医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

Home > がん治療最前線 > EGFR変異陽性進行非小細胞肺がんの治療最前線~薬剤選択から患者コミュニケーションまで

EGFR変異陽性進行非小細胞肺がんの治療最前線~薬剤選択から患者コミュニケーションまで

読了時間:約 10分51秒  2020年11月26日 AM11:00
このエントリーをはてなブックマークに追加

この記事は医療者のみが閲覧する事ができます。

あなたは医療者ですか?


日本医科大学 呼吸器内科学 教授
久保田 馨 先生

日本人の肺がんの8割以上を占める非小細胞肺がん(NSCLC)。そのうち約4割に受容体型チロシンキナーゼEGFR(上皮成長因子受容体)の活性型変異が認められる。この、EGFRに対する分子標的薬の登場により、肺がんの治療成績は飛躍的に向上した。日本では、2002年に第1世代EGFRチロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)のゲフィチニブ(製品名:イレッサ(R))が肺がんに対する最初の分子標的薬として承認されたのを皮切りに、2007年に同じく第1世代のエルロチニブ(製品名:タルセバ(R))、2014年に、EGFRを不可逆的に阻害する第2世代のアファチニブ(製品名:ジオトリフ(R))、2016年に、不可逆的阻害に加えT790M耐性変異も阻害する第3世代のオシメルチニブ(製品名:タグリッソ(R))、そして、2019年に第2世代のダコミチニブ(製品名:ビジンプロ(R))と、計5剤のEGFR-TKIが承認されている。

世代 一般名 製品名 承認(年) 特徴
第1世代 ゲフィチニブ イレッサ(R) 2002 EGFRを可逆的に阻害
エルロチニブ タルセバ(R) 2007
第2世代 アファチニブ ジオトリフ(R) 2014 EGFRを不可逆的に阻害
ダコミチニブ ビジンプロ(R) 2019
第3世代 オシメルチニブ タグリッソ(R) 2016 EGFRを不可逆的に阻害、T790M耐性変異も阻害

現在、EGFR変異陽性進行NSCLCの薬物治療は、これらの分子標的薬と、免疫チェックポイント阻害薬(ICI)、および細胞障害性抗がん薬(化学療法)が、各患者の状態に応じた順序・組み合わせで選択される。多くの治療選択肢がある中で、がん患者とその家族の治療リテラシーも以前に比べ高まっている傾向がある。

治療リテラシーの高まる患者・家族とのコミュニケーションを含め、臨床的に最適なEGFR変異陽性進行NSCLCの薬物治療選択とは――。臨床腫瘍学、呼吸器内科学、精神腫瘍学をご専門とされている肺がん診療のエキスパート、日本医科大学呼吸器内科学教授(日本医科大学付属病院がん診療センター部長)の久保田馨先生にお話をうかがった。

最新の治験結果や現在進行中の治験を踏まえた今後の治療の展望は?

未治療の局所進行または転移したEGFR変異陽性NSCLC患者を対象に、オシメルチニブ群と、対照群(ゲフィチニブまたはエルロチニブ)の治療成績を比較した国際共同ランダム化第3相試験「FLAURA試験」の最終結果が公表され、3年経過時点でオシメルチニブ群の全生存期間(OS)が対照群に比べ有意に長いという結果※1が示されたことは、記憶に新しい。「オシメルチニブを第1選択とする医師が多いが、この結果からすると、問題ないでしょう」と、久保田先生。一方、2019年の日本肺癌学会では、FLAURA試験の日本人サブ解析で、「2年を超えた後」の生存が逆転するといった発表もあった※2。「この結果は、まだ、全てのEGFR変異陽性患者にオシメルチニブを使うべきだとまでは言えないということを示します。つまり、選択肢が複数あると考えられるということです。このサブ解析に関しては、オシメルチニブの後にどのような治療が行われていたのかも知りたいところです」(久保田先生)

アファチニブに続くオシメルチニブ投与のシークエンシャル治療について、リアルワールド、レトロスペクティブに行われた観察研究「GioTagアップデート研究」の最終解析結果※3も先般公表された。同研究では、Del19/L858R EGFR遺伝子変異陽性のNSCLC患者に対し、特にDel19陽性のアジア人サブグループで、OSの中央値が45.7か月と好成績だった。「後ろ向き解析ですが、かなり良さそうだという印象を持ちました。現在、日本でアファチニブに続くオシメルチニブ投与の前向き観察研究がいくつか行われています。この結果を待ちたいですね」(久保田先生)

