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vol.03 在宅を“前向きな選択肢”に。血液内科医が作る在宅診療の新しいコンセプト

読了時間:約 10分56秒  2020年11月05日 PM06:03
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在宅を“前向きな選択肢”に。血液内科医が作る在宅診療の新しいコンセプト HOME CARE CLINIC N-CONCEPT 院長 宮下直洋先生

提供:ノバルティス ファーマ株式会社
オンライン取材:2020年6月

「患者さんの“治してもらいたい”という気持ちと必ずしも一致しない」
大学病院で感じた血液疾患診療と難しさ

 私が医師を志したきっかけの一つに、身内に血液疾患の者がいたということもあり、「治したい」という思いは常に診療の中でも大切にしてきました。ところが、一時期基礎研究に集中し臨床から離れたときに、俯瞰して考える機会があり、医師である私の「治したい」という気持ちと、患者さんの「治してもらいたい」という気持ちが必ずしも一致していないと感じることがありました。「家に帰りたい」と希望される患者さんを診療する際に、「治したい」という気持ちだけでよいのだろうかと、次第に考え方が変わっていきました。

「最期まで活き活きと」
在宅医療の世界で経験した血液疾患患者の看取り

 在宅を希望される患者さんの気持ちに応えるため、“血液内科の専門性をもった在宅医”として在宅医療を始めました。これまで様々な患者さんの看取りをしましたが、再生不良性貧血の患者さんは特に印象深いです。重症の方で、1~2か月のうちに重篤なイベントが起こるだろうと見込んでいたのですが、自宅に戻られてから1年弱、大きな合併症なく過ごされました。その間、外食をしたり美容室に行ったりと、自由に過ごされており、入院中よりも表情も明るくなっていたのが印象的でした。

 また、私はグリーフケアにも力を入れていて患者さんが亡くなられた後もご家族とコミュニケーションを取っています。ご家族から「最期まで家で活き活きしていた」というお言葉をいただいたときは、うれしく感じました。

「チームとして貢献する」
在宅医の立場から描く地域連携の理想像

 血液疾患患者さんへ在宅医療を届けるべく、2020年7月に「HOME CARE CLINIC N-CONCEPT」を開業しました。常勤の看護師は血液内科経験があり、検査などを外部に依頼する体制も整えました。輸血クリニカルパスを作成しており、外部の看護師と協働する際も重篤な副作用の対応等に問題がないようにしています。

 在宅診療では、ケアマネジャーや訪問看護ステーション、訪問薬剤師などの地域医療を支える人達と協働することが不可欠です。彼らと直接話し合い連携を密に訪問医療・介護の“輪”を広げ、チームとして地域・患者さんに貢献しています。また、病院との連携も必要不可欠です。私が開院した地域では既に多くの血液内科の先生方とつながりがあるので、連携はスムーズです。近隣にある他科の医療機関との連携では、一度直接お会いしてその土壌を作っていくことを念頭に置いています。

 血液疾患では患者さんが病院の主治医の先生との結びつきが強いため、患者さんによっては「2人主治医制」を意識して図1のような形を提案しています。病院の主治医との関係性を途切れさせずに在宅での診療を行うことで患者さんの不安を取り除けると考えています。

図1 2人主治医制を意識した診療

「在宅を“前向きな選択肢”に」
血液内科医が作る新しいコンセプト

 在宅診療でも、抗がん剤の投与といったアグレッシブな治療ができますし、診察室では見えない患者さんの暮らしも考えて診療することにやりがいを感じます。かつて在宅診療は、病院で手の施しようが無くなった患者さんが選ぶ“後ろ向きな選択肢”というイメージがありましたが、その存在が広く知られることにより、患者さん自らがライフスタイルに合わせて積極的に選ぶ“前向きな選択肢”へ変革してきたと思います。医師側も同様に、私のような血液内科医がいるということを知っていただくことで、在宅診療を“前向きな選択肢”として血液内科の先生方に捉えていただけるようにしたいですね。

