医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

QLifePro > 医療ニュース > 医療 > 大きなグループほど「記憶の不確実性」が高まり、協力行動増加の可能性-理研ほか

大きなグループほど「記憶の不確実性」が高まり、協力行動増加の可能性-理研ほか

読了時間:約 5分41秒
このエントリーをはてなブックマークに追加
2025年01月21日 AM09:10

作業記憶など認知能力の制限とグループサイズがどのように関連しているかは不明だった

(理研)は1月9日、グループサイズの変化が人々の協力行動に影響を与えるメカニズムを解明したと発表した。この研究は、理研脳神経科学研究センター 理研CBS-トヨタ連携センター(BTCC)社会価値意思決定連携ユニット(研究当時)の赤石れいユニットリーダー(研究当時)らの国際共同研究グループによるもの。研究成果は、「Communications Psychology」オンライン版に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

人類の文明は大規模な協力の上に成り立っているが、これには人類特有の行動や脳の特徴が関わっていると考えられてきた。例えばダンバーらの研究により、霊長類の脳の大きさと社会的グループのサイズには強い相関があり、ダンバー数と呼ばれる人間に特徴的なグループのサイズも脳の大きさから推定できることが示唆されてきた。また、個人の白質構造の違いが友人の数と関連していることや、発達期のグループサイズが脳の成熟に影響を与えることが示されている。これらの発見は、グループサイズが生涯や世代にわたる時間スケールで脳の構造と行動と関連していることを示唆している。

このような脳の特徴があるものの、グループサイズが大きくなるほど協力は難しくなると考えられてきた。従来の経済理論やゲーム理論の研究においても、グループサイズの増加は協力を抑制する要因として考えられてきた。これは以下の2つの理由に基づいている。第1に、グループサイズが大きくなると、1人の協力相手との関係が悪化することのコストが相対的に小さくなる。第2に、特定の相手との相互作用の頻度が下がる(相互作用間隔が長くなる)ことで、将来の協力から得られる潜在的な報酬が減少する。実際に、過去の実験研究の多くは、大きなグループでは協力が減少することを報告していた。

しかし、これらの研究では、グループのメンバーシップが固定されており、参加者は好ましくないグループから離脱したり、非協力的なメンバーに制裁を加えたりすることができなかった。また、グループメンバーの数が変動する可能性も考慮されていなかった。現実の集団形成過程では、これらのグループの流動性の要素が重要な役割を果たすと考えられる。

さらに、これまでの研究では、参加者の記憶能力について、「完璧な記憶力を持つ」か「ほとんど記憶できないか」のいずれかを仮定することが一般的だった。しかし、実際に人間は、適度に良好ではあるが、容量の限られたノイズの多い作業記憶(ワーキングメモリー)能力を持っている。グループが大きくなると、より多くの相手とのやり取りの記憶を保持する必要があるため、記憶の制限とグループサイズが何らかの関係性を持つことが予測される。実際にダンバーらは、グループサイズが拡大すると社会的情報処理や記憶といった認知能力の制限を押し広げる必要が生じ、それに伴い認知能力を支える脳の大きさも増大してきたとする「社会脳仮説」を提唱している。しかし、作業記憶などの認知能力の制限とグループサイズが実際に実験状況でどのように関連しているかは明らかにされていなかった。

83人を対象に、グループサイズが動的に変化する環境での意思決定実験を実施

そこで研究グループは今回、従来の研究で欠けていたグループ形成におけるグループメンバーの流動性やグループサイズの変更が記憶能力の制限と相互作用するような特徴を持つ新しい実験パラダイムを作り、グループ形成の初期段階における協力行動のメカニズムを解明することを目指した。特に、社会的なやりとりに関する記憶能力と、その神経基盤がグループサイズと協力行動の関係に与える影響に注目した。

まず83人の参加者を対象に、グループサイズが動的に変化する環境での意思決定実験を実施した。参加者は機能的磁気共鳴画像法()を用いた脳活動計測中に、他のメンバーと繰り返し「囚人のジレンマゲーム」と呼ばれる二者間の意思決定課題を行った。この課題では、各参加者は各試行で無作為に選ばれた1人のメンバー(参加者は人間だと思っているが実際にはコンピューターにより制御されたパートナー)と囚人のジレンマゲームによるやり取り(相互作用)を行い、パートナーと協力するか否かを選択する。この実験の特徴は、グループのメンバー数が2~6人の間で動的に変化する点にある。およそ10%の試行で新しいメンバーが加わり、20%の試行では現在のメンバーとの関係を解消するか否かの選択が可能だった。

83人を対象に、グループサイズが動的に変化する環境での意思決定実験を実施

意思決定実験の結果、予想に反してグループサイズの増加に伴い協力行動が増加した。全体として57%の試行で協力行動が選択され、グループサイズが大きくなるほど、また特定のメンバーとの相互作用間隔が長くなるほど、協力的な選択が増えた。一方、パートナーの前回の選択をまねる「応報的な」行動は減少した。

