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「社会的闘争」の勝敗を分ける役割をもつ神経回路を発見-理研ほか

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2025年04月24日 AM09:20

社会的闘争の終息がどのように制御されているのかは不明

(理研)は4月10日、マウスの脳にある「手綱核(たづなかく)-(きゃくかんかく)神経回路」が、社会的闘争で勝敗を分ける重要な役割を担っていることを発見したと発表した。この研究は、理研脳神経科学研究センター 意思決定回路動態研究チーム(研究当時)の岡本仁チームリーダー(研究当時、現 知覚運動統合機構研究チーム客員主管研究員)、松股美穂研究員(研究当時)らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Current Biology」オンライン版に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

全ての脊椎動物は、より広い縄張りや、より良い生殖パートナーなどを巡って同種同士で闘う。このような社会的闘争は、闘いの当事者同士が相手に致命的なダメージを与える前に、どちらかが降参して当事者同士がお互いの優劣関係を受け入れたときに終息する。しかしこれまで、このような社会的闘争の終息がどのように制御されているのかは、全くわかっていなかった。

哺乳類の同種間の「闘争行動」、手綱核から脚間核に至る2本の回路が制御?

例えば、2匹のオスのゼブラフィッシュを24時間個別に飼った後、同じ水槽に移すと、両者は一定の手順で体の大きさを強調する威示行動を行った後に、相手の側面へかみ付き攻撃を始める。攻撃は数分で終了して勝者と敗者が決まり、勝者は水槽の中央の大部分を占拠して活発に泳ぐが、敗者は水槽の辺縁部でじっとするようになる。一度勝敗が決まると、敗者は新しい相手と対戦しても大方負け続けるのに対し、勝者は新しい相手に対しても勝ち続けるようになる。

手綱核は全ての脊椎動物で、間脳の最背側部に両側性で存在し、脳の情動に関わる神経核群(大脳辺縁系の一部を含む)からの入力を受けて、中脳と後脳の境界部に接する腹側正中線上に一つだけ存在する脚間核や、さまざまなモノアミン神経細胞を含む神経核(背側被蓋野や縫線核)への出力を中継する。

研究グループはゼブラフィッシュを使った研究から、背側手綱核の外側と内側の2つの亜核は、それぞれが脚間核の背側と腹側に特異的に投射して、外側亜核から背側脚間核への回路の強化は、降参せずに闘い続けるという勝者の行動選択を促進すること、内側亜核から腹側脚間核への経路の強化は、すぐに降参する敗者の行動選択を促進すること、さらに、この2本の回路がせめぎ合ってお互いを押さえようとする働きを持つことを明らかにしていた。手綱核から脚間核に至る2本の回路は、魚類だけでなく全ての脊椎動物で進化的に保存されて存在する。つまり、進化の過程で変わらずに保たれてきていることから、哺乳類の同種間の闘争行動も、この2本の回路によって制御されているのかが次の課題となっていた。

ゼブラフィッシュの敗者の回路と相同なマウスの回路を人為的に遮断することに成功

さらに研究グループは、これまでの解剖学的研究から、ゼブラフィッシュの背側手綱核と腹側手綱核が齧歯類の手綱核の内側手綱核と外側手綱核に相当し、ゼブラフィッシュの背側手綱核の外側領域(亜核)dHbL(勝者の回路)がマウスなどの齧歯類の内側手綱核の背側領域dMHbに、ゼブラフィッシュの背側手綱核の内側領域dHbM(敗者の回路)が齧歯類の内側手綱核の腹側領域vMHbに相当することを明らかにしていた。

今回、これらの回路の機能的保存を検証するために、マウスの内側手綱核の腹側領域で、脚間核へ投射する神経の伝達物質として使われているアセチルコリンの産生を特異的に抑制した遺伝子改変マウス系統を作成し、ゼブラフィッシュの敗者の回路と相同な回路を人為的に遮断することに成功した。この系統はチューブ内で相手を押し出すことによって、勝敗を決めるチューブテストで常に勝者となった。

手綱核から脚間核に至る2本の回路が、社会的上下関係を巡る闘争の勝敗制御に重要

一方、光線の照射によってこの回路を人為的に活性化させる光遺伝学という技術を使ってこの回路を特異的に活性化すると、マウスは常にあっさり負けるようになった。さらに、内側手綱核腹側領域のアセチルコリン産生を抑制したマウスでも、マウスでの敗者の回路の候補がさらにつながっている正中縫線核のセロトニン神経細胞の活性を薬剤の投与によって、特異的に抑制する化学遺伝学という技術を適用すると勝てなくなった。

他のマウスが住んでいるケージに入れられて、先住のマウスから一方的に攻撃されて社会的敗北を喫したマウスは、その後チューブテストをすると常に敗北する。ところが、このようなマウスで、正中縫線核のセロトニン神経細胞を化学遺伝学的技術で特異的活性化すると、勝つようになった。

これらの結果は、内側手綱核腹側領域から脚間核を経て正中縫線核に至る神経回路が、ゼブラフィッシュの敗者の回路と同じ働きを持つこと、敗北の状態に追い込まれたマウスも、この回路の人為的操作で勝者として振る舞うように転換できることを示している。

心の葛藤の仕組みや、うつやひきこもりなどの精神状態の解明につながる可能性

今回の研究によって、全ての動物で進化的に保存されている手綱核から脚間核に至る2本の回路が、全ての動物に共通して見られる社会的上下関係を巡る闘争の勝敗の制御において、機能的にも保存された重要な役割を果たしている可能性が明らかになった。勝者の回路は動物が諦めないで闘い続けられるように、動物のストレス耐性を高める働きがあると考えられる。一方、敗者の回路は闘いをやめることを促進する。

しかし敗者は単に屈服や服従しているのではなく、危機的な状況を的確に判断し、自らはじっとしながら相手の動きを注意深く観察するように行動様式を変化させている。つまり、勝者の回路と敗者の回路は相手と対峙する上で、攻撃モードと観察モードのどちらで対峙するかの選択に関わっていると考えられる。手綱核から脚間核に至る2本の回路への入力や出力を行う神経回路がどのようなものかをさらに調べることによって、動物が、敵対的相手への対処の仕方をどのように決めているかを明らかにすることができる。

「この2本の回路が、どのようにせめぎ合い、どのようにして優位になる回路が決定されるのかを調べることにより、闘いを続けるか否かの心の葛藤の仕組みも明らかにできると考えられる。さらに、この2本の回路のバランスの崩れが、うつやひきこもりなどの精神状態とどのように関わるのかを研究することにより、このような精神状態の脳科学的理解や治療法の開発に貢献すると期待される」と、研究グループは述べている。

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