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陣痛や授乳期の波「オキシトシン脈動リズム」をリアルタイムに可視化-理研ほか

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2022年07月26日 AM11:46

出産時の陣痛の始まりと進行を制御するオキシトシン脈動リズム

(理研)は7月22日、母体における出産・授乳時に鍵となるホルモン物質オキシトシンを作る神経細胞(オキシトシン神経細胞)の脈動をリアルタイムに可視化する技術を開発したと発表した。この研究は、理研生命機能科学研究センター比較コネクトミクス研究チームの幸長弘子研究員(研究当時)、宮道和成チームリーダー、福島県立医科大学生体情報伝達研究所生体機能研究部門の小林和人教授、加藤成樹准教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は「Current Biology」誌に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

出産時の陣痛には波があり、ヒトの場合最初は10分間隔ほどの陣痛が発来し、お産の進行とともにペースが速くなり、かつ一つ一つの波が高くなっていく。この波を作り出している正体の一つは、子宮収縮をつかさどるホルモン物質のオキシトシンである。脳視床下部の室傍核や視索上核と呼ばれる領域には、オキシトシンを合成する神経細胞(オキシトシン神経細胞)があり、お産の進行に合わせて数分に一度激しく活動して大量のオキシトシンを血中に分泌する。これが子宮に到達して、子宮収縮のリズムを生み出していると考えられている。陣痛はいつ始まるのか、どのように進行するのかといった妊産婦や家族にとって重要な問題に対して、現時点では具体的な予測ができない。この一因には、オキシトシンの脈動リズムを作り出す仕組みがよくわかっていないことが挙げられる。

授乳時にもオキシトシン分泌が関与、そのリズムを作る仕組みは未解明

また、出産に比べるといささかわかりにくいが、授乳にも波がある。ここでも鍵となるのはオキシトシンである。子が乳頭に吸い付く吸啜(きゅうてつ)刺激を母体に与えると、その情報は母体の脳のオキシトシン神経細胞を活性化させ、大量のオキシトシンが血中へと分泌されると考えられている。これが乳腺を収縮させて、貯蔵されていた母乳を乳管へと放出させる。この一連の反応を「射乳反射」と呼ぶ。射乳反射はコンスタントに続くわけではなく、子が吸啜を続けていても全くオキシトシンの分泌されない時間が続き、約5分に1回、数秒間だけ大量のオキシトシンが分泌される。このリズムを作り出す仕組みもよくわかっていない。

このように、出産や授乳におけるオキシトシンの分泌は神経内分泌学という分野で長らく研究されてきた題材であるが、現代の神経科学の観点からみて非常に基本的な部分に未解明の問題が残されている。これらの問題を解き明かすことは、出産期や授乳期の生活の質(QOL)を改善するためのさまざまな技術に貢献すると考えられる。

マウスでオキシトシン神経細胞を直接観察する技術を開発

研究グループは、出産や授乳におけるオキシトシンの脈動リズムを研究する第一歩として、遺伝学的なツールの発達した実験動物であるマウスを用いて、オキシトシン分泌リズムを直接観察する技術を開発することが必要だと考えた。そこで、ファイバーフォトメトリーと呼ばれるイメージングツールを、出産期や授乳期におけるマウスのオキシトシン神経細胞を観察する手法として世界で初めて用いた。

まず、脳視床下部室傍核のオキシトシン神経細胞の活動を視覚的に捉えるため、カルシウムイオン(Ca2+)センサーとして働くタンパク質GCaMPを妊娠している雌マウスに発現させた。一般に、神経細胞が活動すると細胞内Ca2+の濃度が上昇し、GCaMPの蛍光強度の変化として可視化できる。GCaMPが正しくオキシトシン神経細胞に発現し、それ以外の細胞に発現していないことを確かめてから、室傍核の直上に光ファイバーを設置した。出産予定日の前日から、雌マウスをファイバーフォトメトリーにつないで出産、その後の授乳の様子を観察した。GCaMPの蛍光強度を捉えるのに加えて、マウスのケージを横と下からビデオ撮影し、母仔の様子も記録した。

出産時のオキシトシン神経細胞活動パターンを捉えることに成功

出産時のオキシトシン神経細胞は、仔が完全に膣外に出てくる10~15分前からリズミカルな活動を開始し、このリズムは娩出に至るまで持続することがわかった。さらに、出産期から授乳期までを連続して観察すると、分娩の終了からおよそ4時間後に母マウスが仔にまたがって授乳行動を開始し、出産時よりもはるかに高くリズミカルな波が発生する様子が捉えられた。これらの観察は、マウスにおいて自然に進行する出産におけるオキシトシン神経細胞の活動パターンを初めて明らかにしたものである。

