島皮質で発見された「社会細胞」、抑制性細胞の役割は未解明

神戸大学は8月27日、島皮質と呼ばれる大脳皮質の領域において、パルブアルブミンというタンパク質を発現する神経細胞集団の活動を画像化・操作する実験を通して、これらの細胞がストレスを受けた他のマウスに対する共感行動を制御していることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科の内匠透教授、藤間秀平氏、中井信裕特命講師および京都工芸繊維大学応用生物学系の佐藤正晃教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports」に掲載されている。

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ヒトやマウスなどの社会的動物は、相手の「感情」の状態や「馴染みのある相手かどうか」を自然に感じ取り、それに応じて自らの行動を調整する。こうした高度な社会的ふるまいが脳内でどのように制御されているか、そのメカニズムはいまだに解明されていない。

島皮質と呼ばれる大脳皮質の領域は、痛みや味覚などの感覚、多感覚情報の統合に加えて、感情や共感、社会的意思決定にも関与する多機能な脳領域である。研究グループは、マウスを用いた以前の実験で、島皮質の中でも特に前方に位置する「無顆粒領域」と呼ばれる領域に、他者との社会的なコンタクトに反応する細胞が存在することを明らかにし、こうした応答を示す細胞を「社会細胞（ソーシャルセル）」と名づけた。

一般に、大脳皮質の神経回路においては、興奮性細胞と抑制性細胞が互いに協調して働くことが重要であるとされている。当時の研究では、島皮質の大部分を占める興奮性の神経細胞のみが対象だった。そのため、島皮質における興奮性の社会細胞の活動を制御するとされる抑制性の神経細胞、その中でも特に「パルブアルブミン」という特徴的なタンパク質を発現する細胞の働きについては、未解明のままだった。

3種類の社会行動テストでパルブアルブミン陽性細胞の機能を解析

今回の研究では、微小内視鏡（ミニスコープ）を用いたカルシウムイメージングと化学遺伝学的な神経活動操作技術を用いて、3種類の社会行動テストを通じて島皮質のパルブアルブミン陽性細胞の役割を検討した。1つ目は「ホームケージテスト」で、オスの被験マウスを自身のケージ内で、今まで会ったことのない新しいオスマウスと自由に接触させた。2つ目は「リニアチャンバーテスト」で、被験マウスに3つに仕切られたチャンバーで他のマウスと無生物の物体を提示し、これら2つの標的に対して接近する好みの変化を測定した。 3つ目は「感情認識テスト」で、以前出会ったことがある2匹のマウスのうち、ストレスを受けたマウスと受けていないマウスのいずれを好むかを調べることで、ストレスによって引き起こされた相手マウスの感情を識別する能力を評価した。

パルブアルブミン陽性細胞の2割が「社会細胞」として機能

まず、ホームケージテストにおいて、パルブアルブミン陽性細胞の約2割が相手マウスとの接触中に活性化することが明らかになった。逆に、接触中に活動が抑制される細胞もごくわずかだが存在した。この結果は、パルブアルブミン陽性細胞も興奮性の細胞と同じように「社会細胞」としての活動を示すことを意味している。しかし、この単純なテストでは、パルブアルブミン陽性細胞の働きを抑制してもマウスの行動に変化は見られなかった。

他個体への「馴染み」形成にパルブアルブミン陽性細胞が必須

次のリニアチャンバーテストでは、パルブアルブミン陽性細胞を抑制しない通常のマウスは、物体よりもマウスを好み、最初のセッションでは、物体よりもマウスの近くでより多くの時間を費やした。しかし、2回目のセッションでは、マウスに対する慣れにより、マウスと物体への接近時間に差は見られなかった。一方、パルブアルブミン陽性細胞を抑制すると、マウスは1回目のセッションでマウスを好んだ後、2回目のセッションでも慣れたはずのマウスへの接近を続けた。この結果は、パルブアルブミン陽性細胞が他のマウスへの「馴染み」の形成に重要な役割を果たすことを示している。

ストレスを受けた相手への共感行動をパルブアルブミン陽性細胞が制御

最後に、感情認識テストにおいて、パルブアルブミン陽性細胞を抑制しない通常のマウスでは、2匹の新しいマウスに対する1回目のセッションでの接近時間は同程度だったが、片方のマウスに強制遊泳でストレスを与えた後の2回目のセッションでは、ストレスを受けたマウスへの接近時間が増加した。また、パルブアルブミン陽性細胞の抑制と同時にイメージングした興奮性細胞の「社会細胞」の割合を調べると、ストレスを受けたマウスへの接近によって活性化した細胞の割合は、受けていないマウスへの接近によって活性化した細胞の割合よりも高かった。

そこで、パルブアルブミン陽性細胞を抑制した条件で同じ実験を繰り返すと、ストレスを与えた後の2回目のセッションで、ストレスを受けたマウスへの接触の増加が見られなくなった。それとともに、ストレスを受けたマウスへの接近で活性化される興奮性の「社会細胞」の割合の増加も抑制された。このことは、パルブアルブミン陽性細胞が行動レベルと細胞レベルの両方において、ストレスを受けたマウスに対する指向性の制御を行っていることを示している。

大脳皮質の回路では、パルブアルブミン陽性細胞と興奮性の細胞とは互いに影響を与え合うことが知られている。より詳しく分析したところ、パルブアルブミン陽性細胞を抑制すると、興奮性の「社会細胞」がストレスを受けたマウスと受けていないマウスのどちらに反応するかに違いが生じることがわかった。このことから、島皮質のパルブアルブミン陽性細胞が、相手のストレス状態に応じて起こる神経ネットワークの再編成の「調整役」として機能していることが示された。

複雑な社会行動を支えるパルブアルブミン陽性細胞、治療標的としても期待

ホームケージテストではパルブアルブミン陽性細胞の抑制による行動の差が見られなかったのに対し、リニアチャンバーテストと感情認識テストでは他のマウスに対する馴染みと共感行動が抑制された。これらの結果から、パルブアルブミン陽性細胞は、相手との単純なコンタクトよりも、「馴染み」や「共感」のような、より複雑な社会的文脈においてマウスの社会行動を制御する役割をもつことが明らかになった。

「本研究の成果は、ヒトの「共感性」や「社会的判断」を支える脳のしくみを理解する上で重要な一歩だ。自閉スペクトラム症（ASD）や統合失調症など社会性に困難を抱える障害では、島皮質の機能異常とパルブアルブミン陽性細胞の変化が関わっていることが考えられ、それらの細胞の役割と治療標的としての可能性が注目される」と、研究グループは述べている。（QLifePro編集部）