豊嶋崇徳先生

血液疾患の診療を地域と共に担う
― 血液内科医が描く未来へ期待

北海道大学大学院 医学研究院 内科系部門 内科学分野 血液内科学 教授
豊嶋崇徳 先生

 社会の高齢化と、医療の進歩に伴い、これまで以上に多くの患者さんが血液疾患を抱えながら暮らしています。これまでは、血液疾患患者さんの診療は、比較的軽症や安定した患者さんであっても、大学病院や基幹病院の血液内科が担ってきました。なかでも、終末期が近い患者さんで在宅移行を希望する方がいることや、高齢の患者さんにとっては遠方の大病院への通院は大きな負担であることが課題となっています。
 多くの領域で地域医療連携が進んでいますが、血液疾患の領域ではまだ連携が十分でなく、地域の診療所や在宅医の先生が、患者さんやご家族のライフスタイルにあった診療を提供することへのニーズが高まっています。2020年には新型コロナウイルス感染症が流行し、北海道でもいち早く緊急事態宣言が出ましたが、このような状況下では通院に不安を感じる患者さんも多く、自宅で診療を受けることへの需要はさらに高まったと感じています。宮下先生の挑戦は、まさにこうしたニーズに応える取り組みであるといえるでしょう。
 これまで血液内科の専門医資格を持ちながら開業を選ばれた先生たちは、一般内科のみを標榜されることも多かったのではないでしょうか。しかし、宮下先生のように、血液内科の専門性を活かして地域医療の最前線で活躍することで、これまで受け皿のなかった血液疾患患者さんにも在宅医療という新たな選択肢を提供することができます。これにより、患者さんの希望が叶えられるだけでなく、高度医療の提供を担う大学病院などにとっても、移植医療や重症患者さんの治療に注力することが可能となり、地域の血液診療全体の底上げにつながると考えます。
 血液内科の専門医として様々な活躍の場があり、それぞれの立場から患者さんや地域、さらには医療全体の質の向上に貢献していける点は、血液内科を志す若い先生方にとっても、将来像を思い描く魅力的な材料となるでしょう。宮下先生の北海道での取り組みが広く紹介され、日本全国に波及することを願ってやみません。

CROSS TALK血液疾患患者の在宅移行の課題は“血液疾患”
だからこそ血液内科医の専門性が活きる

愛育病院  血液病センター<br />
センター長 近藤健先生/HOME CARE CLINIC N-CONCEPT 院長 宮下直洋先生

患者も医療者も負担の分散が必要

近藤 愛育病院は160床中100床が血液内科で、全国でも有数の病床数があり、道内各地から患者さんが来ています。同種移植などは北海道大学病院に紹介し、逆に大学病院からもう少しリハビリが必要な患者さんなどを受け入れており、連携を密にしています。先々、一番の問題は患者層の高齢化だと考えていますが、病床のキャパシティは大きいものの、長期入院を避けて自宅で生活していただくために、在宅を含め、地域医療との連携を強めることが重要だと考えます。
 北海道に限らず、大病院に血液疾患の患者さんが集中する傾向にありますが、地域医療とうまく役割分担をして、負担を適切に分散することがさらに必要となります。

宮下 北海道はやはり土地が広いので、遠方からの通院が患者さんやご家族の負担になることがあります。特に冬場は同じ10kmでも北海道の雪道の10kmと雪の無いエリアの10kmでは全然違いますので、例えば支持療法の部分を在宅医療・クリニックで担うことで協力体制を築くことができると思います。

