肥満予防目的で、褐色脂肪活性化法を臨床応用するには?
東北大学は4月7日、受精前に親が低い外気温や大きい寒暖差に曝されると、子の褐色脂肪の活性が成人後も高い状態で維持され、エネルギー消費量が高まって肥満リスクが低下することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科の酒井寿郎教授、米代武司准教授、北海道大学の斉藤昌之名誉教授(元大学院獣医学研究院教授)、東京医科大学の濵岡隆文主任教授、布施沙由理助教、天使大学看護栄養学部の松下真美講師、東京大学先端科学技術研究センターの中村尚教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Metabolism」にオンライン掲載されている。

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肥満は糖尿病、脂質代謝異常症、高血圧、肝疾患などの主な原因であり、死亡率と強く関連する。肥満の予防に食事管理や運動が効果的であることは知られているが、「良い生活習慣」の実践は容易ではない。そのため、肥満患者は増加の一途をたどっており、有効な予防法・治療法の確立は急務となっている。
新たな肥満予防法を探すため、研究グループは発熱とエネルギー消費に特化した褐色脂肪組織(以下、褐色脂肪)に着目した。ヒトを含めた恒温動物は、どんな環境でも約37℃の深部体温を維持しなければ生存できない。褐色脂肪は寒い環境下で熱を産生する脂肪組織で、この熱産生には多量のエネルギーが使われ体脂肪の減少につながることから、褐色脂肪の活性化による生活習慣病の予防が期待されている。これまでの研究から、褐色脂肪の活性が高い人ほど肥満が起こりにくく、糖尿病や冠動脈疾患のリスクが低いことが明らかにされている。しかし、臨床応用可能な活性化法はまだなく、その開発のためには褐色脂肪の機能調節の仕組みを詳しく解明する必要があった。
受精日が寒い時期だった人は暖かい時期の人に比べ褐色脂肪の活性が高い
研究グループは今回、褐色脂肪の機能が世代を超えて調節されていることを明らかにした。陽電子放出断層撮影法(FDG-PET/CT)を用いて若年成人男性(356人)の褐色脂肪の活性を評価し、同被験者の受精日および出生日との関連を調べた。その結果、受精日が暖かい時期だった被験者(温暖受精群)に比べ、寒い時期だった被験者(寒冷受精群)の方が褐色脂肪の活性が高いことがわかった。一方、出生時期は褐色脂肪との関連を示さなかった。次に、近赤外時間分解分光法(NIR-TRS)を用いて別の成人男女(286人)の褐色脂肪密度を調べたところ、やはり温暖受精群に比べて寒冷受精群で高いことがわかった。
このような受精時期に関連した褐色脂肪の調節は、エネルギー消費量と肥満度にも影響を及ぼすことがわかった。褐色脂肪が寄与するエネルギー消費である寒冷誘導熱産生および二重標識水法により測定した日常生活下での総エネルギー消費量について調べると、いずれも温暖受精群に比べ、寒冷受精群で高い値を示した。肥満度の指標として体格指数と内臓脂肪量を調べると、温暖受精群に比べ寒冷受精群で低下していた。
受精前の外気温が低い+日内寒暖差が大きいことが褐色脂肪の活性化に関与
褐色脂肪の運命決定の鍵になる環境要因を特定するため、受精時の居住地を調べ、気象データベースから当時の気象パラメータを取得した。解析の結果、受精前の外気温が低いことに加え、日内寒暖差が大きいことが褐色脂肪の活性化に関与していた。以上から、褐色脂肪の代謝運命と生活習慣病リスクは受精前の親の環境曝露状況により、受精前にプログラムされることが明らかになった。
親から子へと伝搬する褐色脂肪の活性化を応用した新たな生活習慣病予防法に期待
研究で明らかになった世代を超えた熱産生体質の伝搬は、もともと寒い環境への適応反応の一つであったと思われる。例えば大昔には、環境温度変化が激しい自然環境でも子孫を生き残らせるために不可欠な仕組みだったかもしれない。一方、住環境や衣服が発達した現代においては、寒冷適応というよりはむしろ、肥満リスクの低下に働くことで、人間の健康に役立っていると考えられる。「温暖化が進む現代においてはこの仕組みが十分に機能していないと考えられ、この仕組みを最大限に活性化する仕組みを見つけることにより、これまでになかった新たな生活習慣病予防法の考案につながると期待される」と、研究グループは述べている。
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