞は腸上皮間を活発に移動しながら、細胞の一部を腸管腔内に突出させる運動を行い、腸管腔内の抗原と接触・取り込む瞬間を捉えることに、世界で初めて成功した。さらに解析を進めた結果、DNT細胞は腸管粘膜からリンパ組織へ移動し、移動先のリンパ組織内で抗原の取り込みと抗原提示を行うことを明らかにした。
DNT細胞が炎症性T細胞の反応を抑えるアナジーを誘導し、腸炎を抑制
DNT細胞は、CD4陽性T細胞への抗原提示に必須の分子(MHCクラスII)を発現している一方で、CD4陽性細胞を活性化するために必要な共刺激分子は発現していない。このため、DNT細胞が抗原提示を行うと、CD4陽性T細胞は活性化されず、免疫細胞が起きない状態(アナジー)に誘導されることがわかった。
また、DNT細胞が抗原提示を行えないマウス(T細胞がMHCクラスII分子を欠損しているマウス)において、急性大腸炎を誘導すると腸炎が悪化し、小腸潰瘍を誘導すると治癒が遅延することが確認された。加えて、DNT細胞にはMHCクラスII分子を介して、慢性大腸炎モデルマウスの腸炎を抑制する機能があることも明らかとなった。
クローン病患者の小腸に分布するDNT細胞は、MHCクラスII発現と抗原取り込み低下
さらに、クローン病患者の小腸に分布するDNT細胞は、対照群の患者に比べて、MHCクラスII分子の発現および抗原取り込み機能が低下しており、本研究で明らかとなったDNT細胞の機能が、クローン病の病態に関与している可能性が示唆された。
DNT細胞の機能を強化することができれば、全く新しい治療法開発につながる可能性
CD4陽性ヘルパーT細胞やCD8陽性キラーT細胞の機能については、これまで多くの研究が行われ、その役割は広く知られている。一方で、腸管に特有のT細胞分画であるDNT細胞の機能に関する研究は限られており、その生理的役割も未解明のままだった。同研究では、DNT細胞がこれまで予想されていなかった「抗原提示」という機能を有することを明らかにしただけでなく、クローン病のような難治性疾患の原因となる「腸管における過剰な炎症」を抑制するという、重要な役割を担っていることも発見した。
IELと腸上皮細胞との相互作用については先行研究が存在するものの、IELと腸管内抗原との相互作用に関する知見はこれまで示されていなかった。同研究は、IELの機能を規定する要因として、腸管腔内容物との直接的なやり取りという新たな視点を提示した点でも、意義深い成果と言える。
現在のクローン病治療の多くは、腸炎を引き起こすCD4陽性T細胞などの活性化した免疫細胞を標的としたものである。一方、同研究で明らかになったように、腸炎を抑制し上皮細胞の修復を促すDNT細胞の機能を強化することができれば、全く新しい治療法の開発につながる可能性がある。
クローン病、アレルギー、がん、感染症、老化等におけるDNT細胞の役割解明を目指す
研究グループは現在、1細胞レベルで細胞の特徴を網羅的かつ詳細に解析できる最新技術(シングルセル解析)を用いて、DNT細胞の増殖や機能を強化する分子の探索を進めている。
未知の側面が多く残されたDNT細胞には、まだ大きな可能性が秘められている。今後はクローン病に加え、アレルギー、がん、感染症、老化など、さまざまな病態におけるDNT細胞の役割解明に向けた研究も展開していく予定である。
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・東京科学大学 プレスリリース