授乳期の活動は進展に伴って波の高さが変化

次に、授乳期の母マウスにおけるオキシトシン神経細胞の活動を記録した。出産後12日目の母マウスを一晩観察すると、非常に明瞭な神経活動のピークが観察された。このマウスは12時間の間に62回のピークを示したが、分布は明らかに一様ではなく、かたまり(クラスター)を作っていた。このことから、活発に授乳する時間帯と休憩している時間帯があると考えられる。クラスターの中では、およそ5分に1回のリズムが観察された。

さらに継続して観察すると、授乳期の進展に伴って興味深い変化があることがわかった。どの個体も、出産後1日目には波が小さいものの、授乳を続けると波が高くなり12日目までにはおよそ2倍の高さになった。また、離乳後に再び妊娠・出産を経験すると、波の高さはいったん元に戻って、それからまた大きくなることもわかった。

仔の成長に関わらず、母自身の授乳経験に依存して自律的に変化

授乳を続けると波が高くなる変化の理由には、仔が成長して吸啜が強くなったためか、それとも母マウス側でオキシトシン神経細胞自身が変化しているのかの二つの可能性が考えられる。そこで、生後間もない仔と十分成長した仔を用意して、人為的に仔を入れ替える里子実験を行った。その結果、母マウスの示すオキシトシン神経細胞の活動ピークの高さは仔の日齢に影響を受けなかった。従って、母マウスのオキシトシン神経細胞には自身の授乳経験に依存して、自律的に活動の強度を変化させる仕組みがあると考えられる。この自律的変化は、仔の成長に合わせて射乳反射の強度を調整する上で適応的だと考えられるが、その仕組みの解明には今後の研究が必要である。

オキシトシン神経に入力する神経細胞のマップ作製

ここまでの結果から、・授乳におけるオキシトシン神経細胞の脈動をリアルタイム・長期的に直接観察できることが初めて示された。このリズムがどのような神経回路によって生み出されるのかという問題の解明に対する第一歩は、オキシトシン神経細胞に入力する上流の神経細胞を網羅的に可視化することである。そこで、特定の神経細胞に入力するシナプス前細胞を特定するトランスシナプス標識法を用いて、オキシトシン神経に入力する神経細胞のマップを作製したところ、視床下部のさまざまな神経核や視床下部の外側の構造、例えば分界条床核(BST)に多くの標識が見られた。標識された神経細胞の傾向を非妊娠状態の雌マウスと出産後1日目の母マウスで比較したところ、大きな違いは見つからなかった。また、標識される細胞の種類を調べてみると、興奮性、抑制性いずれのタイプの神経細胞も見いだされたが、BSTではほとんどが抑制性の神経細胞だった。

分界条床核の活性化によりオキシトシン神経細胞の脈動が低下

そこで、新たに見つかった入力神経細胞の役割を調べるために、薬理遺伝学を用いてこれらの神経細胞の活動を制御する実験を行った。授乳中の母マウスに薬剤CNOを投与してBSTの抑制性神経細胞を人為的に活性化すると、薬の効いている期間にオキシトシン神経細胞の脈動が少なくなることがわかった。この結果は、上流の神経回路への介入によってオキシトシン神経細胞の脈動を変動させることが可能なことを初めて明らかにしたものである。

人為的に効率良くオキシトシン系を活性化する技術の開発にも

今回、研究グループは遺伝子ノックアウトやウイルスツールなどさまざまな実験系が発達したマウスを用いて、母性機能に関連したオキシトシン神経細胞の活動を捉える技術の開発に成功した。この成果は出産や授乳におけるオキシトシン神経細胞の脈動を作り出す分子基盤や神経回路基盤の解明に貢献するとともに、授乳の「質」や「量」に影響を与える遺伝的要因と環境因子の探索を促進し、授乳期のQOLの改善に貢献する技術の開発につながるものと期待できるという。「特に、母親において子からの吸啜シグナルがオキシトシン神経細胞を強く活性化させる神経経路や増強の仕組みが解明できれば、人為的に効率良くオキシトシン系を活性化させる技術の開発につながる可能性がある。オキシトシン系の活性化は自閉症などの神経疾患の治療戦略としても着目されていることから、本研究の成果は母性機能の理解を超えた重要性を持つと考えられる」と、研究グループは述べている。

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