感謝介入がワーク・エンゲイジメントにもたらす影響は不明だった
立命館大学は10月6日、日常生活の中で起こるさまざまな出来事や、その対象となる人々に感謝したことを記録することにより、働く人々の「ワーク・エンゲイジメント(仕事に関連するポジティブで充実した心理状態)」が向上することを実験的に明らかにしたと発表した。この研究は、同大、国立研究開発法人情報通信研究機構(以下、NICT)、株式会社NTTデータ経営研究所の共同研究によるもの。研究成果は、「BMC Psychology」に掲載されている。

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日本の働く人々の働きがいは、世界的に見て非常に低い水準にある。米・ギャラップ社の調査(2022~2024年)では、日本のランキングは140か国中135位であり、その改善は喫緊の社会的課題となっている。ワーク・エンゲイジメントが高い人ほど仕事のパフォーマンスや創造性が高く、心身の健康状態も良好であることが知られており、その向上は個人と組織の双方にとって極めて重要だ。
これまでの研究で「感謝すること」が個人の幸福感や健康を高めることが示されており、特に学習モチベーションの向上効果が注目されている。一方で、社会人のワーク・エンゲイジメントに関しては、感謝との相関を示すにとどまり、あるいは統制群を設けなかったため、感謝介入がワーク・エンゲイジメントにもたらす影響は不明のままだった。
そこで今回の研究では、「感謝」という感情に注目することが、働く人々にとって重要な心理状態であるワーク・エンゲイジメントにどのような影響を与えるのかを明らかにすることを目的とした。
国内の企業に勤務する100人を対象に、「感謝日記」と「日常日記」の違いを調査
理論的枠組みとして、「仕事の資源」と「個人の資源」がワーク・エンゲイジメントの水準を説明するJD-Rモデル(Job Demands-Resources model:仕事の要求度-資源モデル)に着目。このモデルから、感謝に注意を向け記録することで「仕事の資源(上司や同僚、家族からの支援など)」を再確認する可能性があると考え、日記内容の計量テキスト分析を行った。
調査には、日本国内の企業に勤務する100人(平均年齢41.0歳、男女各50人)が参加し、実験参加者は無作為に「感謝日記群(実験群)」または「日常日記群」に割り当てられた。さらにスマートフォン用のアプリを用いて12日間にわたり、感謝日記群は日々感謝したことを記述し、日常日記群は日々の出来事を記録した。
感謝に注目することで、自分が上司・同僚・家族から受けている支援に気づく可能性
日記による介入の前後に、ユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント・スケール(UWES)を用いてワーク・エンゲイジメントを測定した結果、感謝日記群では総合得点およびスコアの一つである「没頭」で有意な向上が確認された。さらに、日記内容に対して計量テキスト分析(頻出語分析および対応分析)を行った結果、感謝日記群では「ありがとう」「感謝」「優しい」「助かる」「手伝う」など、他者からの支援や助けに関するポジティブな語が多く使われていた。これらの語は、日常日記群にはほとんど見られず、対応分析では「感謝日記らしさ」を示す語として高いカイ二乗距離を示した。カイ二乗距離とは、語の出現傾向がどちらのグループに特有かを示す指標であり、原点からの距離が大きいほど、特定のグループ(ここでは感謝日記群)で特徴的に使われた語であることを意味する。
一方、日常日記群では「寒い」「終わる」「悪い」など、感情的に中立またはネガティブな語が特徴語として見られた。このことは、感謝に注意を向ける意図的な姿勢がなければ、「ありがとう」や「感謝」といった言葉は自然には出てこなかったことを示している。すなわち、感謝を記録するという行為自体が、仕事の環境や周囲の人々から得ている支援など、自身の「仕事の資源」に改めて気づくプロセスになっていると考えられる。
感謝に注意を向けて記録することで、ワーク・エンゲイジメントが向上
以上の結果から、感謝に注意を向けて記録することで、ワーク・エンゲイジメントが向上することが明らかになった。また、この効果の基本的なメカニズムとして、仕事の資源への認識を高め、働く意欲が改善される可能性が示唆された。
職場のみならず、教育現場など幅広い分野での「感謝日記」の応用に期待
今回の研究は、感謝というポジティブな感情が、働く人々のワーク・エンゲイジメントにどのように影響を与えるのかを実験的に検証し、学術的に重要な貢献を果たしたと言える。従来、感謝とワーク・エンゲイジメントの関連は相関研究などで示唆されてはいたものの、その因果関係は明らかにされていなかった。同研究は、感謝に注意を向けて記録することでワーク・エンゲイジメントの向上につながることを、統制群との比較で介入実験データに基づいて明示した。これは、ワーク・エンゲイジメントを理解する新たな視点を提供するものである。
また社会的な意義として、世界的な調査で日本が最下位レベルにある働きがいを改善するための、科学的エビデンスに基づいたシンプルかつ低コストな介入方法を提示できたことは大きな意味を持つ。誰でも取り組める「感謝日記」は、企業や自治体などが職場に導入しやすい方法であり、今後、日本社会全体の働く意欲や生産性、メンタルヘルスの改善に貢献することが期待される。
「過去の研究においては、感謝日記が大学生の学習モチベーションを高める効果も確認されており、本手法は職場に限らず、教育現場など幅広い分野での応用可能性を持つことが示唆される」と、研究グループは述べている。
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・立命館大学 プレスリリース


