医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

Home > Hematologists×地域医療 > vol.01 増え続ける血液疾患患者の診療をクリニックでも。ベテラン血液内科医の“最後の冒険”

vol.01 増え続ける血液疾患患者の診療をクリニックでも。ベテラン血液内科医の“最後の冒険”

読了時間:約 9分15秒  2020年11月05日 PM06:00
このエントリーをはてなブックマークに追加

この記事は医療者のみが閲覧する事ができます。

あなたは医療者ですか?

増え続ける血液疾患患者の診療をクリニックでも。ベテラン血液内科医の“最後の冒険” LIGARE 血液内科太田クリニック・心斎橋院長 太田 健介 先生

提供:ノバルティス ファーマ株式会社
取材:2020年4月

「この増加は止められない」
打開策としての血液内科専門クリニック開設

 私が済生会中津病院の血液内科部長として勤めていた約12年間(2006~2018年)に、血液疾患患者さんは約10倍に増えました。この理由として、高齢化などによる患者増加と治療法の進歩による長期生存が挙げられます。当初はそれだけ多くの患者さんを診療していることを誇らしくも感じていましたが、この増加を止められないということに気づいて危機感を覚えました1)

 血液疾患を抱える患者さんの多くは大病院に通わなければなりません。なぜなら、血液内科医は基本的に大病院にしかいないからです。ですから、病院数がそのままで患者数が増えれば診療にあたる血液内科医の時間が削られるだけでなく、患者さんの待ち時間も長くなり、双方にメリットがありません(図1)。患者増加の裏には、構造的な問題があるのです。一方で、厚生労働省(厚労省)の「地域医療構想に関するワーキンググループ」では、2025年に向けて病院数削減の方針を打ち出しています。患者さんが増えて病院が減れば、その先には医療崩壊しかありません。構造的な問題や厚労省の方針を考えたとき、私はさらなる患者増加を止められないと察しました。

図1 病院血液内科の現状

 この状況の打開策として2018年5月に開院したのが「LIGARE 血液内科太田クリニック・心斎橋」です。これは私にとって“最後の冒険”です。

1)太田健介:済生会中津年報, 2007;18(2):281-285

「大病院と同等の診療を提供」
検査・治療をワンフロアで行える設備

 当院の特長は、専門の看護師・薬剤師・臨床検査技師が院内にそろっていることです。抗がん剤投与、輸血、骨髄検査などが院内で行えます(図2)。そのため「骨髄検査ができないので通えません」という患者さんがいないのです。

図2 診療実績:治療、検査の内訳と件数(2018~2019年)

 ワンフロアに医療設備を集約しているのもメリットです。動線が短いと時間短縮につながりますし、患者さんもスタッフもお互いの顔を覚えられてアットホームな雰囲気が醸成されます。病院でいうところの“ユニット制”が院内で機能しています。
「メディカルスタッフから」も参照)。

「チーム医療の中に患者さんが自然と入ってくる」
患者さんとの近い距離感

 実は開院当初、患者さんとスタッフがこれほど近しい関係になることは想像していませんでした。しかし、病態や症状だけではなく、その人の生活・人となり・職業といった全人的な見方が個々の患者さんに対してできるようになりました。そのような見方で行うケアが患者さんの癒しにつながるのではないかと思っています。

 よく「チーム医療」という言葉が使われますが、チーム医療の中に患者さんが自然と入ってくる関係を構築できる点は大きいですね。「チーム」より「仲間」というようなアットホームな感覚でしょうか。

「1か月の延べ患者数は600名超」
幅広い血液疾患に対して専門的な治療を提供

 当院における1か月あたりの延べ患者数は、2019年4月に600名を超えました(図3)。再診が多いのは血液疾患の特徴です。

図3 診療実績:延べ患者数

 受診経緯をみると、開設当初は他院血液内科からの紹介患者さんが多く、最近では貧血などの自覚症状や検診での臨床検査値異常(血球数の異常など)を主訴にした紹介状なしの患者さんの割合が増えています。クリニックなので、患者さんが受診しやすい側面もあります。

 当院の疾患内訳は図4のようになっています。血液内科専門を掲げると血液悪性腫瘍を想像されがちですが、貧血の治療もしていますし、特発性血小板減少性紫斑病(Idiopathic thrombocytopenic purpura:ITP)などの非腫瘍性疾患に対しても専門的な治療を提供できます。

図4 診療実績:疾患の内訳(2018~2019年)

 ただ、悩ましい点もあります。開院時の設備投資は当然大きく、収益面を考えるとより効率よく患者さんを診療できるようにしないといけません。診療報酬もクリニックに有利とはいえません。また、経過観察していて悪化した際に、入院先の確保に苦労することがあり、課題といえます。

 今後、一般内科クリニックからの紹介患者さんを増やし、病院での治療の必要性を判断する役割を担いたいと考えています。一般内科クリニックと病院とのハブの役割を担うことが当院の目標です。

「ハブ・クリニックが増えることが私の夢です」
持続可能な連携体制を構築

 血液内科専門クリニックと病院血液内科の役割分担は厚労省の施策どおり、「紹介・逆紹介」です。移植・無菌管理などが必要ならばクリニックから病院に「紹介」し、病院での治療が終われば「逆紹介」でクリニック側が経過観察、という構造を血液内科で構築できれば理想的だと思っています(図5)。

図5 ハブとしての血液内科専門クリニック

 専門クリニックの運営上、近隣にある他院血液内科との連携ができていることも重要です。病院の血液内科の負荷を減らすことが開院の目的ですので、患者さんを紹介いただき、彼らにしかできないことに集中してもらえる環境をつくることも役割のひとつです。当院のような役割を担う“ハブ・クリニック”が増えることが私の夢です。

