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「看取り」から始まる医療がある~“大病院だけのハナシ”ではない臓器提供の実態 第5回

読了時間:約 6分24秒  2013年08月23日 AM10:00
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第5回「被虐待児問題 改正臓器移植法の落とし穴」

これまで4回にわたり、データだけでなく臨床医の視点に踏み込んで「移植医療の実態」を紹介してきました。今回は、移植医療を健全に支えるはずの法律が、大きな問題を抱えている現実を説明します。

■臓器移植法が臨床現場に強いる「ありえない質問」

仮に、小学校一年生の幼い女児が、朝登校時に自動車事故に遭ったとします。子どもは、重症の脳挫傷で病院に運ばれ、主治医は手を尽くしましたが、瀕死の状態です。ご両親とお話をするうち、臓器提供のお考えがあることが分かりました。さてここで、医師は次の質問をしなければなりません。あなたなら出来ますか?

(1)あなた方は過去に一度でも、この子を叩いたりして虐待をしたことがありますか(身体的虐待)

(2)あなた方が育児を放棄したから、不注意にも交通事故にあったのではないですか(ネグレクト)

(3)あなた方が何か強く叱ったことで本人がショックで上の空になり、事故にあったのではないですか(心理的虐待)

(4)あなた方はこの子に性的虐待をしたことがありますか(性的虐待)

※なお、たとえご両親が否定されても、警察や児童相談所などを通じて調べます。

 
これらの残酷な調査事項に、質問する側も質問される側も耐えられるはずはありません。しかし、これが、今の臓器移植法の現実なのです。なぜこのような事態になったのでしょうか。

■臓器移植法が改正された経緯

臓器移植法は1997年に制定、2009年7月に改正されました。主な改正点は2点。ひとつは、本人の意思(提供を希望するか拒否するか)が不明な場合に家族や親族の判断での臓器提供を可能にしたこと、そしてもうひとつは、親族優先提供(提供者が死亡する場合、夫婦間か親子間での臓器提供を優先する)を可能としたことです。

旧法では、心停止下臓器提供には本人のドナーカード所持は必須ではなく、ご家族の同意だけで提供可能だった一方、脳死下臓器提供では本人の提供同意カード所持が必須でした。しかし、ドナーカードへの署名は遺書と同等の法的取り扱いで、15歳未満は遺書を書くことが法的に無効であることが、15歳未満からの脳死下臓器提供を阻んでいました。
対して、心停止下提供では、1995年から2009年の間に29名の15歳未満の腎臓提供者がありました。そこで2009年の法改正では、脳死下提供でのカード所持の縛りを解き、心停止下臓器提供と同じ条件にしたのです。結果、脳死下でのみ移植される心臓、肺、肝臓の提供が、15歳未満の子どもからも可能となりましたが、同時に、心停止下臓器提供では全く話題に上らなかった「臓器を提供する子どもは、被虐待児の可能性がある」の疑義が世間で喧伝されるようになったのです。

そのため移植法の実施ガイドラインを作成する際、「子どもが虐待された上に臓器を摘出されるなんて可哀想だ」という提議が出ました。そして子どもの虐待の約92%が親による、との統計結果から、「子どもを虐待した親ならば、臓器提供に賛成しそうだ」「臓器提供に賛成する親は、子どもを虐待したのではないか」「臓器提供に賛成する親は、過去に子どもを虐待したことがある残酷な親ではないのか」と議論が発展し、結局、「親が子どもの臓器提供に承諾した場合は、直接死因の調査と同時に、親による過去の虐待歴の有無をつぶさに調べよ」とされてしまいました。この調査義務は、世界中でも日本特有のものです。

■被虐待歴の調査義務とは

厚労省の統計によると、死亡につながった虐待の種類は、身体的暴力が59.2%、ネグレクトが38.8%、心理的虐待(言葉による暴力など)が0%、性的虐待が0%、不明が2%とあります(厚労省:子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第7次報告)より)。直接の死因が身体的暴力やネグレクトであれば、医師が子どもの身体を診察検査する際に、直ぐにそれと分かります。しかし法律は、その子が言葉による暴力を受けていたか、性的虐待を受けていたかなどをも含めた全項目を、過去にさかのぼって調べよと言うのです。

しかも、その調査義務が提供病院に押しつけられてしまいました。提供病院が、院内に虐待調査委員会を設立し、警察や児童相談所と連絡を取って調査しなければなりません。例えば、もしその家族に転勤が多くあったとしても、子どもが出生後居住した全ての都道府県市町村の児童相談所へ、虐待の可能性の連絡があったかどうかを調べよと言うのです。つまり法律は、提供病院側に対して、過去に存在したか否かも分からない虐待の犯人捜しを命じたのです。

もし児童相談所が、家庭の個人情報だからと情報開示を拒否すれば、「虐待の可能性を否定できない」とされます。また、第三者による目撃証言がない事故も同様です。例えば子どもが屋外でブランコや塀などから転倒転落して脳挫傷となった場合、第三者の目撃があれば臓器提供は可能となりますが、自宅内で(例えば階段から)転倒転落して脳挫傷となった場合、親の証言だけでは虐待の可能性を否定できずに、臓器提供は不可能となります。

