身体的・心理的・神経発達的に悪影響を及ぼす、小児期の逆境体験「マルトリ」

福井大学は10月15日、司法解剖例・児童相談所の介入後間もない乳幼児・児童相談所の介入後で頭部MRI撮像を受けた思春期の子どもたちと、一般の子どもたちを対象に網羅的な遺伝子解析の比較をマイクロアレイで行い、大人から子どもへの不適切な関わり（マルトリートメント：マルトリ）を経験した子どもに特徴的に見られる4つのDNAメチル化部位（CpG部位）の違いを発見したと発表した。この研究は、同大子どものこころの発達研究センターの西谷正太特命講師、友田明美教授と、広島大学法医学研究室の長尾正崇教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Molecular Psychiatry」に掲載されている。

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小児期の逆境体験（マルトリ）は、身体的・心理的・神経発達的に、将来深刻な悪影響を及ぼすことが知られている。近年、DNAメチル化を中心とするエピジェネティックな化学修飾が、こうした長期的影響のメカニズムの一つとして注目されている。

司法解剖例／乳幼児／思春期児で、マルトリがDNAメチル化・脳構造に及ぼす影響を検証

研究グループは、日本医療研究開発機構成育疾患克服等総合研究事業（令和2～4年度）などの助成を得て、マルトリを経験した子どもに特徴的なDNAメチル化（エピジェネティクな化学修飾）と脳の構造変化を明らかにした。今回の研究では、司法解剖例（被虐待児：11人、対照児：7人）、乳幼児（社会的介入後間もないマルトリ児：36人、対照児：49人）、思春期児（社会的介入後の脳MRI撮像を受けたマルトリ児：61人、対照児：62人）という3つの独立した集団を対象とした。また、どこかの候補遺伝子だけに絞るのではなく、エピゲノム全体を対象とした網羅的な解析（約85万箇所）を行ったことで、多くある研究の中でも、とりわけ信頼性の高い結果を得た。

マルトリ経験群は4遺伝子内CpG部位でメチル化変化、FOXP1遺伝子メチル化は脳構造変化と関連

各集団を個別に解析した後、さらに3つの結果を統合したメタ解析を行い、マルトリ経験に共通して関連するメチル化部位（CpG部位）を探索した。その結果、ATE1、SERPINB9P1、CHST11、FOXP1の4つの遺伝子内にあるCpG部位で有意なメチル化の変化が見られた。特にFOXP1遺伝子のメチル化は、眼窩前頭皮質および帯状回中・後部の灰白質体積増加、後頭葉の紡錘状回（視覚領域）の灰白質体積減少といった脳の構造変化と関連していた。

これらの脳部位は、感情調整、記憶想起、社会的認知に関与する領域であり、マルトリ経験と後年の精神疾患との神経生物学的関連を示唆するものである。

子どもを早期社会的支援へつなげるためのスクリーニングなど発展に期待

さらに、このメタ解析から絞り込まれたDNAの変化をもとにした「メチル化リスクスコア（MRS）」は、この研究とは独立した外部のデータセットにおいて、マルトリ経験の有無をこれらメチル化の値から一定の精度（AUC＝0.672）で判別可能であったという妥当性の検証も行っていることから、新しい生物指標（バイオマーカー）としての有用性も期待される。将来的には、子どもを早期に社会的な支援につなげるためのスクリーニングツールや予防医学に発展することが期待される。

同研究は、マルトリ経験に伴うエピジェネティックな変化の新たな理解を提供するとともに、早期発見・予防・治療介入のためのバイオマーカー候補を示し、マルトリ経験の世代間連鎖を断ち切ることへの貢献を目指したものである。すなわち、「マルトリ経験は見えない傷を残す」ことを科学的に可視化するとともに、その痕跡を読み取り、次世代を守る道筋を示している。「子どもの心はまだ発達途中で、大人のような耐性は十分ではない。だからこそ、日々の関わりの中で、子どもの心をそっと支えながら育てていくことが大切である」と、研究グループは述べている。（QLifePro編集部）