嫌悪体験はどのような神経回路を介して将来の学習に影響を与えるか?
東京慈恵会医科大学は7月7日、恐怖などの嫌悪体験が脳内の学習ルールをどのように変化させるかをマウスで明らかにしたと発表した。この研究は、同大総合医科学研究センター臨床医学研究所の遠山卓研究員、渡部文子教授の研究グループと、名古屋大学大学院医学系研究科の本田直樹教授らの共同研究によるもの。研究成果は、「Communications Biology」に掲載されている。

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過去の経験に基づく適応的な行動は、動物の生存にとって重要だ。痛みなどの嫌悪刺激は、無条件刺激として機能し、連合学習などを介して生存確率を上昇させると考えられている。これまでに痛みなどのネガティブな情動価が、過去の経験や内的状態によって変化しうることが示唆されていたが、その神経回路メカニズムについてはよくわかっていなかった。
そこで今回の研究では、「痛み負情動に関与する侵害受容経路である外側腕傍核(PB)から扁桃体中心核(CeA)への経路における長期増強(LTP)が、ネガティブな情動価を増強し、それによって将来の学習ルールを変化させる」という仮説を立て、マウスの行動・生理学的解析や数理モデルを用いた解析を実施した。
PB-CeA経路のLTPが嫌悪刺激への回避行動を促進、情動価を増強
まず、マウスの急性脳切片を用いた電気生理学的解析により、光遺伝学的手法(神経細胞活動の亢進や抑制を人工的に操作する技術)を用いたPB-CeA経路特異的なLTP誘導法を開発した。このLTP誘導法を個体レベルに応用した解析を行い、PB-CeAのLTPは、ネガティブな無条件刺激に応じた回避行動を促進することを見出した。
次に、Rescorla-Wagnerモデルを応用した数理モデルを開発し、情動価を解析した。この解析から、PB-CeAのLTPがネガティブな無条件刺激の情動価を増強させることが示唆された。
過去の恐怖体験は学習を増強し、記憶を汎化する
最後に、PB-CeA経路のLTPと学習ルールの関係を明らかにするため、古典的なパブロフ型恐怖条件づけを応用した行動タスクを構築した。光・薬理遺伝学的手法を組み合わせた行動解析により、過去に恐怖体験をしたマウスでは、PB-CeA経路のLTPを介して学習ルールが変容し、恐怖学習の増強と恐怖記憶の汎化が生じることが明らかになった。
情動価の調節による精神疾患の新しい治療法開発に期待
今回の研究では、情動価の制御を介した経路特異的なシナプス可塑性による学習ルールの調節機構を生理学的・数理学的アプローチで明らかにした。この成果は、ヒトや動物における外的・内的状態に依存した情報処理基盤の解明につながるものだ。また、情動価の調節という観点から、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神疾患の新たな治療法開発が期待される。
「今回着目したPBやCeAといった脳皮質下領域はマウスのみならずヒトにも存在する。多様な疾患で見られる情動制御障害などのメカニズムの解明や治療法の開発に貢献できる可能性がある」と、研究グループは述べている。
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