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抗菌縫合糸は手術部位感染(SSI)を減らすのか?

読了時間:約 12分51秒  2022年07月22日 PM01:00
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提供:ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社
取材:2022年5月


三吉 範克先生
大阪大学大学院医学系研究科消化器外科学講座

手術部位感染(Surgical Site Infection: SSI)の対策のひとつに、抗菌作用をもつトリクロサンでコーティングした縫合糸(抗菌縫合糸)の使用がある。近年、国内外のSSI予防ガイドラインでも抗菌縫合糸の使用が言及されるようになったが、強固なエビデンスが得られたとは言い難く、その評価は定まっていない。

抗菌縫合糸に関する研究の最新事情について、消化器外科、大腸外科をご専門とされ、2016年より抗菌縫合糸のSSI低下における有効性を検討する前向き観察研究を主導された大阪大学大学院医学系研究科外科学講座 助教の三吉範克先生にお話をうかがった。

手術部位感染(SSI)とは

手術部位感染(Surgical Site Infection: SSI)は、「手術を行った部位に発生する感染症」と定義され、発生した部位によって、切開した部分の感染(切開創感染)と手術対象の臓器の感染(臓器/体腔感染)に分類される1)。患者さん自身の体内に存在する腸内細菌などによるもののほか、手術時に医療従事者から伝播された細菌によるものがある。

日本では、SSI発生率は2012年以降徐々に減少し、2016年には5%台となっているが、完全に無くすことはできていない1)。発生すると入院期間が延長し、場合によっては患者さんを重篤な状態に至らせてしまうこともある。

「私たち外科医は、患者さんを治すために手術をしています。治すための手術によって患者さんが不利益を被るような事態はなんとしても避けたい。SSIを減らしたいというのは外科医の大きな願いであり、課題です」(三吉先生)

抗菌縫合糸のエビデンス

SSIを防ぐためには手術前、手術中、手術後と、それぞれの局面で対策が行われるが、切開創感染対策としては抗菌縫合糸の使用がある。縫合糸は体内では異物であるため、その存在自体が感染リスクを高める要因のひとつとして考えられており、細菌汚染により縫合糸表面に細菌が定着してコロニーを形成すると、SSIに発展する場合がある。そのため、SSI発生の要因となりうる縫合糸表面での細菌(注1)のコロニー形成を阻害することを意図して、抗菌作用を持つトリクロサンを縫合糸表面にコーティングした抗菌縫合糸が開発された。日本では2009年から発売されている。

近年、抗菌縫合糸の使用は、さまざまなガイドラインでも取り上げられるようになり、その効果を検証するために、抗菌縫合糸と通常の縫合糸の有効性を比較した臨床試験やメタ解析も行われるようになってきた。国内外の主要なガイドラインとメタ解析の結果を以下に示す。

(注1)対象菌は各縫合糸の添付文書をご参照ください。

抗菌縫合糸使用に関するガイドライン

公益社団法人日本整形外科学会, 2015年2)
抗菌縫合糸の使用によりSSIの発生を減少させる可能性がある。
*Grade C(行うことを考慮してもよい。弱い根拠に基づいている)
米国外科学会(ACS)・米国外科感染症学会(SIS),2016年3)
清潔・準清潔の腹部手術におけるトリクロサンコーティング縫合糸の使用を推奨する。
米疾病対策センター(CDC), 2017年4)
SSI予防にトリクロサンコーティング縫合糸の使用を検討する。
*カテゴリーII(弱い勧告; 臨床的有益性と有害性の間での妥協を示唆している中等度のレベルのエビデンス)
世界保健機関(WHO), 2018年5)
術式にこだわらず、トリクロサンコーティング抗菌縫合糸の使用を提案する。
*Moderate(中)の条件付き推奨
国公立大学附属病院感染対策協議会, 2018年(2020年増補)6)
トリクロサン含有の吸収性縫合糸の使用を考慮する。
*カテゴリーIB(導入を強く勧告し、無作為化比較試験ではない試験やコホート研究による実証、いくつかの実験的、臨床的あるいは疫学的な研究により、強力な理論的根拠により支持された勧告、または認められている方法(無菌操作など)で限られた科学的根拠により支持されるもの)
日本外科感染症学会, 2018年1)
SSI予防の観点から消化器外科手術では抗菌吸収糸による閉腹が推奨される。
*エビデンスレベル:B(中程度のエビデンス)
*推奨度:2a(科学的根拠があり、行うよう勧められる)
英国国立医療技術評価機構(NICE), 2019年7)
縫合時には、特に小児手術では、手術部位感染のリスクを減らすために、トリクロサンコーティング縫合糸を使用することを考慮する。

