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腸内細菌の腸への定着、宿主の食事に合わせた菌の遺伝子変異が重要-慶大先端研ほか

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2024年02月21日 AM09:00

宿主の食事内容で大腸菌にどのような遺伝子変異が生じるのか、マウスで検証

慶應義塾大学先端生命科学研究所は2月14日、無菌マウスと大腸菌を用いた人工共生系において、腸内定着時に生じる大腸菌ゲノムの遺伝子変異は、宿主であるマウスの食餌の種類に依存して変化すること、およびこれらの変異株はマウス腸内の栄養素を効率的に利用する能力を高めることで、遺伝子変異のない大腸菌株よりもマウス腸内で優勢になることを明らかにしたと発表した。この研究は、同研究所所属、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程3年の月見友哉氏と福田真嗣特任教授(順天堂大学大学院医学研究科細菌叢再生学講座特任教授・神奈川県立産業技術総合研究所腸内環境デザイングループグループリーダー・筑波大学医学医療系客員教授・JST ERATO深津共生進化機構プロジェクト副研究総括を併任)らの研究グループによるもの。研究成果は、「mSystems」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

ヒトの腸内には多種多様な細菌が約40兆個生息していると見積もられており、これらは腸内細菌と呼ばれる。大腸菌は腸内細菌の一種で、遺伝学的操作が容易なことから腸内細菌研究のモデル生物としても利用されてきた。先行研究において、大腸菌がマウス腸内に定着する際にガラクチトール代謝に関わるgatCを含む一部の遺伝子が腸内環境に応じて変異する例がいくつか報告されていた。しかし、宿主の食事内容が、遺伝子変異による大腸菌の適応度や、変異する遺伝子の種類に影響するのかについては明らかになっていなかった。

そこで研究グループは今回、遺伝子変異を起こしやすい大腸菌ミューテーター株を無菌マウスに経口投与することで人工的に移植した細菌の腸内定着の様子を調べる人工共生系を確立し、マウス腸内に定着する大腸菌にどのような遺伝子変異が生じているのかを網羅的に解析した。

araC・malIの機能欠失型変異でマウス腸内の「大腸菌適応度」が上昇

大腸菌をマウスに移植して3か月後、3回の試験に共通してアラビノース代謝に関わるaraC、ガラクチトール代謝に関わるgatC、マルトース代謝に関わるmalI遺伝子に機能欠失型変異が認められた。すでに報告されているgatC遺伝子に加え、araCとmalIの遺伝子変異が実際にマウス腸内における大腸菌の適応度を上昇させるのかを検証するため、gatCに加えてaraC・malIが欠損した大腸菌株を作成し、gatC欠損株とマウス腸内で競合定着試験を実施した。

その結果、gatC・araC・malI欠損株がgatC欠損株よりも優勢になったことから、araC・malIの機能欠失型変異がマウス腸内での大腸菌の適応度を上昇させることが明らかになった。

宿主の食餌内容が、大腸菌の遺伝子欠損による腸内適応度に影響することを確認

araCとmalIはどちらも糖代謝に関わる遺伝子であることから、マウス腸内における糖の量や組成といった環境が、araC・malI遺伝子欠損による適応度上昇に影響する可能性が考えられた。そこで、これまでの試験で使用していた腸内細菌が利用できる炭水化物群(Microbiotaaccessible carbohydrate:MAC)が豊富な餌(高MAC食)と比較して、糖が少なく組成も異なる餌(低MAC食)をマウスに与えたところ、低MAC食において多重欠損株の優勢度が10万分の1以下に低下した。同結果が、宿主の食餌内容が大腸菌の遺伝子欠損による腸内適応度に影響することを示唆したため、宿主の食餌内容が遺伝子変異の蓄積にどのような影響を与えるか検証した。

低MAC食マウスに大腸菌ミューテーター株を経口投与して変異遺伝子を検出したところ、高MAC食・低MAC食の両群で共通に変異する遺伝子はあったものの、変異遺伝子のパターンは異なった。特に低MAC食マウスにおいて、araC遺伝子の変異が検出されない個体が認められ、malI遺伝子変異は全ての低MAC食マウスで検出されなかった。

大腸菌のマウス腸内定着には、栄養素を効率的に利用するための遺伝子変異が重要

次に、高MAC食でaraC・malIが変異するメカニズムを明らかにするため、gatC・araC・malI欠損株とgatC欠損株の遺伝子発現をRNA-seq10)により網羅的に解析した。その結果、gatC・araC・malI欠損株は高MAC食マウス腸内において、ガラクトース代謝に関わるgalP、N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)代謝に関わるnagABE、アスパラギン(Asn)代謝に関わるansB、ムチン代謝に関わると推定されるydeNなどの遺伝子がgatC欠損株よりも発現量が高いことが明らかになった。これらの栄養素の量は、低MAC食マウスの腸内より高MAC食マウスの腸内で多くなっていた。

そこで、これらの栄養素を含む培地でgatCに加え、araCあるいはmalIが欠損した株とgatC欠損株を競合培養した。2週間培養を継続すると、gatC・araC欠損株はムチン培地、gatC・malI欠損株はガラクトースおよびGlcNAc培地において、gatC欠損株よりも優勢になった。以上の結果から、大腸菌がマウス腸内に定着する際には、腸内に豊富な栄養素をより効率的に利用できるようになる遺伝子変異が重要であることが明らかとなった。

宿主の食事と腸内細菌の遺伝子変異タイプの組み合わせを活用する技術開発に期待

近年、ヒトの健康に良い影響を与えるとされるプロバイオティクスや、健康なヒトの腸内細菌叢を患者の腸内に移植することで治療を行う腸内細菌叢移植療法など、腸内環境を操る技術の開発に向けた研究が進んでいる。一方、投与された腸内細菌が腸内に定着せず、期待した効果が得られない症例も報告されている。

食事内容が腸内細菌の腸内定着に遺伝子レベルで関与することが本研究により明らかになったことから、今後は宿主の食事と投与される腸内細菌遺伝子変異の組み合わせを活用した「腸内デザイン(R)」技術の開発が期待されると、研究グループは述べている。

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