提供:大塚製薬株式会社
2020年7月15日取材(水戸)
アルコール依存症というと、酒乱、社会生活の破たん、明らかなアルコール問題があるにもかかわらずお酒を完全にやめることができない、あるいは専門医療機関や自助グループへの紹介を嫌がる、入院中に問題を起こすなど、治療に難渋するケースを多く耳にする。最近、新たな治療アプローチとして飲酒量を減らす減酒という治療選択肢が加わり、お酒をすぐにやめることが難しい人を断酒へつなげるための第一歩としてその効果が期待されている。
そこで今回は精神科以外で初めて専門外来「アルコール低減外来」を開設した吉本尚先生とその患者さんに、減酒治療への取り組み方や治療による気持ちの変化、現状の課題などについてお話しいただいた。
- 吉本尚先生
筑波大学医学医療系 地域総合診療医学 准教授
2019年1月から、北茨城市民病院附属家庭医療センターで「アルコール低減外来」を開設し、診療を行っている。N.Y.さんの主治医。
- N.Y.さん(患者)
70代男性。2019年10月に吉本先生のアルコール低減外来を受診し、減酒治療に取り組んでいる。
ケガをきっかけにアルコール低減外来の受診を決意
吉本:アルコール低減外来を受診してもうすぐ1年が経ちますね。受診のきっかけは何だったのですか。
N.Y.(患者):2~3年前から何度か転ぶことがあり、お酒を飲んでいるときに転びやすくなるのが気になっていました。いくつかの専門病院を受診したのですが、環境が合わなかったり、入院治療に抵抗があったりで治療に至りませんでした。そのうちに転んで骨折したものですから、心配した妻がインターネットで検索して、吉本先生のアルコール低減外来を見つけてくれたのです。
吉本:自分でも飲酒についてどうにかしたいと思われていたのですか。
N.Y.:はい。ただもう何十年もお酒を飲んでいて、お酒が友達みたいになっているので、きっぱりやめるというのは難しいなと思っていました。でも先生はお酒の量を減らす治療(減酒治療)も行っているというので、それならばできるかもと思い、受診したのです。
治療選択肢が増え、アルコール依存症治療のハードルが低下
吉本:N.Y.さんのように、いきなり断酒は難しいけれど減酒ならできるかも、という方は大勢いると思います。今まで治療といえば断酒しかありませんでしたが、減酒という新たな選択肢が加わったことで、アルコール依存症治療に対するハードルが下がったと感じています。
N.Y.:私も最初から断酒と言われていたら治療を受ける気にはならなかったと思います。先生は決して治療を強制せず、私の話を聞き一緒に考えてくれて、やんわりと包み込んでくれる雰囲気があったので、減酒治療を受ける決心をしたのです。
吉本:どういう治療が自分に合うのかは患者さん自身がよくわかっている、と私は思います。ですから、治療選択肢やその方法をしっかり説明して、患者さんの意思を尊重しながら治療を進めています。N.Y.さんの場合も「お酒の量を減らすならできそう」ということだったので、「まずは減酒から始めて、様子を見ながら断酒へ進むか、しばらくは減酒を続けるか相談しましょう」とお話ししました。
アルコール依存症の治療では、減酒から始めた場合でも最終的には断酒につながるのが最良です。ただ、身体的問題がなく、社会生活にも影響を及ぼさないようでしたら、そのまま減酒を続ける場合もあります。
治療に挫折しても受け入れる姿勢が大切
吉本:治療を始めて、お酒を飲む量は変わりましたか。
N.Y.:少しずつ減り、今では以前の半分くらいになりました。それに以前は、納得するまでお酒を飲まないと気が済まず、なくなると買いに行ってまで飲んでいたのですが、今は「もうこのくらいでやめよう」とコントロールできるようになってきました。
吉本:それはすばらしい。3か月くらいで治療効果があらわれる方が多いのですが、個人差や体調、気分の影響も大きいので1年くらいかけて効果を見ています。とはいえ私がアルコール低減外来を始めてまだ1年半ですので、一人一人の様子を見ながら治療の進め方を検討しているところです。
N.Y.:確かにお酒を飲みたい欲求には波があります。欲求の波が高いときに、波をいかに抑えるかが問題だと感じています。
吉本:ご自身のことをよくおわかりですね。飲酒欲求に波があるのは当然ですし、波が高いときに飲酒量が増えてしまっても、波が高い状態が続かなければ大丈夫です。一時的に量が増えるだけであれば飲酒量をコントロールできていると思います。
N.Y.:そういう風に言ってくださるから、治療も続けてこられたのです。いずれはお酒の量をもっと減らして、飲酒欲求の波をなるべく平らにできたらと思っています。そこにたどり着くまで先生や妻には長い目で見てもらえると嬉しいです。
吉本:もちろんです。治療は長い道のりですから。なかには受診を中断してしまう患者さんもいますし、その患者さんが救急搬送をきっかけに受診再開ということもあります。患者さんが挫折してしまっても、やり直そうと思ったらいつでも受け入れてあげられる場所でありたい、と思っています。
お酒の悩みを気軽に相談できる医療機関が必要
N.Y.:私の場合、妻がたまたま先生の外来を見つけてくれましたが、どこを受診すればよいのかわからない人は大勢いると思います。
吉本:アルコール依存症の生涯経験者数は約107万人と推定されていますが1)、お酒の問題を相談できる医療機関が非常に少ないのが現状です。私の患者さんのなかにも、近くに病院がないため数時間かけて来院されている方もいます。
またお酒の問題は偏見を持たれやすいため、誰にも相談できずに悩んでいる方も多くいらっしゃいます。こういった方を医療につなげなければと感じています。しかし、専門病院では比較的重症な患者さんを中心に診療していますし、患者さんにとって受診の敷居も高いのです。ですから、従来からイメージされるような依存症レベルまでいかなくても、お酒を飲んでいる時間や飲む量をコントロールできない、飲み始めるとやめられない、飲んでいる時間が多くて他のことに使える時間が少なくなったり夜眠れない、肝障害や高血圧など身体に問題がありお酒を控えるように言われているけれど実行できない、といったお酒の悩みを抱えている方が気軽に相談できる医療機関が必要です。
私のように精神科ではない診療科がお酒の悩みの治療をすることで、今後、お酒の問題を相談できる医療機関が増え、アルコール依存症治療がより普及することを期待しています。
1)Osaki Y, et al.:Alcohol Alcohol. 2016;51(4):465-473.
新ガイドラインに新たな治療目標「飲酒量低減(減酒)」が記載
アルコール依存症に関するガイドラインが2018年に改訂され、アルコール依存症の最適な治療目標はお酒をやめることだが、断酒が困難な場合や希望しない場合には、まず減酒から始めて断酒や回復を目指すという段階的な治療が推奨されている。
アルコール依存症のe-learning研修開始
アルコール依存症の早期発見・治療のためには、依存症専門の先生方だけではなく、プライマリケア医を含む多くの診療科の先生方に携わっていただく必要があるといわれている。そのため、日本アルコール・アディクション医学会ならびに日本アルコール関連問題学会は、アルコール依存症の診断や治療を包括的に学ぶことができるe-learning研修を始めた。インターネット環境があれば、空き時間や移動中など時間や場所を問わずに研修を受けることができるので、ぜひご活用ください。
詳細は「e-learning アルコール依存症の診断と治療(https://gakken-meds.jp/jmsaas/)」をご覧ください。