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動脈硬化症・MASLDのリスク因子、トランス脂肪酸による炎症促進機構解明―東北大ほか

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2025年09月02日 AM09:20

トランス脂肪酸による疾患発症・増悪の詳細な分子機構は未解明だった

東北大学は8月27日、最も主要なトランス脂肪酸であるエライジン酸が、DNA損傷の際に起きる細胞老化および炎症を促進することを発見したと発表した。この研究は、同大大学院薬学研究科の小島諒太大学院生、平田祐介准教授、松沢厚教授、佐藤恵美子准教授、帝京大学薬学部の濱弘太郎准教授、横山和明教授、静岡県立大学薬学部の滝田良教授、岩手医科大学薬学部の野口拓也教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「iScience」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより
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トランス脂肪酸は、トランス型の炭素−炭素間二重結合を1つ以上含む脂肪酸の総称である。食用油脂の製造・加工過程で副産物として産生され、一部の加工食品に含有されるエライジン酸などの「人工型」トランス脂肪酸は、過去の疫学調査を中心とした知見から、動脈硬化症、神経変性疾患、生活習慣病(糖尿病、MASLD)などの加齢や炎症が関連する諸疾患のリスクファクターとなることが示唆されている。欧米諸国ではこれまでに、食品中含有量の制限などの規制も導入されてきた。一方、主にウシなどの反芻動物の胃の中の微生物によって産生され、乳製品や牛肉などに多く含まれるトランスバクセン酸などの「天然型」トランス脂肪酸については、上記疾患との疫学的関連性は低いものの、実際の毒性の有無については科学的根拠が乏しいのが現状である。その主な要因は、トランス脂肪酸摂取に伴う関連疾患の発症・増悪の詳細な分子機構についての理解が十分に進んでいないことにある。

エライジン酸、DNA損傷時にNF-κBや上流のキナーゼを活性化し炎症を促進

研究グループは、トランス脂肪酸関連疾患全般に細胞老化および炎症が共通して密接に関与することに着目して、U2OS(ヒト骨肉腫)などの細胞株にエライジン酸を前処置してあらかじめ細胞内に取り込ませた上でDNA損傷を与え、細胞老化を誘導した。その結果、エライジン酸存在下では、細胞老化およびそれに伴うIL-1α、IL-6、IL-8などの炎症促進因子の産生が亢進した。この作用は、エライジン酸の幾何異性体にあたるオレイン酸(天然に豊富に存在するシス型二重結合を有する脂肪酸)、あるいは食品中に含まれるエライジン酸以外の主要なトランス脂肪酸4種類ではいずれも認められなかったことから、エライジン酸特有の作用であることが判明した。

詳細な解析から、DNA損傷時に、エライジン酸が炎症関連因子の発現誘導に主要に寄与する転写因子NF-κBの活性化を促進すること、その上流で働くキナーゼ分子群TAK1、IKKの活性化が増強することを見出した。

エライジン酸による炎症促進に細胞膜上の脂質ラフトとIL-1受容体が関与

そこで、TAK1/IKK/NF-κB経路の最上流にあたるIL-1受容体の関与を想定し、その活性化に重要とされる細胞膜上の脂質ラフトと呼ばれる膜上の微少領域に着目した。エライジン酸存在下では、IL-1αによるリガンド刺激時のIL-6/8の発現が上昇したこと、メチル-β-シクロデキストリン処置による薬理的な脂質ラフトの除去によって、IKKやNF-κBの活性化が抑制されたことから、IL-1受容体および脂質ラフトの寄与が確認できた。

IL-1受容体の集積、正のフィードバックによる炎症促進の引き金に

さらに、脂質ラフト画分を生化学的に分離して脂質解析を行ったところ、細胞に添加したエライジン酸が実際に脂質ラフト画分に効率よく取り込まれることが確認され、エライジン酸存在下では、同画分中におけるIL-1受容体の存在量が有意に増加していた。以上の結果から、エライジン酸は脂質ラフトに取り込まれることで、IL-1受容体を同領域内に集積させ、IL-1リガンド刺激に伴うNFκBの活性化を増強することでIL-1α/6/8の産生を促進することが明らかとなり、細胞老化および炎症を正のフィードバック機構によって促進する一連の分子機構が解明された。

MASLDマウス、エライジン酸摂取で肝臓老化と炎症亢進

さらに、野生型マウス(C57BL/6J)に12週間高脂肪食を与えることでMASLDを誘導した際の、餌中のエライジン酸の有無がこの病態に与える影響を解析したところ、エライジン酸摂取時には、肝臓における老化細胞数、およびIL-1βやcol1a1などの炎症や肝臓線維化に関わる遺伝子群の発現の有意な増加が認められた。従って、エライジン酸の摂取に伴い、MASLD発症時に、実際に肝臓における細胞老化および炎症が亢進することが、マウス個体レベルでの実験でも確認できた。

人工型トランス脂肪酸による炎症誘導・促進メカニズム解明の重要な基礎的知見

トランス脂肪酸関連疾患には細胞死も深く関与するが、研究グループを中心に、エライジン酸などの人工型トランス脂肪酸が細胞死を促進することが示され、その分子機構について解明が進んできた。その一方で、トランス脂肪酸摂取と全身性炎症(血中の炎症マーカーCRPの増加)の関連性を示した知見や、トランス脂肪酸が実際に炎症を誘導・促進することを示した細胞・個体レベルでの知見は存在するが、その背景にある具体的な分子機構については謎に包まれていた。今回の研究成果は、トランス脂肪酸による炎症誘導・促進メカニズム、および老化や関連疾患の発症・増悪機構の全容解明につながる重要な基礎的知見として位置付けられる。

また、トランス脂肪酸の中でも、代表的な「人工型」であるエライジン酸のみが炎症促進作用を有していたことから、乳製品や牛肉に含まれる天然型のトランス脂肪酸については過度に注意する必要はない一方で、人工型トランス脂肪酸の食品中含有量や摂取量について引き続き注視していく必要があると考えられる。

ヒトへの適用には検証が必要だが、関連疾患の予防・治療戦略につながる可能性

なお、今回の研究成果は、あくまでもがん細胞株を利用した分子メカニズムの解析、マウスを利用した個体レベルでの解析の結果に基づくものである。従って、実際の生理的な条件、具体的には、正常な細胞やヒトの体内において、この知見によって得られた分子機構や現象が同様に認められるか否かについては、今後のさらなる調査や検証が必要であり、今回得られた知見に関しては、そのような観点から、慎重な解釈が必要である。「今後、トランス脂肪酸による細胞老化や炎症の誘導・促進作用に関する研究や解明が進むことで、関連疾患の予防・治療戦略の開発や提案につながることが期待される」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

 

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