「多職種によるケアの質」は、家族介護者の介護への向き合い方に影響する?
東京慈恵会医科大学は5月21日、在宅療養の高齢患者に提供される「多職種によるケア(医師、看護師、薬剤師、ケアマネージャーなど)」の質が、家族介護者の介護への向き合い方に影響を及ぼすことを明らかにしたと発表した。この研究は、同大総合医科学研究センター 臨床疫学研究部の松島雅人教授、富田詩織訪問研究員、青木拓也准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Geriatrics & Gerontology Internationa」に掲載されている。

日本では急速な高齢化に伴い、慢性疾患を有しながら在宅療養を継続する高齢者が増加しており、彼らの生活を支える家族介護者の役割が一層重要となっている。家族介護者が担うケアは、制度的・財政的側面からも不可欠なケア提供形態だが、介護者の心身に与える影響が社会的課題として認識されてきた。従来の研究は、介護負担感(caregiver burden)を中心に介護の否定的側面に焦点を当ててきたが、近年では、介護によって得られる満足感や成長といった肯定的側面(positive aspects of caregiving)にも注目が集まっている。
これら介護経験の肯定的・否定的評価は、介護者の主観的健康観やQOL(quality of life)と関連する重要な指標であり、両側面を包括的に評価する必要がある。専門職による多職種連携によるケアは、被介護者本人のみならず家族介護者に対しても支援を行う構造を持つが、ケアの「量」ではなく「質(quality)」に着目した研究は限られている。
そこで研究グループは今回、地域医療機関において家族介護者の視点から評価された多職種によるフォーマルケアの質(J-IEXPAC CAREGIVERSスコア)と、介護に対する認識(PAC(Positive Aspects of Caregiving)およびNAC(Negative Aspects of Caregiving))との関連性を量的に検討した。
65歳以上の要介護高齢者を介護する20歳以上の家族介護者251人を対象に調査
今回の研究は、日本の関東地域に位置する6つの無床診療所を対象に2022年11月~2023年3月の期間に実施された質問紙を用いた横断的観察研究(cross-sectional study)。対象は、対象期間中に当該診療所で訪問診療または外来診療を受けていた65歳以上の要介護高齢者と、その主要な介護を担う20歳以上の家族介護者とした。300人に質問票を配布し、251人から有効な回答を得た(回収率84%)。
介護者の平均年齢66.6歳・77%が女性、週あたりの介護時間は0~40時間が最多
主要評価指標として、多職種によるケアの質は「J-IEXPAC CAREGIVERS(Japanese version of the Caregivers’ Experience Instrument)」により評価した。この尺度は、患者および家族介護者に対する多職種によるケアの経験を介護者の視点で評価するものである。
介護に対する認識は、肯定的側面を「PAC」、否定的側面を「NAC」により評価した。これらは、それぞれ信頼性および妥当性の検証された日本語版尺度を用い、各下位尺度ごとに0〜100点でスコア化した。加えて、交絡因子として被介護者・介護者の人口統計学的背景、主観的健康観、精神的健康状態を収集。解析は、多変量線形回帰分析を用いて実施し、J-IEXPAC CAREGIVERSスコアを四分位化した上で、PACおよびNACとの関連を検討した。
その結果、介護者の平均年齢は66.6歳、女性が77%を占め、介護対象者は平均年齢86.7歳であることが判明した。週あたりの介護時間は0~40時間が最多だったが、1日17時間以上介護に従事する介護者も存在し、介護負担の多様性が示唆された。
多職種ケアの質の評価が高い家族介護者ほど、介護の肯定的認識「高」
また、J-IEXPAC CAREGIVERSスコアが上昇するに伴い、PACスコアも有意に増加する傾向が認められ、量反応関係が確認された(J-IEXPAC CAREGIVERSスコアが最も低い群(Q1)をReferenceとした偏回帰係数がQ2=6.95, Q3=12.81, Q4=19.71)。全てのPAC下位尺度(愛着、自信、学び、規範の実践)においても同様の傾向が見られた。
NACとの関連については、J-IEXPAC CAREGIVERSスコアが最も高い群(Q4)においてのみ統計学的に有意な負の関連が観察された(偏回帰係数=-7.25, 95%CI -13.04 to -1.47)。下位尺度のうち「周囲からの孤立」「被介護者との関係」においても有意な関連が見られた。
今回の研究成果により、多職種による質の高いケアが、家族介護者の介護経験における肯定的評価の形成、否定的評価の減弱に資する可能性が示された。これは、家族介護者のレジリエンスや精神的ウェルビーイングを支える基盤として、多職種によるケアの「質」への注目が必要であることを示唆している。
介護者の多様なニーズに対応する地域包括ケアモデルの構築が必要
今後の展開として、多職種によるケアの質的評価指標としてのJ-IEXPAC CAREGIVERSの普及および他地域・他疾患群への応用や縦断研究による因果関係の解明や、多職種によるケアの質のみならず、量的側面との相互作用にも着目し、介護者の多様なニーズに対応する地域包括ケアモデルの構築が求められる、と研究グループは述べている。
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・東京慈恵会医科大学 プレスリリース