記憶の保持が強いほど紡錘状回・楔前部の間と、楔前部・側坐核の間の機能的結合が増

fMRIによる脳機能画像解析では、意思決定に関与する脳領域のネットワークが同定された。記憶の保持の強さは紡錘状回と楔前部で符号化され、これらの情報は側坐核(そくざかく)において報酬価値として処理されていた。特に、記憶の保持が強いほど紡錘状回と楔前部の間、および楔前部と側坐核の間の機能的結合が増加することが示された。

社会的傾向と選択の不一致で葛藤が起こると、左背外側前頭前野の活動が変化

さらに詳細な解析により、前頭前皮質において、これらのパートナーとの相互作用に関する記憶と実験参加者ごとの社会的な傾向が統合されて意思決定に活用されていることが明らかになった。実験参加者はそれぞれ平均的にパートナーとどれくらいの確率で協力するかが違っており、この実験の時間の中では安定した傾向を持っていた。これらの脳領域では、相互作用レベル(パートナーとの記憶:数試行~数十試行)、個人レベル(社会的傾向:実験全体)という2つの異なる情報が統合されている。特に重要な発見は、記憶の不確実性が高まると、より長期的な時間スケールの情報である安定した個人の社会的傾向がより強く行動に影響を与えるようになることだ。この情報統合の過程は、主に左前頭前皮質と前帯状皮質における活動パターンに反映されていた。この情報統合の際には、2つの情報が一致しない場合に、葛藤が生じることが示唆される。

具体的には「参加者の社会的傾向(もともと協力的か否か)」と「パートナーの前回の選択(協力か非協力か)」が一致しない場合、葛藤が大きくなり、前頭前皮質の一部である左背外側前頭前野の活動が変化することが確認された。例えば、普段は協力的なのに、前回裏切られたパートナーと対峙する場合には葛藤が生じる。この葛藤の大きさは、パートナーとの記憶の距離(前回の相互作用からの時間的距離)によっても変化し、記憶が「少し前」の場合に比べて「直近」の場合により大きな葛藤が生じた。

メンバー間の関係性を柔軟に調整できる組織設計や社会システム構築に重要な示唆

今回の研究により、グループサイズの変化が人々の協力行動に影響を与えるメカニズムが明らかにされた。「大きな組織ほど人間は協力的か?」という問いの一見直感に反する結果に対し、最新脳科学でメカニズムが解き明かされた。特に重要な発見は、グループサイズの拡大が記憶の不確実性を高め、結果として個人の根底にある協力傾向を顕在化させることで、全体の協力行動を促進するということだ。この知見は、メンバー間の関係性を柔軟に調整できる組織設計や社会システムの構築に向けて、重要な示唆を与えるものだ。従来、チームの規模は業務効率や管理のしやすさを重視して決定されてきたが、同結果は、社会構造の柔軟性を考慮する必要性を示している。例えば、企業や研究機関におけるチーム編成においては、メンバーが自然に関係性を構築・調整できる柔軟な組織構造を設計することで、より効果的な協力関係を構築できる可能性がある。

また、オンラインプラットフォームやソーシャルメディアの設計にも重要な示唆を与える。現代社会では、デジタル環境での協力や信頼関係の構築が大事になっている。同研究で明らかになった記憶と社会的傾向の情報統合のメカニズム、および社会的連帯の動的な形成・解消の重要性をふまえることで、ユーザーが自然に関係性を発展させられる柔軟なプラットフォーム設計が可能になるとも考えられる。さらに、人類の進化に関する理解にも新しい視点を提供する。特に前頭前皮質における異なる時間スケールの情報統合能力(マルチスケール計算)と社会的関係を柔軟に調整する能力が、大規模な協力的社会の形成を可能にした要因である可能性を示唆している。この観点は、人類特有の認知能力と社会性の共進化を理解する上で重要な手がかりになると思われる。

「今後は本研究成果をより現実的な環境での長期的な相互作用に拡張していく必要がある。例えば、既存の組織における実証研究を通じて、文化や階層構造、個人の性格特性といった要因が、社会的連帯の形成にどのような影響を与えるのかを検討することが大切だ。また、これらの知見を実践的に活用するための具体的な方法論の開発も期待される。特に、個人やグループの特性に応じて柔軟な関係構築を促進するかという点は、重要な研究課題となるだろう」と、研究グループは述べている。

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

同じカテゴリーの記事 医療

  • 多発性嚢胞腎、「一次線毛にコレステロール供給」が新規治療となる可能性-山口大ほか
  • 過敏性腸症候群、オピオイドδ受容体作動薬でモデルマウスの症状が改善-東京理科大
  • 低気圧と痛み、ストレスホルモン関与の可能性-愛知医科大
  • 胃がんに対する術後補助化学療法、75歳超の高齢者にも有効-NCGMほか
  • 多汗症、医療・気象のビッグデータを用いた調査から流行開始期を予測-科研製薬ほか