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男性不妊症の新たな原因分子を発見、精子の子宮・卵管接合部通過に必須-熊本大ほか

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2025年09月29日 AM09:20

精子の受精に重要なUTJ通過と卵透明帯結合、共通の分子機構が示唆されるが詳細は不明

熊本大学は9月17日、精子が子宮と卵管の接合部(UTJ)に結合・通過し、卵を覆う糖タンパク質の層(卵透明帯)に結合する伝達経路において、精子タンパク質GALNTL5がその最終段階を担うことを発見したと発表した。この研究は、同大生命資源研究・支援センターの野田大地准教授、瓜生怜華大学院生、大阪大学微生物病研究所の伊川正人教授、ベイラー医科大学のMartin M. Matzuk(マーティン M. マツック)教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。


画像はリリースより
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体内に射出された精子は、子宮から卵管へと移行して、卵管膨大部で卵と出会って受精する。精巣など雄生殖組織で発現する30ほどの遺伝子をそれぞれ欠損(KO)させたマウスの精子は、形態や運動性は正常にも関わらず、UTJを通過できないため、KO雄マウスはほぼ不妊になることが報告されている。

しかし、これらの因子がどのように精子のUTJ通過に関与するのか、その分子メカニズムはよくわかっていなかった。また、UTJを通過できないKO精子を卵と共培養すると、精子は卵透明帯にほとんど結合できない。この結果は、精子のUTJ通過と卵透明帯結合には共通する分子メカニズムが存在する可能性を示唆している。

精巣で強く発現するGALNTL5、KOマウスはUTJへの結合が著しく低下

研究グループはゲノム編集技術CRISPR/Cas9を使って、精巣で強く発現する糖転移酵素様遺伝子Galntl5をKOしたマウスを樹立した。Galntl5 KO雄マウスは、精子の形態や運動性は正常であるものの、ほぼ不妊だった。そこで、Galntl5 KO雄マウスの精子を赤色で蛍光標識して、交配後の雌性生殖路内における精子の挙動を子宮壁越しに生きたまま観察した。その結果、Galntl5 KO精子は子宮内に十分量存在するにも関わらず、卵管内にはほとんど存在しなかった。またUTJに注目したところ、コントロール精子(正常な精子)と比較してGalntl5 KO精子はUTJにほとんど結合しなかった。

GALNTL5、提案された2つの分子経路の共通最下流因子と示唆

以上から、Galntl5 KO精子がUTJに結合できない結果、精子は卵管へと移行できず卵と出会えないため、Galntl5 KO雄マウスはほぼ不妊になることがわかった。また、卵丘細胞を除去した卵とGalntl5 KO精子を体外で共培養したところ、KO精子は卵透明帯にほとんど結合できなかった。

これまでの研究において、雄生殖組織で発現する約30の遺伝子をそれぞれ単独で欠損させると、KO精子はUTJ通過不全や卵透明帯結合不全を示すが、これらの大半のKO精子において、精子膜タンパク質ADAM3が消失する。一方、精子膜タンパク質LYPD4 KO精子では、ADAM3が残っているにも関わらず、UTJ通過不全や卵透明帯結合不全を示した。これらの結果から、精子のUTJ通過や卵透明帯結合にはADAM3依存的およびADAM3非依存的な経路が存在することが示唆されていた。

そこで、Galntl5 KO精子における既知のUTJ関連因子(精子膜タンパク質のADAM3やLYPD4など)の存在量を調べたところ、コントロール精子と大きな違いはなかった。一方、Adam3やLypd4をKOした精子においてGALNTL5はほぼ消失した。この結果は、GALNTL5がADAM3依存的およびADAM3非依存的な経路で共通して必要な最下流因子であることを示す。

糖鎖修飾ではなく、UTJや卵透明帯に存在するGalNAcとの相互作用が重要と判明

GALNTL5が精子のUTJ結合・通過や卵透明帯結合にどう関与するのかを明らかにするため、研究グループはGALNTL5に存在する糖転移酵素ドメインに注目した。糖鎖に結合するレクチンを用いて、GALNTL5消失が精子における糖鎖修飾のパターンを変化させた可能性を調べたところ、コントロールとGalntl5 KOの精子間で大きな違いはなかった。一方、生化学的手法により、この糖転移酵素ドメインを使ってマウスやヒトのGALNTL5は単糖の一種であるN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)と結合することがわかった。

また、GalNAcと結合するレクチンを用いた免疫染色により、UTJにおける上皮細胞や卵透明帯の表面にGalNAc修飾タンパク質が存在することがわかった。さらに、UTJや卵透明帯に存在するGalNAcをブロックしたところ、UTJや卵透明帯に結合する精子数が減少した。以上から、GALNTL5はUTJや卵透明帯に存在するGalNAcと相互作用することで精子はUTJの結合・通過および卵透明帯に結合できることがわかった。

男性不妊の検査・診断や、避妊薬開発への応用が期待

国内では、約4.4組に1組のカップルが不妊の検査や治療を受けたことがあり、不妊症の原因の約半数は男性側にあるとされている。報告によりばらつきはあるものの、男性不妊の4~5割は原因不明であり、この問題を解決するためにも体内で精子が受精する分子メカニズム解明が期待されている。

今回の研究で注目したGALNTL5はヒトでも備わっており、また今回の論文においてヒトGALNTL5もGalNAcと結合する能力があることを明らかにした。このように、今回の研究で得られたGALNTL5とGalNAcの結合を介した精子のUTJ結合・通過や卵透明帯結合はヒトを含む多くの動物種で保存されると考えている。ヒトGALNTL5ゲノムDNA配列において、すでに複数の変異が見つかっており、その中にはアミノ酸が変わるミスセンス変異も含まれている。これらの変異と男性不妊症との相関性などを今後詳細に解析することで、男性不妊の新たな原因遺伝子として、GALNTL5が診断・検査の対象となる可能性が考えられる。「さらに、精子がUTJにおけるGalNAcと結合することで卵管へ移行し受精するという今回の研究成果を基に、避妊薬などの開発につながることが期待される」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

 

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