抗菌縫合糸使用に関するメタ解析(2022年5月18日検索)

筆頭著者 発行年 解析論文数 非抗菌縫合糸に対する
抗菌縫合糸のSSIリスク比
(*はオッズ比)[95%CI]
Total RCT Non
-RCT
Chang8) 2012年 7 7 0.82 [0.51–1.30]
Wang9) 2013年 17 17 0.7 [0.57–0.85]
Edmiston10) 2013年 13 13 0.693 [0.533–0.920]
Sajid11) 2013年 7 7 0.61* [0.37–0.99]
Diener12) 2014年 5 5 0.67* [0.47–0.98]
Daoud13) 2014年 15 15 0.67 [0.54–0.84]
Apisarnthanarak14) 2015年 29 22 7 0.65 [0.55–0.77]
Guo15) 2016年 13 13 0.76 [0.65–0.88]
Wu16) 2016年 18 13 5 RCTs: 0.72 [0.59–0.88]
OBSs: 0.58* [0.40–0.83]
Sandini17) 2016年 6 6 0.81* [0.58–1.13]
de Jonge18) 2017年 21 21 0.72 [0·60-0·86]
Leaper19) 2017年 34 20 14 0.61* [0.52–0.73]
Elsolh20) 2017年 5 5 0.79* [0.57–1.09]
Konstantelias21) 2017年 30 19 11 0.68 [0.57-0.81]
Henriksen22) 2017年 8 8 0.67* [0.46–0.98]
Uchino23) 2018年 15 10 5 0.67 [0.48–0.94]
Ahmed24) 2019年 25 25 0.73 [0.65–0.82]
Miyoshi25)(注2) 2022年 7 6 1 0.71* [0.53–0.95]

(注2)大阪大学消化器外科共同研究会大腸疾患分科会で三吉先生を中心に行われた研究で、まず抗菌縫合糸の有用性を調べるためにリアルワールドデータを用いた前向き観察研究を行い、その結果と既存のランダム化比較試験を統合して解析したものである。
観察研究では、日本国内24か所の二次および三次医療センターの外科部門から、外科手術を予定している2195例を登録。そのうち1579例を対象として傾向スコアマッチングを実施し、抗菌縫合糸群926例と非抗菌縫合糸群653例でSSIの発生率を比較した。

抗菌縫合糸のエビデンスを得る難しさ

各ガイドラインにおける抗菌縫合糸の記載は、「考慮してもよい(日本整形外科学会)」2)「使用を提案する(WHO)」5)「使用を検討する(CDC)」4)「考慮する(NICE)」7)という表現にとどまっているか、「清潔・準清潔の腹部手術(ACS/SIS)」3)など条件が限定されている。メタ解析の結果では、抗菌縫合糸のSSI低下における有効性を示唆する解析が複数ある一方、非抗菌縫合糸との間に有意差はないとする解析もある。縫合糸の有効性について結論を出すのは簡単ではない、と三吉先生は話す。

「ひとつには、SSIの発生率は、例えば患者さんの病状や体調、手術部位や術式などさまざまな要因によって大きく変わってくるので、縫合糸の影響を見極めにくいということがあります。
もうひとつ、これは試験をデザインするうえでの難しさですが、SSIの発症率が5%と比較的低い水準に抑えられているため、発症率低下における有効性を評価するためには多くの症例が必要となることが挙げられます。そのうえ、非抗菌縫合糸との比較対照のために患者特性や術式などの背景を揃えなければならないとなると、症例集積のために莫大な時間が必要になります。10年もすれば医療も進歩して治療方針も変わっていきますから、試験結果を臨床に活かすにはなるべく早く結果を出したいところですが、ランダム化比較試験を実施するには時間がかかるのです。
今回私たちがとった『リアルワールドデータを用いた観察研究』というアプローチは、こうした課題を解決するひとつの策になるのではないかと思います。今後のエビデンスの蓄積に期待しています」(三吉先生)

