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心理社会ストレスによる症状、個人差に関わる脳内メカニズムを解明-名古屋市大ほか

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2024年01月19日 AM09:20

ストレスによる脳内変化の理解は、精神疾患の病態解明などに有用

名古屋市立大学は1月16日、マウスを用いて心理社会的ストレスに晒された際に表れる行動表現型(症状)について、個体差を決定する脳内メカニズムを発見したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科統合解剖学分野・京都大学大学院医学研究科メディカルイノベーションセンターの内田周作准教授、京都大学大学院医学研究科精神医学の村井俊哉教授、同大の大石直也特定准教授、大阪大学産業科学研究所の鈴木孝禎教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Neuron」電子版に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

近年のストレス社会を背景に、うつ病などの精神疾患を発症する人が急増している。ヒトの脳には、ストレスを受けてもそれに適応するシステムが備わっているため、通常の生活を送ることができる。しかし、一部の人は、精神的・肉体的・社会的ストレスに適応することができずに精神疾患を発症する。このように、ストレスを感じる度合いは個人で異なる。また、ストレスによって表出する症状も個人で異なるなど、多様性があることがわかっている。しかし、その個人差を生み出す脳内の仕組みはわかっていなかった。

過度なストレスは、不安障害や気分障害の発症リスクとなることが指摘されている。一方、ストレスフルなイベントを体験した人すべてが発症するわけではない。多くの人の場合、ストレスに適応することで精神的安定性を維持している。このようなストレッサーに対する予防あるいは緩衝要因としてのレジリエンスは、ストレッサーに暴露されても健康的な精神状態を維持する抵抗力と、困難な状況からの回復力の2側面を持つ概念と捉えられている。ストレスを受けた脳内で起こっている変化を理解することは、このレジリエンスを高める制御法の開発、うつ病や不安障害などの精神疾患の病態解明や予防、新規治療薬の開発につながると期待される。

ストレス負荷マウスを4分類、精神疾患で認められる社会性低下・アンヘドニアの有無で

今回研究グループは、精神疾患において頻繁に認められる社会性低下とアンヘドニア(喜びの喪失、無快楽症)の2つの症状に着目し、心理社会的ストレスを負荷したマウスを4つのサブタイプ(社会性低下あり/なし+アンヘドニアあり/なし)に分類した。そして、これら各サブタイプの行動を規定する神経回路の同定ならびにその基盤となる分子メカニズムについて検討した。

マウスに繰り返しの心理社会ストレスを5日間負荷し、社交性と無感症(アンヘドニア)を評価する行動試験を実施。それら行動データを用いて、社会性障害のみを示すサブタイプ(SA)、アンヘドニアのみを示すサブタイプ(ANH)、社会性障害とアンヘドニアの両方を示すサブタイプ(SA:ANH)、行動異常を示さないサブタイプ(レジリエンスサブタイプ)に層別化した。

各タイプに特徴的な脳部位・神経ネットワークの抽出に成功

これらのサブタイプのマウスを用いて、脳内の機能的活性を評価するマーカー(神経活動マーカー)として広く使用されるFos発現マッピングにより、脳内神経活動を調べた。その結果、各サブタイプに特徴的な神経回路変容を抽出することができた。具体的には、社会性低下とアンヘドニアの両方の症状を示すSA:ANHサブタイプでは、-視床室傍核の活動が顕著に低下していた。一方、社会性障害のみを示すSAサブタイプでは内側前頭前野-扁桃体、アンヘドニアのみを示すANHサブタイプでは内側前頭前野-側坐核の神経ネットワーク障害が示唆された。

「社会性低下+アンヘドニア」タイプ、内側前頭前野-視床室傍核活性で症状消失

次に、より症状の重いSA:ANHサブタイプにおける内側前頭前野-側坐核の神経活動操作による症状の回復を試みた。人為的に目的の神経経路を活性化することのできる技術を用いて、SA:ANHサブタイプの内側前頭前野-視床室傍核を活性化したところ、社会性の低下とアンヘドニアの2つの症状は消失した。

KDM5C阻害剤投与で「社会性低下+アンヘドニア」タイプ割合減

続いて、SA:ANHサブタイプにおける内側前頭前野-視床室傍核の神経ネットワーク障害の原因となる分子メカニズムを解析した。その結果、視床室傍核に投射している内側前頭前野の神経細胞内で、遺伝子発現制御に重要な役割を担うタンパク質KDM5Cが活性化するとSA:ANHサブタイプに認める行動異常を惹起することを突き止めた。実際に、KDM5C阻害剤を投与すると、SA:ANHサブタイプの割合は顕著に減少し、逆にレジリエンスのマウスが多くなった。

ストレスで発症するうつ病・不安障害の治療法開発に期待

今回の研究結果から、心理社会的ストレスに対する行動発現の個体差には、内側前頭前野を起点とした異なる神経回路が関わることが明らかになった。また、内側前頭前野-視床室傍核の神経ネットワーク障害が社会性低下とアンヘドニアに関わること、その原因としてKDM5Cを介した遺伝子発現制御機構の存在が示唆された。さらに、KDM5Cの機能を抑える薬剤を投与したマウスは、ストレスを受けても異常な行動を示す個体が少なくなり、この結果はストレスが引き金となって発症するうつ病や不安障害に対する治療法の開発につながる可能性がある。

しかし、ストレスは脳内のさまざまな場所の機能に影響を与えていると想定されているため、今回解析した脳の部位以外でも多くの異常が生じている可能性は十分に考えられる。また、精神疾患は単一の神経回路や分子のみで説明できる疾患ではなく、複数の要因が複雑に相互作用していると考えられている。今後は、動物モデルを全脳・全身レベルで詳細に解析することで慢性ストレス状態の行動を規定するメカニズムの解明ならびにストレスに起因するさまざまな疾患の予防・診断・治療法の確立に向けた取り組みをさらに推進していく必要がある、と研究グループは述べている。

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