近藤 300kmかけて通院されることがありますからね。北海道では地域格差が大きい、とも言えます。高齢であればさらに負担が増えます。

宮下 血液疾患の場合、終末期であっても「家に帰る」という選択肢が挙がりにくいのが現状です。そこで、血液疾患にも対応できる在宅クリニックを開きました。血液内科医が在宅医として活動していることを知っていただき、地域医療で協力するケアマネジャーや訪問薬剤師・看護師などとチーム医療を発展させていきたいと考えています。
 血液疾患の患者さんは病院主治医とのつながりが強いので、「見捨てられた」と思われないよう複数主治医制として、合同の退院カンファで病院の主治医と在宅医が並んで患者さんに挨拶をして、日常診療は在宅医、3か月~半年に1度病院を受診することで不安なく受け入れてもらえるような工夫もひとつのやり方でしょう。

近藤 在宅で診療していただけると救急受診や予約日以外の受診の頻度が減ることが期待され、病院側の医療者負担の軽減につながると思います。特に感染症の問題は避けて通れません。そのため、緊急性のない、軽症の感染症などは在宅医に対応いただけると、患者さんも安心して過ごすことができ助かります。

血液疾患患者の在宅移行の課題は“血液疾患”
だからこそ血液内科医の専門性が活きる

宮下 家に帰る術(すべ)があるというのは、患者さんにとってもメリットだと思います。

近藤 自宅で全身管理できればメリットは大きいですね。内服治療の患者さんであればアドヒアランスを確認できる点も強調できます。慢性骨髄性白血病(CML)ではアドヒアランスが治療成績に影響を及ぼすことが示されていますが1)、病院では頻回に確認できませんから、老老介護のような家庭では薬剤管理がなおざりになりがちです。
 これまでは血液疾患患者さんが在宅移行を希望しても、一般の内科医では「血液疾患は診られない」ということで実現しないこともありました。つまり、血液疾患患者さんの在宅移行のハードルは「血液疾患であること」だったと言えます。宮下先生のような血液内科医が在宅医療にいれば、❶輸血等、入院の必要はない手技でも在宅でできず、頻回通院するケース ❷終末期で在宅を希望するケース ❸連携対応することで入院をしなくてもよいケース、等は在宅移行の適応となると考えられます。

宮下 在宅移行では必要な医療を提供できることが前提になりますが、病院の対応とは変わることもあります。例えば動悸、頭痛、めまいなどの直接的な症状につながる貧血への赤血球輸血は重点的に行いつつ、血小板輸血は控えるなどの判断が出てきます。患者さんが家で過ごすうえで、苦痛を最小限にしてQOLを上げることを考慮するのが診療の基本になると思います。
 私はカンファレンスが在宅医療システムの情報を提供できる場になればと思っています。私も在宅医療や介護分野に足を踏み入れるまで、実際にできることなどを理解していませんでした。在宅医療の知識があれば、在宅移行できるかどうかの判断がつきやすくなると思います。

近藤 ⾎液疾患の在宅医療はまだ端緒に就いたばかりです。⾎液疾患を診療する病棟医と在宅医、更にはコメディカルが連携することで、病院でも⾃宅でも患者さんが安⼼して必要な医療を受けることができる体制を作り上げていくことが望まれていると思います。

1)Moulin SM. et al., Support Care Cancer. 2017;25:951-955.

人口200万人に“200万床分”の医療を提供できる地域連携

近藤 高齢化社会で亡くなる方の2人に1人ががんで亡くなるとも言われる時代です。患者さんやご家族が在宅医療をごく普通に希望できる土壌を作ることも大切でしょう。実際、患者さんやご家族が在宅を希望されることは少ないです。

宮下 血液疾患の在宅医療は始まったばかりです。ちょっと大きなことを言えば、札幌市内には約200万人の人口がおりますので、私は200万床を持っているつもりで対応しています。今後ますます多くの方が、在宅移行への希望を叶えられるようにしていきたいですね。

近藤 患者さんにとっての“高レベルの医療”とは、先進医療だけではなく一般的な医療を十分に、自宅でも受けられることでもあります。在宅医療が血液内科の領域でも広がり、様々な医療が自宅で普通に受けられるようになることに大きな期待を抱いています。