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オキシトシンを極小タグ付加により可視化、脳内の挙動を捉えることに成功-慶大ほか

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2022年08月30日 AM11:06

社会行動を司るオキシトシン、投与によりASD症状改善の報告も

慶應義塾大学は8月26日、これまで直接見ることができず謎に包まれてきた、脳内のペプチド性ホルモンの一種であるオキシトシンを「」するツールの開発と応用に成功したと発表した。この研究は、同大医学部薬理学教室の塗谷睦生准教授、横浜国立大学環境情報学府博士課程前期2年の中村花穂、慶應義塾大学医学部薬理学教室の唐澤啓子(研究当時)、安井正人教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Analytical Chemistry」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

オキシトシンは、かつてより知られていた分娩促進などのホルモンとしての働きに加え、脳内において神経伝達物質として働き、生物の社会行動に関与することが近年明らかにされた。神経伝達物質とは、脳内に存在する無数の神経細胞の間で情報をやり取りする化学物質を指し、これらの物質の分泌量や局在などによって、ヒトの感情や精神状態は細やかに調節されている。中でもオキシトシンは、学校や会社などの集団における人間関係を築く上で必要不可欠な要素である社会行動を司る非常に重要な物質である。さらに、自閉スペクトラム症の中核症状に社交性の欠如があるが、オキシトシンの投与により症状が改善されるとの報告もあり、その社会的な重要度はますます認知されつつある。

分子量の小さいオキシトシン、従来の蛍光タグでは本来の挙動を捉えることは困難

オキシトシンがどのようにしてヒトの脳の中で働き、精神機能を発揮するかを理解するためには、オキシトシンの脳内における作用部位や動態の解明が必要不可欠である。そのような理解のためには、「見る」ことが最も効果的だ。通常、医学・生命科学研究では、そのままでは見えない物質を見える化(可視化)するために、蛍光分子などの蛍光タグが用いられる。しかし、従来の蛍光タグは分子量が700ほどもあるため、わずか1,000程度の分子量のオキシトシンに付加するとオキシトシン本来の挙動をゆがめてしまい、真の姿を捉えることは困難だった。その結果、これまでの方法ではオキシトシンの作用する場所や動きを「見る」ことができず、脳内での働きの多くが謎に包まれたままとなっていた。

分子量25以下の「アルキンタグ」付加によるオキシトシンの可視化

研究グループは、このように見ることができなかったオキシトシンの初の「見える化」を試みた。このため、誰でも短時間で簡便に遂行できる単純な化学反応を介することで、オキシトシンにアルキンタグを結合させる方法を考案し、新たなツール「アルキンオキシトシン」を開発した。アルキンタグは分子量25以下と非常に小さく、オキシトシンの分子の大きさにほとんど影響を与えないため、生体内のオキシトシンと同様に振る舞うことが期待できる。アルキンオキシトシンを観察したい細胞や脳組織に投与し、さまざまな条件下で働かせた後に化学的に固定を行い、クリック反応(官能基間の特異的かつ安定な分子結合を実現する反応)を施すことで、顕微鏡を用いた「見える化」が可能となる。これにより、これまで見ることのできなかった脳内におけるオキシトシンの作用部位や挙動を観察することができる。今回の研究では、脳の中でも記憶や学習といった重要な役割を担う海馬に特に着目し、オキシトシンの作用部位や時空間的動態を捉えることに成功した。

マウス脳組織に投与し、特徴的な分布や来のオキシトシンとの競合を確認

研究では、まずアルキンをオキシトシンに付加させる手法であるアルキンタギング法の開発、およびアルキンオキシトシンの合成に取り組んだ。簡便な付加反応の後、反応物を解析することにより、狙い通り、簡単な化学反応で非常に小さなタグのついたアルキンオキシトシンを合成することができた。この新たなプローブであるアルキンオキシトシンをマウスの脳組織へ投与したところ、脳組織の中で特徴的な分布を示すことがわかった。さらにこのアルキンオキシトシンは、脳内の本来のオキシトシンの標的に結合し、オキシトシンと競合することがわかった。これらから、アルキンオキシトシンは体内にあるオキシトシンと非常に近い挙動を示す、これまでの蛍光色素によるタグ化では実現しなかった、新たなタイプの「見える化」ツールとして機能することを見出した。

記憶や学習などを司る海馬領域に強く結合、成熟した神経細胞と反応

次に、開発した新たな可視化法を生かし、脳内における作用部位の解析へと進んだ。その結果、オキシトシンは、記憶や学習といった脳の高次機能を司る海馬と呼ばれる領域に強く結合し、主に成熟した神経細胞と反応することも明らかになった。さらに、脳内における時間的な変化の解析をしたところ、細胞外に投与されたオキシトシンは、細胞内への取り込みは少なく、主に細胞表面のオキシトシン受容体に結合し、すぐに消えてなくなることがわかった。ここで発見された特徴的な結合パターンは、それらの細胞においてオキシトシンが特に強く作用していることを示すもので、オキシトシンによる社会性といった高次の脳・精神機能発現の解明へとつながるものと期待される。

オキシトシン関連疾患の理解や薬の開発だけでなく、他のペプチドホルモンにも応用可能

今回の研究で開発した新規プローブ法は、これまで使われていた放射性同位体プローブなどに比べて非常に簡便かつ安全であり、高い感度での検出が可能だ。さらに、生きた組織や生体内でさまざまな条件による変化を観察することができるため、脳内の時空間的動態の解明を可能にした初めての手法でもある。このプローブのさらなる応用により、これまでベールに包まれていたオキシトシンの脳内の動きや作用が明らかにされ、さらには自閉スペクトラム症などをはじめとするさまざまなオキシトシン関連疾患の理解とそれに対する薬の開発にも大きく貢献することが期待される。「本研究で開発した「見える化」の手法は、一般性の高いもので、オキシトシンのみならず、バソプレッシンやブラジキニンといった、オキシトシンとは異なる強力な生理活性を持つ他のペプチドホルモンにも応用できることがわかった。本研究の成果により、オキシトシンをはじめとするさまざまな生理活性を持つ種々のペプチドの働きや関連する病気の解明も進んで行くものと期待される」と、研究グループは述べている。

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