また、アファチニブは、現在、40mgが標準的な用量とされているが、下痢や爪囲炎などの副作用が課題となっている。「アファチニブ20mgで効果を検証する試験も行われています。まだ結果は発表されていませんが、この結果が良ければ、少量で安全性の高い治療が最初から行えることになります。一方、オシメルチニブも、血液毒性や消化器毒性が出る場合があります。毒性軽減の面からも、少量のアファチニブの効果が認められれば、アファチニブに続くオシメルチニブ治療は、非常に期待がもてます」(久保田先生)


日本人対象の前向き研究など、結果を待ちたい治験が多数走っています

患者の治療リテラシーが高まる中、実際に寄せられる質問は?

数十年前に比べ、今は、がん患者の自身の病気に対するリテラシーも上がってきている。臨床現場では、患者から医師に対し、治療方針についてどのような質問が寄せられるケースがあるのだろうか。「治りますか?という質問が多いですね。これに対しては、患者の気がかりなことを引き出すと共に、現在の薬は有効性が高くて予後もかなり改善されますが、今のところは、残念ながら「治すことを目的とする治療」ではなくて、「元気に過ごせる期間を長くする、延命治療」だとお伝えしています。また、治療の効果が出ていったん状況が落ち着くと、今の治療が効かなくなったらどうするか、再発したらどうするか、という質問が出てきます。つまり、薬剤シークエンスを心配している方が多いといえます。これに対しては、現況を説明すると共に、臨床研究があれば、紹介するようにしています」(久保田先生)

ケースごとに異なる治療選択、どのように考えるべきか?

患者と家族を取り巻く状況により、治療に関する要望もさまざまだ。そこで、いくつか具体的なケースを挙げ、久保田先生の治療提案をうかがった。

生存期間を重視したいというケース

「第2世代と第3世代のEGFR-TKIを中心に、どちらかの薬をしっかりと使うことを提案します。セカンドライン以降では、T790M変異がなければオシメルチニブは使えず、第2世代の方が使える幅が広いので、どのような治療シークエンスが良いのか、はっきりとしていないのが現状です。一方、化学療法も重要です。EGFR変異陽性の方が、陰性より化学療法の効果は若干高いんですね。また、第1世代であるゲフィチニブと化学療法との併用も、良い成績でした。単独では効果が出にくいICIも、化学療法との併用は意義がありそうです。ABCP療法(アテゾリズマブ、カルボプラチン、パクリタキセル、ベバシズマブ併用)も、選択肢の1つです。このように、生存延長のためには、化学療法も重要だということを、ぜひ患者に説明し、認識してもらってください」

副作用の面で抗がん剤治療に抵抗があるというケース

「EGFR-TKIを提案します。効果が得られなくなったら化学療法に切り替えます。化学療法の意義については先ほどお話しした通りで、支持療法を含め分かりやすく説明をして、重要性を患者に認識してもらうことが大切です」

患者と家族で希望の治療について意見が割れるケース

「以前、ステージ3で化学放射線同時併用療法が標準だったとき、息子さんが「化学療法は反対だ」と言い、本人は「少しでも長生きできる治療を受けたい」ということで、意見が割れたケースがありました。結局、本人も納得して息子さんの意見が通ったんですが…。このようなケースでは、家族を呼んで、「なぜ反対なのか?」「なぜそういう風に思うのか?」など、理由をきちんと聞き出して、まず家族の心のケアをすることが重要になります。「本人には転移については言わないでください」「余命については本人に話さないでください」などの家族の要望に対して「はい」とそのまま返事をするのではなく、なぜそのように思うのか、を掘り下げるのが、とても重要である場合があるわけです。こうした役割は、看護師が行う場合が多いですね。患者と家族、両方同時に話を聞いて、トラブルになるようなら、別々に話を聞きます。「患者と家族の意見が割れる」のは、家族の心のケアをする良い機会だと考えてください」


