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鼠径ヘルニア、日本人の病態に関わる重要な遺伝子座を同定-理研ほか

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2021年08月20日 AM11:15

病態はまだ完全に解明されておらず遺伝的要因も指摘される

理化学研究所(理研)は8月19日、日本人の「鼠径ヘルニア」を対象にした大規模なゲノムワイド関連解析()、および他人種集団とのメタ解析を行い、鼠径ヘルニアの病態に関わる重要な疾患感受性領域(遺伝子座)を同定したと発表した。この研究は、理研生命医科学研究センターゲノム解析応用研究チームの寺尾知可史チームリーダー(静岡県立総合病院免疫研究部長、静岡県立大学特任教授)、ファーマコゲノミクス研究チームの曳野圭子特別研究員、莚田泰誠チームリーダー、東京大学医科学研究所の村上善則教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「EBioMedicine」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより

鼠径ヘルニアは脱腸とも呼ばれ、腸などの腹腔内臓器が腹壁の脆弱部から皮下にはみ出してしまう状態を言う。腸の一部が出口に挟まってしまったり、組織や血管などが圧迫されて血流が悪くなってしまったりするなど、重い合併症を引き起こすことがあるため外科手術が行われるが、再手術が必要になったり、術後の慢性的な痛みが生じることがある。近年では高齢者の腸閉塞等の原因としても注目されている。

鼠径ヘルニアは病態がまだ完全には解明されておらず、発症には遺伝的要因も指摘されている。これまで大規模なGWASは2015年にヨーロッパ人集団で報告されただけで、その他のこれまでの結果を含めても遺伝的背景を十分に説明することはできず、また非ヨーロッパ人集団でのGWASは過去に例がなかった。そこで共同研究グループは、バイオバンク・ジャパンに登録されている約17万5,000人のデータを対象に大規模なGWASを行い、さらにUKバイオバンクのデータと合わせたメタ解析を行うことで、鼠径ヘルニアの発症に関わる新たな疾患感受性領域(遺伝子座)を探索した。

日本人でGWASを実施、人種特異的感受性領域としてELN遺伝子近傍を同定

共同研究グループは、鼠径ヘルニア患者に特徴的な遺伝的変異を網羅的に検出するため、バイオバンク・ジャパンの登録者のうち、鼠径ヘルニア患者群1,983人と対照群17万2,507人を対象に、非ヨーロッパ人集団としては世界初で最大規模となるGWASを実施。解析には、理研の研究チームが2020年に開発した日本人特有のレアバリアントを多く含むリファレンスパネルを用いたインピュテーション法でより高精度に推定された遺伝情報を用いた。

解析の結果、ゲノムワイド有意水準(p<5.0×10-8)を満たす、これまでに報告のない疾患感受性領域(エラスチン遺伝子近傍のELN/TMEM270)を同定した。第7染色体上のエラスチン(ELN)遺伝子は弾性線維の要素の一つであるエラスチンタンパク質をコードしており、ELN遺伝子の変異は鼠径ヘルニアを発症しやすいといわれるまれな結合組織病患者に見られる。また、GWAS結果から推定される遺伝的寄与率(SNP heritability)は25.3%だったことから、鼠径ヘルニアの遺伝的要素を裏付ける結果となった。さらに、エラスチンの組織を支えるという重要な役割は異なる人種間で共通だが、GWASで同定した疾患感受性領域(ELN遺伝子近傍)は、人種特異的であることが示された。

細胞接着、消化管、皮膚に関連する遺伝子制御が重要

続いて、GWAS結果を基に下流解析を実施した。まず、ポリジェニックな要素(多遺伝因子)によって決定される疾患のメカニズムを評価するために、パスウェイ解析を行ったところ、細胞接着(focal adhesion)に関するパスウェイが疾患に寄与する可能性が示された。次に、Heritability enrichment解析では、同定された領域が結合組織・消化管組織に関連した遺伝子へ有意に集積しており、また、あらゆる消化管の平滑筋に関連した遺伝子への集積も傾向として見られた。さらに、鼠径ヘルニアの遺伝的要素により制御される転写について探索するために、トランスクリプトームワイド関連解析(TWAS)を行ったところ、第7染色体上のCALD1遺伝子が、下腹部の皮膚と有意に関連することが判明。これらの結果は、鼠径ヘルニアの病態において「細胞接着(組織を定位置で支える)」、「消化管(鼠径ヘルニアの中身となり得る)」、「皮膚(鼠径ヘルニアを覆う)」に関連する遺伝子制御が重要であることを示唆している。

ヨーロッパ人の結果とメタ解析で疾患感受性領域を23か所同定、5か所は新規

さらに、UKバイオバンクGWASの結果を統合し、メタ解析を行った結果(鼠径ヘルニア患者群1万7,978人、対照群53万4,124人)、疾患感受性領域として23か所が同定され、そのうち5か所(TGFB2、RNA5SP214/VGLL2、LOC646588、HMCN2、ATP5F1CP1/CDKN3)は未報告だった。これらは、日本人とヨーロッパ人の異人種間で共有された遺伝的要素であるために同定されたと考えられる。

次に、理研の研究チームが2020年に開発した機械学習の手法を用い、従来の遺伝子発現とSNPの関連解析(eQTL)では同定が難しかった転写制御領域の活性に影響を与える領域を調べたところ、今回同定された領域の中でTGFB2、LOX、WT1-AS/WT1遺伝子上の5か所が該当することが明らかになった。WT1-AS/WT1遺伝子間のSNP rs2234580においては、鼠径ヘルニアに関連する複数の組織におけるプロモーターの発現を促進することが推測された。この手法を用いても、鼠径ヘルニア発症には複数の組織(細胞外要素・消化管・皮膚)に関連する遺伝的要素が関わっていることが示された。

機能的にも真の原因となるSNPが多いと推定

最後に、今回同定した領域の機能的意味合いを探索すべく、Gene Set Enrichment解析を行ったところ、複数の遺伝子で細胞外マトリックスに関するパスウェイでの発現、弾性線維・細胞外マトリックスとそれに関連するタンパク質の遺伝子への集積が示され、鼠径ヘルニア発症のメカニズムと合致する所見が得られた。これらの結果からも、今回同定した領域の多くが、機能的にも真の原因となるSNPであると推定される。

今回の研究では、鼠径ヘルニアの疾患感受性領域が同定された。また、異なる人種間で共有された遺伝子構造とエラスチンの重要な役割が明らかとなり、鼠径ヘルニアの病態に関わる各組織との多遺伝子的な背景が示された。研究グループは、「今後、鼠径ヘルニア発症との関連が明らかになった遺伝子変異・各組織を介した発症メカニズムを解明することで、鼠径ヘルニアに対する新しい治療法や予防法の開発に貢献できるものと期待できる」と、述べている。

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