全身性炎症が脳に与える影響は十分に解明されていない
近畿大学は12月1日、全身性の炎症モデルマウスの脳(大脳・海馬・小脳・視床下部)の解析を行い、大脳における代謝異常によって神経障害が生じている可能性を明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院生物理工学研究科の杉浦伸之輔氏(博士前期課程2年)、財津桂教授、名古屋市衛生研究所の谷口賢研究員、東京女子医科大学脳神経外科の江口盛一郎臨床講師、金城学院大学生活環境学部の浅野友美講師、愛知県警察科学捜査研究所の久恒一晃主任研究員、名古屋大学大学院医学系研究科の林由美講師らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Proteome Research」に掲載されている。

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全身の器官や組織で生じる炎症(全身性の炎症)は、中枢神経系の炎症反応を誘発し、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患の原因になることが近年指摘されている。そのため、全身性の炎症モデルマウスを用いた研究が盛んに実施されており、一般的に細菌の外膜の構成成分である「リポポリサッカライド(LPS)」を投与したモデルマウスが研究に使用されている。LPSを投与した全身性の炎症モデルマウスでは、脳内でも炎症反応が起こることが報告されている。しかし、その脳内病態についてはいまだに不明な点が多く、全身性の炎症が脳内にどのような影響を与えているかについて、詳細は明らかになっていない。
LPS投与による急性炎症モデルマウスの血清・脳のメタボローム解析を実施
そこで今回の研究では、LPSを高用量で投与した急性炎症モデルマウスから血清および脳の各領域(大脳、海馬、小脳、視床下部)を採取し、研究グループが開発した独自の手法を用いて網羅的な代謝物の解析を行った。
実験では、6週齢のC57BL/6Jマウス(各群n=5)を絶食させ、LPSを高用量(10mg/kg)で投与した。投与6時間後に、血清および脳の各領域(大脳、海馬、小脳、視床下部)を麻酔下で採取した。一方、コントロール群では炎症の惹起を防ぐために溶媒投与は行わず、LPS投与マウスと絶食の時間を揃えて解剖を実施した。
炎症マーカーの一つであるIL-1β(インターロイキン-1β)の血清濃度を測定したところ、コントロール群のIL-1βは定量下限未満であったのに対し、LPSを投与したマウスでは有意に数値が上昇(有意水準:p<0.001)していた。このことから、LPS高用量投与によって急性炎症が惹起されていることを確認した。
大脳で8種類の代謝物が有意に変動、海馬・小脳・視床下部では変化なし
次に、研究グループが独自開発した解析手法である「PiTMaPプラットフォーム」を各脳試料に適用し、メタボローム解析を実施した。
その結果、海馬、小脳、視床下部では有意差を示す代謝物が確認されなかったのに対し、大脳では8種類の代謝物について有意な差を認めた(有意水準:FDR<0.05)。
多変量解析の一つである潜在構造投影判別分析(PLS-DA)を実施したところ、大脳ではコントロール群と炎症モデルマウス群のプロットが良好に分離したことから、大脳の代謝プロファイルが異なっていることが示された。
さらに、大脳において有意差を示した代謝物のデータを用いて機械学習の一つであるランダムフォレストによる判別モデルを構築し、交差検証でモデルの妥当性を確認した結果、これらの8種類の代謝物は「2つのグループを分けることに寄与している成分」であることが明らかになった。
炎症モデルマウスの大脳でN-アセチルアスパラギン酸の低下と尿素の蓄積を確認
有意差を示した代謝物のうち、N-アセチルアスパラギン酸は臨床的に神経障害マーカーとして知られており、N-アセチルアスパラギン酸の低下は神経障害を示す。炎症モデルマウスではN-アセチルアスパラギン酸が有意に低下したことから、大脳において神経障害が生じていることが示唆された。
また、代謝パスウェイ解析の結果、炎症モデルマウスではアスパラギン酸代謝経路および尿素回路に異常が生じ、大脳内に尿素が蓄積することも示された。
全身性炎症が神経障害を引き起こす機序の解明に期待
今回の研究によって、LPS投与による全身性の炎症モデルマウスでは、大脳特異的に代謝異常が生じていることが明らかになった。
「本研究成果は全身性炎症から神経障害が発現する機序の解明に役立つものと期待される」と、研究グループは述べている。
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