医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

QLifePro > 医療ニュース > 医療 > 精神疾患の発症に、脳発達過程の興奮性神経細胞と抑制性神経細胞の不均衡が関連-理研ほか

精神疾患の発症に、脳発達過程の興奮性神経細胞と抑制性神経細胞の不均衡が関連-理研ほか

読了時間:約 3分29秒
このエントリーをはてなブックマークに追加
2020年08月11日 PM01:00

罹患双生児と健常双生児のiPS細胞由来脳オルガノイドを用いて

(理研)は8月7日、1人だけが精神疾患を発症した不一致な一卵性双生児のペア(罹患双生児と健常双生児)のiPS細胞由来脳オルガノイドを用いて、ヒト脳の発達過程における興奮性神経細胞と抑制性神経細胞の不均衡が精神疾患の発症に関連することを発見したと発表した。この研究は、同研究所脳神経科学研究センター精神疾患動態研究チームの澤田知世研究員(研究当時)、加藤忠史チームリーダーらの国際共同研究グループによるもの。研究成果は、科学雑誌「Molecular Psychiatry」の掲載に先立ち、オンライン版に掲載されている。


画像はリリースより

統合失調症や双極性障害()をはじめとする精神疾患は、患者の生活の質を低下させることから、病態解明や新たな診断・治療法の開発が強く求められている。大規模なゲノムワイド関連解析や網羅的遺伝子発現解析、患者の死後脳や患者由来iPS細胞から分化誘導した神経細胞を用いた研究を通して、疾患リスクの同定や病態解明が精力的に進められている。

しかし、疾患の発症に関わる分子・細胞レベルの詳細なメカニズムについては、まだ不明な点が多い。その理由として、患者それぞれが持つ遺伝的背景に多様性があること、生きている患者の疾患発症前の脳を直接分子・細胞レベルで調べる方法がないことが挙げられる。

今回研究グループは、遺伝的多様性の影響を最小限に抑えるために、1人だけが精神疾患を発症した一卵性双生児のペア(一卵性双生児不一致例)に注目。まず、双極性障害の重症型であり、幻聴・妄想などの精神病症状を呈する時期がある統合失調感情障害双極型を発症した一卵性双生児不一致のペア(罹患双生児と健常双生児)からiPS細胞を樹立し、脳オルガノイドを作製することにより培養皿上でヒト脳の発達過程を再現した。

次に、研究グループのメンバーである笹川洋平上級研究員や二階堂愛チームリーダーらが2018年に開発し、本年の国際的な性能比較研究において世界最高成績を収めた高出力型1細胞RNAシーケンス法Quartz-Seq2を用いて、培養開始35日目の脳オルガノイドの網羅的1細胞遺伝子発現解析を行った。

脳の発達過程で抑制性神経細胞への分化を促進する神経前駆細胞のアンバランスな運命付けが発症に関与

研究の結果、患者(罹患双生児)由来の脳オルガノイドでは、健常双生児と比較して、抑制性神経細胞(GABA作動性神経細胞)への分化亢進が認められ、その背景として、脳の発達段階において多岐にわたり重要な役割を担うシグナル伝達系(Wntシグナル経路)の機能低下が示唆された。患者由来脳オルガノイドの分化誘導初期にWntシグナル経路を活性化させると、健常双生児との間で抑制性神経細胞への分化能に差は認められなくなったという。このことから、患者の脳発達過程では初期のWntシグナル経路の機能低下により、神経前駆細胞の運命付けが変化することがわかった。

次に、同じ一卵性双生児不一致例由来iPS細胞から2次元培養法を用いて、成熟神経細胞を分化誘導し、培養開始120日目の細胞を用いて、患者と健常双生児の比較を行った。その結果、患者由来の成熟神経細胞では、GABA作動性神経細胞の割合および抑制性シナプス密度の増加と、興奮性シナプス密度の減少が観察された。また、脳オルガノイド同様、神経分化誘導初期にWntシグナル経路を活性化させると、これらの異常は改善された。このことから、脳発達初期段階に生じた細胞運命付けの異常が、患者由来成熟神経回路における興奮性・抑制性神経細胞バランスの不均衡を引き起こすことが明らかになった。

さらに、統合失調症に関して不一致な2組の一卵性双生児から樹立したiPS細胞を用い、先の1組と合わせて計3組の一卵性双生児由来神経前駆細胞(培養開始24日目)の遺伝子発現解析を行い、GABA作動性神経細胞への分化・運命付けに関わる遺伝子の発現レベルを調べた。その結果、患者由来の細胞では、これらの遺伝子発現が健常双生児と比較して有意に増加していることを見出したという。

これらの所見から、統合失調症や双極性障害などの精神疾患の発症には、脳の発達過程において抑制性神経細胞への分化を促進する神経前駆細胞のアンバランスな運命付けが関与していることが示された。

患者死後脳での抑制性神経細胞減少は、代償性変化の結果である可能性

今回の研究では、脳発達初期における抑制性神経細胞の過剰分化が、精神疾患の発症に関与することが明らかになった。これまで、統合失調症や双極性障害の患者の死後脳では、健常者と比較して抑制性神経細胞の数が減少していることが報告されており、患者の脳内では、抑制性神経回路がうまく機能していない可能性が示唆されていた。しかし、このような組織学的変化が疾患を引き起こす原因なのか、疾患や薬物治療による結果なのかは明らかになっていなかった。

今回の研究結果から、統合失調症や双極性障害の患者脳内では、初期発達段階においてはむしろ抑制性神経細胞が過剰であり、疾患発症後の患者(死後脳)に認められる抑制性神経細胞の減少は、脳の発達過程において神経回路の興奮/抑制バランスを保つための代償性変化の結果である可能性が示唆された。

一卵性双生児を比較することにより、遺伝的多様性の影響を最小限に抑えた今回の研究を通して得られた結果は、神経細胞のアンバランスな運命付けが精神疾患の発症に関連することを強く示唆するものだという。また、同研究は1細胞遺伝子発現解析の精神疾患研究への初の応用例であり、これらの成果は、精神疾患の分子・細胞レベルの病態解明やiPS細胞由来神経細胞を用いた治療法の開発などに貢献すると期待できる、と研究グループは述べている。

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

同じカテゴリーの記事 医療

  • 平均身長の男女差、軟骨の成長遺伝子発現量の違いが関連-成育医療センターほか
  • 授乳婦のリバーロキサバン内服は、安全性が高いと判明-京大
  • 薬疹の発生、HLAを介したケラチノサイトでの小胞体ストレスが原因と判明-千葉大
  • 「心血管疾患」患者のいる家族は、うつ病リスクが増加する可能性-京大ほか
  • 早期大腸がん、発がん予測につながる免疫寛容の仕組みを同定-九大ほか