咳や嚥下を引き起こす咽頭や喉頭の化学環境変化、生理学的機序の詳細は未解明
京都府立医科大学は4月7日、喉の上皮に希少に存在する感覚細胞群を、マウスを用いた実験で発見し、これらの細胞が侵害化学物質に応答し、喉頭では咳、咽頭では嚥下を引き起こすこと、およびその細胞内分子メカニズムを解明したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科細胞生理学の樽野陽幸教授、理化学研究所生命医科学研究センター応用ゲノム解析技術研究チームの岡﨑康司チームリーダーらの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell」に掲載されている。

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食べ物の通り道と空気の通り道が交差する場所である喉は、誤嚥から肺を含む下気道を守るための気道防御反射の起点となっており、高度な感覚運動器官として発達してきた。主な気道防御反射には、食道を通じて食べ物を確実に胃に送り込む嚥下、誤嚥した際に下気道から物質を排出する咳(咳嗽)がある。これらの反射機能の低下あるいは亢進は健康上大きな問題となる。
例えば、咳は医療機関の受診理由第一位の症状である。世界人口のおよそ10%において長期間咳が止まらない慢性咳嗽を患っていると推計されているが、原因不明および難治性の慢性咳嗽患者が多く、治療方法は限られている。また、嚥下機能の障害は誤嚥ひいては誤嚥性肺炎を引き起こす。咽頭や喉頭などの喉の化学環境の変化が咳や嚥下を引き起こすことが知られているが、その生理学的機序は未解明な部分が多く残されている。このように、医学的な観点から気道防御反射の機序の解明が求められてきた。
上皮細胞と神経細胞の情報連絡の仕組みとして、「チャネルシナプス」に着目
研究グループはこれまでに、上皮細胞と神経細胞の情報連絡の仕組みとしてチャネルシナプスという特殊な機構を発見し、舌での味覚受容におけるその役割を明らかにしてきた。しかし、チャネルシナプスの舌以外における存在およびその働きは不明だった。チャネルシナプスの存在と機能を全身で明らかにすることにより、これまで知られていなかった生体の新たな感覚機能の発掘につながる可能性が期待されていた。
通常の化学シナプスではシナプス小胞の開口分泌を使って神経伝達物質を放出するが、第2の化学シナプスとも呼ばれるチャネルシナプスでは、電位依存性チャネルCALHM1/3のポア(細胞内外を出入りするイオンの通り道)を介してアデノシン三リン酸(ATP)を放出し、ATP受容体P2X3を発現する求心性神経に情報を伝える点が特徴的である。
求心性迷走神経との間にチャネルシナプスを形成する喉上皮の希少な化学感覚細胞を発見
今回の研究では、遺伝子改変マウスを用いたCALHM1/3発現組織の全身スクリーニングと単一細胞トランスクリプトミクス解析により、喉頭や咽頭の上皮に希少に存在し、チャネルシナプスを有する化学感覚細胞を発見した。これらの感覚細胞は喉頭では上皮内に散在するタフト細胞、咽頭では味蕾(みらい)の中で集団を形成する2型味細胞として存在している。電子顕微鏡観察を含む解剖学的解析および神経活動記録による機能解析により、これらの細胞が求心性迷走神経との間にチャネルシナプスを形成して情報伝達をしていることが明らかとなった。
喉頭タフト・咽頭2型味細胞、さまざまな侵害化学物質によりT2R発現し咳・嚥下反射誘発
さらに、単一細胞トランスクリプトミクス解析により、喉頭タフト細胞および咽頭2型味細胞が苦味を呈する毒素を含む植物抽出物、たばこの煙、空気汚染物質、病原体関連物質など、数え切れない種類の侵害化学物質に対して応答する受容体群T2Rを発現することを明らかにした。
これらの細胞の機能について明らかにするため、侵害化学物質によるT2R活性化により活動電位を発生させたところ、チャネルシナプスを介してATPを放出し、ATP受容体P2X3を発現する迷走神経を活性化し、喉頭タフト細胞と咽頭2型味細胞はそれぞれ咳反射および嚥下反射を誘発した。