化学療法も重要だということを、ぜひ患者に認識してもらってください

EGFR-TKI治療とICI治療のタイミング

EGFR-TKI治療シークエンスにおいて、化学療法に加えて重要なのが、ICI治療だ。久保田先生によると、EGFR-TKI治療とICI治療のタイミングにおいて、留意すべき点があるという。「ICI治療後に、オシメルチニブ治療を行うのは、注意が必要です。オシメルチニブとICIとの同時併用の臨床試験が行われ、肺毒性の頻度が高く試験は途中で中止になりました。ICIは体内に長く残るため、ICI後のオシメルチニブは同時併用のように毒性が出現する可能性があります。オシメルチニブは使い切ってからICI治療に入るというイメージです。ちなみに、ICI治療とアファチニブでは、このような問題は報告されていません。」(久保田先生)

患者コミュニケーションのポイントは「質問を習慣づけ、価値観を引き出す」

最後に、肺がん患者や家族と、治療方針の意思決定やコミュニケーションをしていくうえでのポイントをうかがった。「なるべく患者や家族から、質問を引き出すようにしてください。説明が終わった時点で、「何か質問はありませんか?」と聞く習慣をつけると良いでしょう。医師は一通り説明したつもりでも、患者側は、病気を知ったショックで頭に入っていないことも結構あります。説明の量よりも質、つまり、患者が聞きたいことを、きちんと伝えることが大切です。検査のスケジュールなどももちろんですが、できれば先の話もすると良いでしょう。例えば、効果のある人の割合はどれくらいか、もし効かなくなったらその後どうするのか、などです。これらを伝えるためには、予後の話をはっきり聞きたいか、それを聞く心の準備ができているかを確認するステップを踏んでおく必要があります。具体的には、例えば、「あなたのような病状の方々の一般的な経過や今後の見通しについて、知っておきたい方ですか?」のように聞きます。ぜひお願いしますという人には、詳しく伝えます。悪いことは聞きたくないという人には、「先の話が聞きたくなったときには、いつでも言ってください」と伝えましょう」(久保田先生)


なるべく質問を引き出して、患者が聞きたいことをきちんと伝えることが大切です

新薬が開発され、医師の視点からは、例えばこれまで余命1年だった患者が3年生きられるようになって良かったと思う場合もあるだろう。しかし、自分があと数十年生きると思っていた患者からすると「たった3年、冗談じゃない」と思うわけで、そこには、医師と患者の意識のギャップがあるといえる。薬物選択を含め、その患者にとってより最適な治療を行っていくためにも、患者に対する質問を習慣づけ、ときにはこうした意識ギャップに気付き、患者や家族の価値観を適切に引き出していくことが非常に重要であると、久保田先生は締めくくった。(QLifePro編集部)

久保田 馨 先生
日本医科大学呼吸器内科学教授、兼、日本医科大学付属病院がん診療センター部長。医学博士。1983年に熊本大学医学部を卒業後、同大医学部附属病院第2内科、国立療養所近畿中央病院内科、国立がん研究センター東病院呼吸器科を経て1995年に米国ヴァンダービルト大学医療センターに留学。帰国後、国立がんセンター東病院病棟部病棟医長、同中央病院呼吸器腫瘍科外来医長などを経て、2012年に日本医科大学付属病院教授およびがん診療センター部長に着任。2016年より現職。専門は、内科学、臨床腫瘍学、呼吸器内科学、精神腫瘍学。日本呼吸器内視鏡学会認定気管支鏡専門医。日本精神腫瘍学会認定コミュニケーション技術ファシリテータ、世界肺癌学会(IASLC)staging committee委員、日本肺癌学会評議員日本臨床腫瘍学会協議員、日本呼吸器内視鏡学会評議員、日本サイコオンコロジー学会ガイドライン作成委員、日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)プロトコール審査委員会委員長、日本癌医療翻訳アソシエイツ理事長、日本・多国間臨床試験機構理事、東京がん化学療法研究会理事など、役職多数。

関連リンク
※1 Soria JC et al. Osimertinib in Untreated EGFR-Mutated Advanced Non-Small-Cell Lung Cancer. N Engl J Med. 2017; 378:113-125.
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1713137

※2 久保田馨監修「分子標的薬の使う順番の検討や併用が今後の課題 さらに進化している進行非小細胞肺がんの最新化学療法」 がんサポート 2020年2月.
https://gansupport.jp/article/treatment/anti/19766.html

※3 M J Hochmair et al. Sequential afatinib and osimertinib in patients with EGFR mutation-positive NSCLC: final analysis of the observation GioTag study. Future Oncology. 2020; https://doi.org/10.2217/fon-2020-0740.
https://www.futuremedicine.com/doi/full/10.2217/fon-2020-0740