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重症呼吸不全の治療法開発に前進、「腸換気法」の安全性を臨床試験で実証-科学大ほか

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2025年11月05日 AM09:30

重症呼吸不全の克服へ、「お尻から呼吸する」腸換気法のヒト安全性評価を実施

東京科学大学は10月22日、腸換気法に用いる液体「パーフルオロデカリン(Perfluorodecalin:PFD)」の単回経肛門投与が、ヒトにおいて安全で忍容性が良好であることを、世界で初めて実施された臨床第1相試験(First-in-Human試験)により明らかにしたと発表した。この研究は、同大総合研究院ヒト生物学研究ユニットの武部貴則教授(大阪大学大学院医学系研究科教授/同ヒューマン・メタバース疾患研究拠点副拠点長)、名古屋大学医学部附属病院麻酔科の藤井祐病院准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Med」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

急性呼吸窮迫症候群(ARDS)に代表される重症呼吸不全は、肺でのガス交換機能が失われる致死率の高い病態である。現在、人工呼吸器やECMO(体外式膜型人工肺)が標準治療として用いられているが、これらは肺へのさらなる負担や合併症のリスクを伴うことが課題となっている。そのため、肺を休ませながら全身に酸素を供給できる、まったく新しい治療法の開発が世界的に待望されてきた。

研究グループは、一部の水生生物が持つ「腸呼吸」の能力を模倣し、哺乳類においても腸を介して酸素を供給する「腸換気法」が可能であることを、動物モデルを用いてこれまでに報告してきた。しかし、この革新的な治療法をヒトに応用するためには、まず健康なヒトにおける安全性と忍容性を厳密に評価することが不可欠なステップであった。

健康成人27人で忍容性確認、肝機能・腎機能に影響なく腸換気法の原理も支持

今回の研究は、日本国内で実施された非盲検・非対照の臨床第1相用量漸増試験である。20~45歳の健康な成人男性27人が参加し、酸素を含まないパーフルオロデカリン(PFD)を25mLから最大1,500mLまで、6段階の用量で単回経肛門投与し、60分間腸内に保持した。

その結果、以下の点が明らかになった。

(1)試験期間中、重篤な有害事象や投与中止に至る副作用は1例も発生しなかった。血液検査においても、肝機能(AST、ALT)、腎機能、電解質など、すべての項目で臨床的に意義のある変動は認められず、本療法の臓器に対する安全性が確認された。

(2)腹部膨満感や腹痛、便意といった軽微な有害事象が報告されたが、これらは高用量群でやや多い傾向にあったものの、すべてグレード1(軽症)で、一過性かつ自然に消失した。1,000mLまでの用量では、特に忍容性が良好であった。

(3)投与後12時間にわたり経時的に採血を行った結果、すべての血液サンプルにおいてPFD濃度は検出限界(1.0μg/mL)未満であった。これは、PFDが腸管から体内に吸収されず、全身性の毒性を引き起こすリスクが極めて低いことを示す重要な結果である。

(4)今回の試験は安全性の確認を主目的としており、酸素を積極的に負荷していないPFDを使用したが、500mL以上の高用量群では、末梢血酸素飽和度(SpO2)がわずかながらも約1%上昇するという変化が観察された。これは、大気中の酸素がPFDに溶存し、静脈血との濃度差によって酸素を体内へ供給している可能性を示唆しており、腸換気法の原理を支持する結果といえる。

人工呼吸器やECMOを補完・代替へ、新生児を含む重症患者を救う新たな手段に期待

今回の研究は、腸換気という全く新しい医療モダリティの臨床開発における、極めて重要なマイルストーンである。世界で初めてヒトにおける安全性と忍容性を示したことで、これまで基礎研究の段階にとどまっていたこの技術が、実際の医療として患者に届く可能性を大きく切り拓いた。

「この確固たる安全性のエビデンスを基盤として、今後は実際の患者を対象に、治療効果を検証する次のステップである臨床試験へと進むことが可能となる。将来的には、人工呼吸器やECMOを補完、あるいは代替しうる低侵襲な呼吸サポート治療として、新たな医療技術の確立が期待される。今回の試験で確立された安全性データを基に、研究チームは現在、酸素を豊富に溶かしたPFDを用いる臨床試験の準備を進めている。有効性が実証されれば、肺の機能に依存しない画期的な酸素化療法として、新生児をはじめ、治療の選択肢が限られる重症呼吸不全患者を救う新たな手段となる可能性がある」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

 

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