チャネルシナプス機能消失マウス、酸などの古典的刺激以外の咳・嚥下反射が消失
Calhm3遺伝子の欠損によりチャネルシナプス機能を消失させたマウス(Calhm3欠損マウス)では、T2Rを介したこれらの反射が消失した。しかし古典的な刺激である酸により誘発される咳、水や高濃度塩水や酸により誘発される嚥下は影響を受けないことがわかった。
この結果から、T2Rリガンドにより誘発される咳および嚥下反射がチャネルシナプスを介していることが示された。また、T2R刺激には1,000を超える無数のリガンドが存在し、T2R刺激によって咳および嚥下反射が生じるという報告は今回の研究が初めてである。
これまで、咳や嚥下を引き起こすことが知られている化学物質の種類は限られていたが、今回の研究により無数の侵害化学物質がこれらの反射を引き起こしうることが明らかになった。また、遺伝子改変マウスを用いた光遺伝学的実験により、喉頭タフト細胞が咳反射、咽頭2型味細胞が嚥下反射のトリガーであることが確認された。
T2RとCALHM1/3の間に陽イオンチャネルTRPM5が関与
このことから、喉頭タフト細胞と咽頭2型味細胞がこれまで知られていなかった新たな感覚器官であることが示された。さらに、Trpm5遺伝子の欠損によりT2R刺激による反射が消失したことから、センサー分子T2Rと神経伝達物質の放出機構CALHM1/3の間に陽イオンチャネルTRPM5の関与が示された。このように、センサー細胞のみならずその細胞内分子機構も明らかとなった。
アレルギー性咳過敏症、喉頭タフト細胞とチャネルシナプス介した機構が判明
最後に、病的な咳における喉頭タフト細胞の関与を調べた。マウスの気管に特定のカビ抗原(アルテルナリア・アルテルナータ抽出物)を投与して4日後、T2R刺激に対する咳反射が亢進し、Calhm3欠損マウスではカビ抗原による咳反射の増強効果が消失した。このように、喉頭タフト細胞およびチャネルシナプスが病的な咳症状、例えばアレルギー性咳過敏症に関与することが明らかとなった。
慢性咳嗽の創薬標的だけでなく、咳・嚥下分子機序や喉ごしセンサー解明にもつながる可能性
この研究では、喉(咽頭および喉頭)に希少に存在して咳や嚥下をトリガーする新規の感覚器官を発見し、その生理学的および病態生理学的な機能を分子レベルで解明した。
現在、難治性の慢性咳嗽に最も効果のある薬は選択的ATP受容体P2X3拮抗薬ゲーファピキサントだが、組織中においてATPがどこから出てくるかは不明であり、かつ、高頻度で発生する味覚障害などの本剤の副作用も無視できない。今回マウスにおいて、P2X3依存性の咳機序の一つとしてATPを神経伝達物質として放出する喉頭タフト細胞を発見した。今後、ヒトにおいてもタフト細胞に起因する慢性咳嗽の存在が同定されれば、タフト細胞に発現する分子群を標的とした慢性咳嗽に対する個別化治療が進むことが期待できる。
また、咳および嚥下反射のトリガーとなる新たな感覚器官を発見し、苦味を呈する毒素などの植物抽出物、たばこの煙、空気汚染物質、病原体関連物質など、数え切れない種類の侵害化学物質に対して応答する受容体群T2Rsを発現することが明らかとなった。今回、これらの日常的に接触する多様な物質が特定の感覚器官を介して咳や嚥下を引き起こしていることが解明され、その細胞分子機序が明らかとなった。外界からの刺激に対する生体の精巧な応答機序の理解を前進させる研究成果である。
さらに、「本研究が明らかにしたT2Rリガンドである苦味物質が嚥下を促進する機構は、ビールの飲み下しやすさ、つまり苦味物質のもつ喉ごしを担う感覚センサーである可能性があり、食文化に根付いた⼀般の感覚表現に科学的根拠を与える研究成果であると言える」と、研究グループは述べている。
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・京都府立医科大学 プレスリリース