医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

QLifePro > 医療ニュース > 医療 > 既存薬「セラストロール」に冬季うつ様症状改善効果、モデル動物で-名大ほか

既存薬「セラストロール」に冬季うつ様症状改善効果、モデル動物で-名大ほか

読了時間:約 3分39秒
このエントリーをはてなブックマークに追加
2020年04月10日 PM12:30

日照時間が短い地域に多く、社会的ひきこもりにもつながる「冬季うつ病」

名古屋大学は4月8日、メダカに既存薬ライブラリーのスクリーニングとゲノム機能解析を組み合わせたケミカルゲノミクスのアプローチを適用することで、冬季のうつ様行動を引き起こす仕組みを明らかにするとともに、冬季のうつ様行動を改善する薬を発見したと発表した。これは、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の中山友哉博士、沖村光祐大学院生、沈 嘉辰大学院生、顧 穎傑博士、中根右介特任講師、吉村 崇教授らの研究グループが、同大大学院生命農学研究科、同大大学院理学研究科、基礎生物学研究所、生命創成探究センター、、マンチェスター大学と共同で行ったもの。研究成果は、「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」のオンライン版に公開されている。


画像はリリースより

北欧やカナダなど冬季に日照時間が短くなる高緯度地域では、冬になると約1割の人がうつ病を発症することが知られいる。この病気は「冬季うつ病」、あるいは「季節性感情障害」と呼ばれている。日本においても、北海道や東北地方で冬に気分が沈む人が多いと言われている。

冬季うつ病の症状としては、抑うつ症状のほか、体内時計や睡眠の異常(過眠)、食欲の変化(過食)、性欲の低下のほか、人に会うのが面倒といった社会的引きこもりがある。これらの症状は動物に見られる「冬眠」や「季節繁殖」の名残ではないかと指摘されていた。しかし、これまでに冬季うつ病の仕組みは明らかにされておらず、治療薬の開発が期待されていた。

冬は夏より不安感が増し、炎症性サイトカインなどの発現量も季節で変化

ヒトだけでなく、動物も冬になるとうつ病に似た「」を示す。研究グループは、メダカをモデルとして、動物が季節の変化に適応する仕組みについて研究を行ってきたが、その過程でメダカの行動が、冬と夏で大きく異なることに着目した。

メダカは群れで行動し、社会性を持つことで知られる。そこで、透明な板で3つの部屋(チャンバー)に仕切った水槽を用いて社会性を評価する「三部屋式社会性試験」を行った。その結果、夏のメダカは他個体に興味を示して、他個体の近く(好きエリア)に長く滞在したのに対し、冬のメダカは他個体に興味を示さず、ランダムに泳ぐことがわかった。これは、冬に社会性が低下することを示している。魚類は一般的に不安が強いと天敵などに見つかりにくい暗い場所を好むが、この性質を利用して、不安の状態を評価する「明暗水槽試験」を行ったところ、夏のメダカは明るい場所(明るいエリア)を好んだのに対して、冬のメダカは暗い場所(暗いエリア)を好み、冬は夏に比べ、メダカの不安が強いことがわかったという。

次に研究グループは、冬のメダカと夏のメダカの脳内で変化している分子を明らかにするため、脳内の代謝産物をキャピラリー電気泳動・質量分析計(CE-MS)を用いて測定。その結果、うつ病と密接に関連することが知られているセロトニン、グルタミン酸、グルタチオン、トリプトファン、チロシンなどを含む 68個の代謝産物の量が、冬と夏で変動していることを見出した。

また、脳内の遺伝子発現についても網羅的に検討したところ、体内時計を制御する「時計遺伝子」の発現量が冬と夏で大きく変化していたほか、炎症反応に関与するタンパク質(サイトカイン)などの発現量も季節によって変化していることが明らかになった。近年、炎症反応と精神疾患の関係が注目されているが、ヒトのうつ病患者と同様に、メダカにおいても脳の海馬に相当する部位で、炎症反応によって引き起こされる神経細胞の形態変化が起こっていることを明らかにした。さらに遺伝子発現データをもとにパスウェイ解析を行ったところ、NRF2抗酸化経路を含む複数の情報伝達経路が変化していることが明らかになった。

抗炎症作用、抗がん作用を持つ「」がメダカの冬季の社会性低下を回復

統合失調症や双極性障害などの精神疾患においては、遺伝的要因が大きく影響するのに対して、うつ病はさまざまな環境要因と多数の遺伝要因の相互作用によって引き起こされる。したがって、遺伝子を操作して生命現象を解明する「逆遺伝学」や「順遺伝学」といった従来の研究手法では冬季うつ病の解明は困難だった。この点を克服するために、研究グループでは既存薬ライブラリーのスクリーニングとゲノム機能解析を組み合わせた「ケミカルゲノミクス」のアプローチから研究を行った。既存薬は作用機序が明らかになっているため、メダカの冬季の社会性の低下を改善する既存薬を探索することで、冬季うつ病の仕組みの解明につながると考えたという。さらに、細胞レベルの研究とは異なり、動物の行動はばらつきが大きいため、既存薬のスクリーニングには3年かかったという。しかし、スクリーニングの結果、112個の既存薬の中から再現性が良くメダカの冬季の社会性の低下を回復させる薬として、中国伝統医薬に含まれる有効成分「セラストロール」を発見した。

セラストロールはこれまで、抗炎症作用、抗がん作用を持つことが知られていたが、中枢神経系への効果は知られていなかった。セラストロールはNRF2抗酸化経路を活性化するため、メダカの脳内手綱核(たづなかく)におけるNRF2遺伝子の発現を調べたところ、うつ病の発症に重要な役割を果たす手綱核で発現していることがわかった。さらにゲノム編集技術を使って NRF2 が働かない変異体メダカを作出したところ、この変異体メダカは社会性が低下することも判明した。

脳の高次機能は哺乳類と魚類で大きく異なると考えられているが、手綱核の下流の神経経路は哺乳類と魚類で高度に保存されている。近年、欧米においてはゼブラフィッシュやメダカなどの小型魚類が精神疾患のモデル動物として注目を集めており、メガファーマも積極的に利用している。うつ様行動は厳しい外部環境に対する適応機構であることを考えると、今回の研究成果をもとに、メダカがヒトの冬季うつ病の理解と創薬に貢献することが期待される。

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

同じカテゴリーの記事 医療

  • 肝線維化の治療薬候補を同定、iPS細胞から誘導の肝星細胞で-東大ほか
  • 「ストレス造血時」における造血幹細胞の代謝調節を解明-東北大ほか
  • 食道扁平上皮がんで高頻度のNRF2変異、がん化促進の仕組みを解明-東北大ほか
  • 熱中症搬送者、2040年には日本の都市圏で2倍増の可能性-名工大ほか
  • 日本人がアフターコロナでもマスク着用を続けるのは「自分がしたいから」-阪大ほか