さらに日本小児科学会も、原則18歳未満の死亡症例の状況を全例登録して、死亡を予防可能であったか否かを検証する方針であると発表しました。病気で亡くなった子どもさえも調査対象とするのです。この新たな重責を、多忙極まる小児科の医師らや病院側に課すことは、果たして正しいやり方なのでしょうか。

■「親を信用しない」原則が及ぼした影響

2013年7月14日の朝日新聞に、214の医療施設へのアンケート調査記事が載りました。それによると、臓器移植法改正後に法的脳死での小児臓器提供が検討されたにもかかわらず提供に至らなかったのは47件で、そのうち3件は「明らかに虐待が疑われたわけではないが、完全に否定することは難しいという慎重な判断」の結果だったそうです。この慎重な判断の背景には「親の言うことは信用不可」の原則が働いたと想像されます。もしご遺族が提供を望んでいたならばさぞ無念だったのではないかと思いますし、移植を受けられていたかもしれないどこかの患者さんのことを考えると、いたたまれません。(なお、残る44件の内訳は、家族が提供を望まない36件、医学的条件6件、その他2件)

この改正法のガイドライン作成の班員の一人であった、東北大学大学院法学研究科の水野紀子教授は、その論文内に「臓器提供は虐待と無関係であり、ドナーに対する加害行為ではないはず。児童虐待と脳死を結びつけることは不合理きわまりない制度設計で、到底許容できない」「(虐待歴を調べるという)残酷な迂回路による提供回避、これが今回の改正法の最大の悪質な立法ミスであった」と断言されています。人権庇護に基づく無茶な要望に折れてしまった無念さが、にじみ出ています。

■移植医療の発展を妨げる影響

私が更に危惧するのは、この問題が、移植医療自体の発展を妨げる風潮を生むことです。

(1)虐待と臓器提供の関係

今、世間では、子どもの虐待を論じる機会が増えています。しかし虐待は広義の暴力の一種であり、子どもに限定されるものではありません。ところが不思議なことに、成人からの臓器提供の際には、犯罪や家庭内虐待の存在を疑うべきとの論調はなぜかありません。こじつけではありますが、例えば、飲み会で酒に酔って階段から転落した場合、誰かが後ろから押した可能性を完全に否定できるでしょうか。あるいは高血圧を放置した結果の脳出血の場合、家族が本人の高血圧の治療の必要性を敢えて無視し、放置していたかも知れません。臓器提供を論じる際に、小児例に限って被虐待問題が突然持ち上がる風潮には、注意を払う必要があります。

(2)世間の目を重箱の隅へ誘導

2013年7月1日の時点で、全国には13600名余の移植待機者がいらっしゃいます。その中で15歳未満の待機者は、臓器別に心臓17名、肺5名、肝臓10名、腎臓51名、膵臓0名の総計83名であり、総待機者数の1%以下です。小児移植待機者を蔑ろにするのでは決してありません。ですが、提供者の被虐待歴に拘泥することが、日本の移植医療全体の発展を遅れさせてしまうのは確かでしょう。移植医療の根本的問題は、諸外国と比べ日本では臓器提供者が圧倒的に少ないことです。それを無視し、被虐待児問題があたかも移植医療の中心的問題点であるかの様に採り上げると、世間は「臓器提供は虐待行為なのか」と誤解し、移植医療をこれまで以上に忌避するでしょう。

(3)提供施設の負担

被虐待歴調査義務を提供病院に課すことも、問題です。病院は、警察でも興信所でもありません。調査にたけているわけでなく、そこに時間を費やすインセンティブも持っていません。現場は、余計な仕事を背負い込むのを避けようと考え、医師らは臓器提供への関与を嫌悪してしまうでしょう。これでは日本の移植医療の発展は望むことはできません。

■精神障がい者の家族は臓器提供の権利がない

臓器移植法には、他にも理不尽と思える決まり事があります。それは「精神障がい者からの臓器提供を不可とする」ことです(なお昨年「精神障がい者からの」の文言は、「自己決定能力に疑いがある場合」に変更されました)。簡単に解説しますと、この法律は、精神障がい者は自分の提供意思を口頭や書面で表現しても法的に無効であり、さらにその家族にも臓器提供の決定権を与えないとしています。その結果、乳幼児からの臓器提供の場合には、言葉を理解することも話すこともできない子どもに、精神障がいがなければ提供可能、精神障がいがあれば提供不可能という理解しがたい区分となっています。そして、精神障がい者のご家族にもいったい何の落ち度があるのでしょうか。

このように、人権庇護や差別廃絶を論じる余り、臓器移植法が間違った方向へ偏位した感があります。この臓器移植法の矛盾点に関しても、拙書では詳細に解説しています。

次回はいよいよ最終回。医療者は、臓器提供をどのように理解し関与すべきかを検討します。

※文中で使用しているスライドは、『医療ボードpro』へのダウンロード使用可能です(無料)。
『移植医療(脳死下・心停止下提供)の実際』

吉開 俊一(国家公務員共済組合連合会 新小倉病院 脳神経外科部長)

1984年 九州大学医学部卒業
1991年 臨床大学院課程修了、医学博士取得
1993年 日本脳神経外科学会専門医取得
その後、脳血管障害、頭部外傷、脳腫瘍など、主に脳神経外科救急領域にて従事
2009年より現職

著書:移植医療 臓器提供の真実 ―臓器提供では、強いられ急かされバラバラにされるのか―