 当院では、私の前職の済生会中津病院や大阪市立大学の血液内科専門医が非常勤で診察を担当してくださっています。望外の喜びとして、その先生方と当院内で診療についてディスカッションができるので、血液疾患の最新の診断や治療について情報交換できる機会ができました。外来に集中できる環境下ということもあり、個人的な診療スキルも上がった気がしています。

「無理なくやりがいを持って勤務できる」
クリニックは女性やベテランの医師が専門スキルを活かせる場

 最近、女性医師が当院に加わってくれました。私は以前から、専門性の高いスキルを身につけた女性の先生方がライフイベント(結婚・出産・子育て)などで血液内科から離れてしまうことを残念に思っていました。血液内科専門のクリニックであれば、病院とは違って夜間や週末の緊急呼び出しがないため女性医師でも働きやすい環境づくりができます。ベテランの医師も同様で、体力の問題から病院から離れざるを得なくても、クリニックであれば無理なくやりがいを持って勤務できると思います。

 血液内科専門クリニックですので、一般内科と違って血液内科の患者さんしか受診されません。医師に限らず、専門性の高い女性のメディカルスタッフが働きがいを感じ、かつ無理なく働くためには働き方の構造改革が大切だと思います。

「新たな道を日本で拓きたい」
専門クリニックのオーナーという新しいキャリアパス

 今、血液内科で頑張った医師が目指すキャリアは、大学の教授、大病院の部長クラスなどです。しかし、米国では専門クリニックのオーナーの地位が高いのです。キャリアパスの観点から、専門クリニックのオーナーという新たな道を日本で拓きたいと考えています。そして、その開拓が日本の医療構造を変えるポイントになると思っています。

 血液内科に限った話ではありませんが、日本の診療システムの問題からドクターショッピングをするがん患者さんが多く、“がん難民”と呼ばれています。また、先ほどお話しした病院削減の問題は血液内科に限った話ではありません。

 そのような患者さんの拠点をクリニックに置き、「ハブ」とすることで構造的問題が解決するのではないかと思います。

 わが国では開業医=一般(総合)内科、というイメージが根強いですが、キャリアを積んだがん専門医が専門クリニックを開くことには大きな意味があると考えています。ぜひ、そのような先生方と一緒に、我が国の医療構造を変えていきたいですね。

メディカルスタッフから

メディカルクラーク 三木幸子さん
メディカルクラーク 三木幸子さん

 一般内科のクリニックでは、発熱や腹痛などの急性期がほとんどですが、当院には血液疾患の患者さんが重い病気を持って来られています。患者さんから少しでも気楽に話かけていただけるように対応・雰囲気づくりに気を遣っています。
 患者さんからはさまざまな質問を受けますが、高額な薬剤を使っている方が多いため、高額療養費制度の質問をされることがあります。その都度、患者さんにとって最もよい方法を考え、きちんと伝えることが働きがいにつながっています。
 採血後に30分くらい時間が空いた患者さんと話す機会があり、顔なじみになっています。来院時に「よおっ」と来院する患者さん、「また来るわ」と言って帰る患者さんもいて、よい関係がつくられていると思います。

臨床検査技師 村瀬正美さん
臨床検査技師 村瀬正美さん

 前職は病院勤務でした。検査技師は「検体と仕事をしている」感覚に陥りがちですが、当院では患者さんを知ったうえで検査するので、採血時に患者さんの状態と検査結果を照合できます。患者さんと近くいられるところがよいですね。
 私の仕事は、正確な検査結果をより早く他のスタッフに提供することです。例えば、白血球減少や異常細胞が認められたときに、医師や薬剤師に第一報を入れることです。自分の役割をしっかりとこなして、臨床に貢献できるように努めています。
 採血のときに患者さんと接していますが、顔見知りになるので信頼関係ができます。患者さんのほうから、他愛のない話などもしてくれます。慢性患者さんは長く通院されるので、「仲間」のような感じになりますね。

薬剤師 橋内貴昭さん
薬剤師 橋内貴昭さん

 クリニックに薬剤師がいるのは珍しいですね。抗がん剤の調製、院内調剤のために常駐しています。病院では特殊な薬剤の説明、薬局では服薬指導や副作用の確認、日常生活の困りごとなどを聞きますが、当院では病院と薬局双方の役割を担うのが他院との違いです。
 診察の際は、医師・看護師とともに同席しています。患者さんにとってより的確な処方にすることが薬剤師の役割ですが、当院では診察室で主訴を聞きながら処方提案をしたり、患者さんに好みの剤形を聞くことができ、勉強にもなり、知識も得られます。
 当院はアットホームで、服薬指導以外でも患者さんと話す機会がつくれます。診察前に話した内容が処方につながる情報であれば、先んじて医師に伝えることで治療や処方もスムーズに進められます。

看護師 西浦美幸さん
看護師 西浦美幸さん

 通常のクリニックだと採血の検査結果が後日になりますが、当院であれば1時間もあれば結果を伝えられますので、患者さんにメリットがあります。また、ワンフロアに多職種が集まっているため、スタッフとの距離感が近いので情報交換をしやすいですね。
 クリニックで化学療法、点滴、内服に携われるのは大変貴重だと思います。診察室の内外における患者さんとご家族の動向からその後の対応を考えるなど、今まで学んできたことが活かせる場になっていると思います。
 当院に来てから、患者さんと話す機会が増え、気持ちの理解が深まったと感じています。ただ、治療しても改善しない患者さんはいます。答えがないまま患者さんと泣くこともありますが、「私が思いを受け止めれば患者さんの気持ちが楽になる」こともあると思い、心をこめて接しています。