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「看取り」から始まる医療がある~“大病院だけのハナシ”ではない臓器提供の実態 第2回

読了時間:約 4分10秒  2013年07月12日 AM10:00
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第2回 日本の移植医療を“ガラパゴス化”させないために

■60年代より欧米を中心に発展した臓器移植医療


国により文化の違いで事情は異なる

世界の臓器移植医療は、欧米を中心に1960年頃より発展し始めました。欧米ではその後、脳死を人の死と法的に規定するとともに、死亡時に臓器提供を考慮する文化の定着や、移植コーディネーターの社会的地位の確立などが進みました。その結果、近年の欧米での100万人当たりの臓器提供者数は、スペインの34名を筆頭に、軒並み15~25名となっています(日本では改正法後でも0.9名ほど)。それでもなお、臓器提供数は待機者数よりもかなり不足しています。

現在米国では、患者が脳死状態と判明すれば、それを死亡とみなし医療機器を全て外して治療を終了します。その様に社会的に決められており、ここに家族が異論を挟むことはできません。その治療を終了する前に、主治医が家族に臓器提供の意思の有無を尋ねます。その意思があれば提供となり、意思がなければ機器を外すだけです。いかにも米国らしい、ドライな方法です。この手法では、臓器提供数が多いのもうなずけます。ところが日本では、提供の意思がなければ、医療器具を接続したまま、患者本人は心停止までの残る数日間を過ごします。これが、日本と米国の根本的な相違なのです。

■スタートのつまづきがいまだに尾を引いている日本の移植医療

「眼球」は「角膜」(組織)と捉える考え方もある

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一方、日本では、1968年に札幌医科大学で行われた国内初の心臓移植の際に、移植医療に関する様々な社会問題が噴出しました。以来、脳死や移植の議論はメディアの批判を浴び続け、国民は懐疑心や不信感を募らせ、脳死下でのみ提供される心臓・肺・肝臓の移植はぴたりと途絶えてしまいました。その結果、日本では、腎臓や肝臓の生体間移植だけが細々と行われることとなりました。

1980年に、ようやく角膜・腎臓移植法(本人の意思が不明でも、家族の同意のみで提供可能)が施行され、心停止下での提供・移植が細々と始まりました。そして1995年に、全国規模で腎臓移植を仲介する日本腎臓移植ネットワークが発足し、組織だった腎臓摘出・輸送・移植手術が初めて行われるようになりました。その後、心臓・肺・肝臓の移植医療に後れをとった日本では、1997年に臓器移植法が施行され、それに合わせて前述のネットワークが現在の日本臓器移植ネットワークに改組されました。

しかし当時の法律下では、世界で最も厳しい脳死判定基準、脳死下臓器提供には本人のカード署名が必須、15歳未満からの臓器提供不可能、世間の脳死に関する誤解の山積などから、脳死下提供数は年間一桁程度に留まっていました。

■加熱する臓器ビジネスとイスタンブール宣言

国内からの臓器提供を悠長に待てない諸国の待機者は、膨大な金額をつぎ込んで世界的な人身売買や死刑囚からの臓器移植ビジネスに手を出す様になり、それが国際犯罪組織の温床となりました。そこで2008年、トルコのイスタンブールで開催された国際移植学会で、「移植に必要な臓器は自国内で調達せよ」との基本方針が宣言されました。そこで日本でも、停滞していた臓器提供に新展開をもたらす必要性が生じました。

しかし米国は、その後も国内で提供される臓器の5%を外国人に分配しても良いとのルールを掲げました。ここに、米国での医療保険を持たない日本人が、莫大な寄付金を集め、提供臓器の5%優先枠を求めて渡米する事情があるのです。

■遅れた臓器移植法の改正と本質を報じないメディア

報道で「全ての脳死は人の死」誤解が広まった

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臓器移植法は、本来ならば施行後3年で改正を検討することとされていましたが、結局、施行12年後の2009年にようやく改正されました。その主な改正点は、(1)脳死下臓器提供を、従来の心停止臓器下提供と同様に本人のカード不所持でも可能とし、同時に15歳未満からの臓器提供を可能としたことと、(2)親子や夫婦間の(脳死下・心停止下での)優先提供を可能としたことでした。更に、脳死は、旧法では「臓器提供を前提とした場合のみ、脳死は人の死とする」と規定されていましたが、改正法では「脳死は人の死とする。しかし、脳死判定検査は臓器提供を前提とした場合のみに行われる。更に、臓器提供を前提としない脳死判定検査で脳死と判定されても、それは人の死とはしない」を主旨とする迂遠な表現に言い換えられました。

その真意は旧法も改正法も全く同じではありますが、「脳死を人の死とする」欧米の概念に追いつきたい一心で、その言い回しを換えたものと思います。しかしメデイアは、「脳死を人の死とする」の部分のみを取り上げて、改正法は「全ての脳死を人の死と決めた」との主旨で報道しました。その結果、日本国民の多くは、「脳死になれば、勝手に治療を終わらせ、無理矢理臓器を獲られてしまう」と誤解してしまいました。またメディアは、移植医療を、小児・心臓・臓器売買などを中心として報じ、需要の多い心停止下・成人・腎臓の話題をおろそかにしました。その結果、法改正後にも腎臓提供数は、殆ど変化しない、あるいは漸減する結果となってしまいました。

脳死判定では、全ての機能を確認する

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因みに、改正法A案(現改正法)は、衆議院では、賛成263票・反対167票・棄権56票と全体の54%で採択されました。そして参議院では、賛成138票・反対82票と全体の63%で採択されました。総計しますと、全706票中、賛成401票(57%)・反対249票(35%)・棄権56票(8%)で採択されたことになります。この57%、35%、8%の比率が、まさしく一般国民の意思を反映しており、臓器移植に反対する方々が35%と国民の3人に1人はいることを示しています。そしてこの反対意見の方々を、賛成するように説得する必要はないのです。

以上、臓器提供側の歴史を述べましたが、日本の脳神経外科や救急救命医師らの殆どは、これらの知見を持たないのが実情です。

次回は、脳死下と心停止下の臓器提供の相違点を中心に解説いたします。

※文中で使用しているスライドは、『医療ボードpro』へのダウンロード使用可能です(無料)。
『移植医療(脳死下・心停止下提供)の実際』

吉開 俊一(国家公務員共済組合連合会 新小倉病院 脳神経外科部長)

1984年 九州大学医学部卒業
1991年 臨床大学院課程修了、医学博士取得
1993年 日本脳神経外科学会専門医取得
その後、脳血管障害、頭部外傷、脳腫瘍など、主に脳神経外科救急領域にて従事
2009年より現職

著書:移植医療 臓器提供の真実 ―臓器提供では、強いられ急かされバラバラにされるのか―