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小脳が次の行動を最適化する新メカニズムを発見-東大

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2025年08月29日 AM09:00

運動タイミング学習における小脳の未解明機能に着目

東京大学は8月22日、運動タイミング学習中に、小脳が大脳皮質運動野へ報酬に基づく誤差信号を伝達することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科細胞分子生理学分野の赤穗吏映特任研究員と松崎政紀教授(兼:理化学研究所脳神経科学研究センター脳機能動態学連携研究チーム・チームディレクター、同大大学院理学系研究科生物科学専攻教授)らによる研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」のオンライン版に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

ヒトが行動を起こすとき、その行動を「いつ」行うかは、行動自体を「どのように」行うかと同様に重要だ。単純な運動であっても、そのタイミングを制御するためには、脳が感覚入力を処理し、経過する時間をカウントしながら、適切な運動開始タイミングに向けて準備をする必要がある。

これまでの研究では、小脳は運動開始時に強く活動するが、この活動は運動開始の少し前から始まって上昇し、1秒以下のレベルで運動タイミングを調整していることが報告されていた。また、小脳は運動しているときの感覚(報酬)予測誤差(脳が予測した感覚と実際の感覚入力との差異)信号を使い、これを小さくさせることで運動学習に関与していると考えられている。さらに最近では、小脳でも報酬関連活動が報告されており、報酬予測誤差も小脳による運動学習に関連すると示唆されている。しかし、このような小脳での誤差信号が、誤差が生じた試行の次の試行以降での運動タイミング修正にどのように使われているのかは不明だった。

深部小脳核外側部→視床→M2経路の寄与をマウスで検証

これを明らかにするために、研究グループは、頭部固定マウスが音開始から1~1.7秒の間に右前肢でレバーを引くと水報酬が得られる課題を開発した。

この前肢レバー引きでは大脳皮質運動野の活動が必須であり、運動準備には高次(二次)運動野(M2)が、運動実行には一次運動野(M1)が関わっていることが、同グループのこれまでの研究からわかっている。小脳の出力核の一つである深部小脳核外側部の神経細胞は視床へ投射し、そのシナプス入力を受ける視床神経細胞はその軸索をM2へ投射する。そこで今回の研究では、小脳のタイミング信号がM2の運動準備活動を制御していると作業仮説を立て、深部小脳核外側部→視床→M2経路に着目した。

単一軸索レベルでの神経活動解析により2つの機能的軸索群を同定

この経路の活動を明らかにするために、順行性の越シナプス性のアデノ随伴ウイルス(AAV)を用いて、深部小脳核外側部からのシナプス入力を受ける視床細胞のみで蛍光カルシウムセンサーを発現させた。この細胞の投射軸索を、M2において2光子カルシウムイメージングにより、多数の軸索を単一軸索解像度で同時計測した。

マウス8匹から合計42セッション(1セッション/日)でイメージングを行った。各軸索は課題実行中にさまざまな活動パターンを示したが、音開始直後に一過的に活動を上昇させる軸索群(cue軸索)と、レバーを引く前から活動が漸増してレバー引き開始時に活動ピークを示す軸索群(pull軸索)が検出された。

学習初期は、小脳が失敗情報を次の行動修正に活用

小脳は学習に大きく関与していることから、学習段階によってこれらの活動が異なるのではないかと考え、セッションを1秒待てずに引いてしまう試行の割合で分類した。その結果、1秒を待てずに引く試行の割合が多いnon-expertセッションでは、1秒待てずに引いて報酬が得られなかった試行(失敗試行)の直後の試行のcue軸索活動(ポストエラー活動)が大きくなることを確認した。

また、失敗試行の直後の試行では、成功試行の直後の試行に比べて、マウスはレバーを引くまでにより長い時間待機し、報酬獲得の成功率は高くなることがわかった。失敗時にどれくらいの時間を待てなかったかは、ポストエラー活動の大きさとは関係なく、また2試行前の報酬の有無も関係しなかった。これらの結果は、小脳は報酬に基づく失敗の情報を利用して、次の行動のタイミングを調整していることを示唆している。

学習が進むと失敗後の活動変化は消失、安定した制御に移行

一方、学習が進み、1秒待ってから引く試行の割合が多いexpertセッションでは、この大きなポストエラー活動は見られなくなり、レバー引きまでの待ち時間や成功率も1試行前の報酬の有無に依存しなかった。pull活動では、non-expertセッションに比べて、その上昇開始時点は運動開始時点に近づき、急峻に運動開始時まで上昇するようになった。

以上の結果から、学習によりタイミング制御のための内部モデルが脳の中にできあがり、たまに失敗が起こってもこの内部モデルを使い続けることで、小脳は安定した動作開始信号を発するようになったことが示唆された。

小脳から運動野への誤差信号伝達メカニズムを解明

この学習中の深部小脳核外側部→視床→M2経路の活動変化に対応して、M2の活動がどうなっているかを、M2の5層錐体細胞に蛍光カルシウムセンサーを発現させ、2光子イメージングを行った。

解析の結果、non-expertセッションの失敗試行直後の試行で、レバー引き開始時に活動ピークを示す細胞群(pull細胞)の活動が、成功試行直後の試行に比べてより大きくなり、かつレバー引きの初速度がより速くなることが判明した。軸索活動同様、pull細胞活動と行動の変化はexpertセッションでは見られなかった。このことから、学習中の動物では小脳由来のポストエラー活動は待ち時間のみならず、その後のレバー引き開始に関わるM2神経活動にも影響を与え、次の行動の修正に寄与することが示唆された。

運動障害・神経発達障害の新治療戦略開発に向けた基盤研究として期待

今回の研究により、小脳は報酬の有無に基づく誤差情報をその誤差が生じた試行ではなく、次の試行の開始時に高次運動野へ伝達し、タイミング制御の学習に貢献している可能性が示された。報酬誤差信号が次の試行で現れることは内側前頭野では検出されていたが、小脳では初めての報告になり、小脳の運動学習則に新たな計算様式が加わったことになる。

「今後、リハビリテーション訓練や神経発達障害、運動障害の治療戦略における新たな介入法開発や、ロボットへも応用可能な運動学習理論への展開が期待される」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

 

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