三吉 範克(みよし のりかつ)先生
大阪大学大学院医学系研究科消化器外科学講座 助教
大阪国際がんセンターがん医療創生部 プロジェクトリーダー
医学博士
2002年神戸大学医学部医学科卒業後、大阪大学医学部附属病院、大阪府立成人病センター外科、大阪船員保険病院外科にて勤務。2011年大阪大学大学院医学系研究科博士課程修了後、ハーバード大学マサチューセッツ総合病院Cancer Center留学、大阪府立成人病センター外科診療主任、同外科医長、大阪国際がんセンター外科医長を経て、2017年より現職。

コラム:ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社の取り組み

ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社は、細菌や感染に関する情報がまだ知られていなかった1886年、創傷治療のためには医師や看護師が滅菌済みの縫合糸・手術用包帯を使うべきであるという、当時としては革新的なアイデアをもって創業されました。以来、メディカル カンパニーでは、先端的な医療技術、メディカルテクノロジー(メドテック)を通して人々の健康の向上に貢献することを目指しており、エチコン事業部では、抗菌縫合糸を含む多種多様な外科手術用製品を提供しています。また、鏡視下手術などの医療機器の安全・適正な使用に関するトレーニング事業も展開しています。

(注)抗菌縫合糸の使用によりSSIの予防を保証するものではありません。抗菌縫合糸の使用に際してはケアバンドルを実施したうえでのご使用をお願いいたします。

参考文献
1)日本外科感染症学会ほか編集:消化器外科SSI予防のための周術期管理ガイドライン 2018, 診断と治療社, 東京, 2018.
2)日本整形外科学会ほか監修:骨・関節術後感染予防ガイドライン 2015 第2版, 南江堂, 東京, 2017.
3)Ban KA et al.: J Am Coll Surg, 2017; 224(1), 59-74.
4)Berríos-Torres SI et al.: JAMA Surg, 2017; 152(8), 784-791.
5)World Health Organization: Global guidelines for the prevention of surgical site infection, 2nd. 2018.
https://www.who.int/publications/i/item/global-guidelines-for-the-prevention-of-surgical-site-infection-2nd-ed
6)国公立大学附属病院感染対策協議会 編集:病院感染対策ガイドライン2018年版 (2020年3月増補版), じほう, 東京, 2020.
7)National Institute for Health and Care Excellence (NICE):Surgical site infections: prevention and treatment. 2019.
https://www.nice.org.uk/guidance/ng125
8)Chang WK et al.: Ann Surg. 2012; 255(5), 854-859.
9)Wang ZW et al.: Br J Surg. 2013; 100(4), 465-473.
10)Edmiston CE et al.: Surgery. 2013; 154(1), 89-100.
11)Sajid MS et al.: Gastroenterol Rep (Oxf). 2013; 1(1), 42–50.
12)Diener MK et al.: Lancet. 2014; 384(9938), 142-152.
13)Daoud FC et al.: Surg Infect. 2014; 15(3), 165-181.
14)Apisarnthanarak A et al.: Infect Control Hosp Epidemiol. 2015; 36(2), 169-179.
15)Guo J et al.: J Surg Res. 2016; 201(1), 105-117.
16)Wu X et al.: Eur J Clin Microbiol Infect Dis. 2017; 36(1), 19-32.
17)Sandini M et al.: Medicine (Baltimore). 2016; 95(35), e4057.
18)de Jonge SW et al.: Br J Surg. 2017; 104(2), e118-e133.
19)Leaper DJ et al.: Br J Surg. 2017; 104(2), e134-e144.
20)Elsolh B et al.: J Gastrointest Surg. 2017; 21(5), 896-903.
21)Konstantelias AA et al.: Acta Chir Belg. 2017; 117(3), 137-148.
22)Henriksen NA et al.: Hernia. 2017; 21(6), 833-841.
23)Uchino M. et al.: J Gastrointest Surg. 2018; 22(10), 1832-1841.
24)Ahmed I et al.: BMJ Open. 2019; 9(9), e029727.
25)Miyoshi N et al.: J Am Coll Surg. 2022; 234(3), 311–325.