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痛覚神経への選択的遺伝子導入、サルで成功-NCNPほか

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2021年08月12日 AM11:15

侵害受容神経を選択的に活動抑制できれば慢性疼痛治療につながる

(NCNP)は8月11日、アデノ随伴ウイルスベクター(AAV)を用いて、小型霊長類であるコモンマーモセットの痛覚神経へ選択的に遺伝子を導入することに成功したと発表した。この研究は、NCNP神経研究所モデル動物開発研究部の工藤もゑこテクニカルフェロー、Sidikejiang Wupuer研究員、関和彦部長、および、京都大学霊長類研究所神経科学研究部門統合脳システム分野の井上謙一助教、高田昌彦教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Molecular Therapy – Methods & Clinical Development」オンライン版に掲載されている。


画像はリリースより

慢性疼痛はさまざまな疾患を持つ患者に共通するだけでなく、一見健康に見える人の多くが抱える悩みだ。例えば、過去の調査によれば、日本人成人の4人に1人が何らかの慢性疼痛を持っていることがわかっている。慢性疼痛を訴える人の24%は「」、つまり体性感覚系の損傷や疾患が原因となって起こる疼痛だ。神経障害性疼痛では、皮膚などが刺激されなくても痛みが持続するが、根本的な治療方法は存在しない。

こうした背景から、近年、神経障害性疼痛の遺伝子治療の方法が、盛んに研究されている。そこでは、疼痛刺激を感知する末梢感覚神経(侵害受容神経)に選択的に外来遺伝子を導入し、その活動を抑制することによって疼痛を抑圧することが目指されている。ところが、末梢神経には、侵害受容神経の他にも、自分が動いているということを伝える神経や、触覚を伝える神経が混在している。そのため、侵害受容神経のみに選択的に遺伝子導入を行うことが困難であり、技術的な課題だった。ところが最近、AAVを用いると、外来遺伝子が侵害受容神経選択的に導入できるという画期的な発見が報告された。この技術を用いれば、ヒトの慢性疼痛を効果的に治療できる可能性がある。しかし、これまで、この選択的な遺伝子導入の成功例は、マウスやラットなどのげっ歯類に限られ、ヒトを含めた霊長類での成功例はなかった。

AAVベクターを座骨神経に注入、神経組織への高い選択性を確認

今回研究グループは、マーモセットの感覚神経細胞に遺伝子導入を行うため、蛍光タンパク遺伝子であるGFPを組み込んだAAVベクターを座骨神経に注入し、先行研究との比較のため、げっ歯類のラットに対しても同様の実験を行った。AAVはそのタイプに応じて異なった組織や細胞に指向性(より優先的に感染しやすい性質)を持つことが知られているが、特にAAV6は、げっ歯類において痛覚神経に指向性があることが知られている。そこで実験ではAAV6と、比較対象として触覚や筋感覚に指向性のあるAAV9を用いた。すると、目的通り感覚神経細胞に遺伝子導入されていることが確認された。また、標的組織以外への遺伝子導入について調べたところ、ベクターを注入した部位より遠位の脊髄や注入周辺の筋肉では、ベクターの導入量は非常に少なく、神経組織への高い選択性が確認された。

マーモセットでAAV6が痛覚神経選択的に遺伝子導入可能

次に、感覚神経細胞におけるAAV6およびAAV9それぞれの指向性を確認したところ、AAV6に関しては、マーモセットもラットと同様に無髄神経細胞に指向性を持っていたが、AAV9に関しては、有髄神経細胞に指向性を持つラットとは異なり、マーモセットでは指向性が見られなかった。感覚神経細胞の中でも、無髄神経は主に痛みなど痛覚に関与し、有髄神経は触覚や筋感覚に関与していることが知られている。さらに、病理学的検査を行ったところ炎症性細胞の浸潤などは認められず、AAVの毒性による影響はほとんど無いことが確認された。

最後に、感覚神経細胞の情報の伝達先である脊髄においても、AAV6およびAAV9それぞれの指向性を確認。結果、脊髄でも感覚神経細胞と同様に、AAV6はマーモセットもラットも無髄線維に指向性を持っていた。一方、AAV9に関しては、ラットでは有髄線維に指向性を持っていたのに対し、マーモセットでは、無髄線維に指向性を持つ傾向が見られた。この結果、マーモセットに関して、AAV6のタイプを選択すると、痛覚神経に選択的に遺伝子を導入することが可能であることが示された。

神経への直接注入が成功のカギ、より簡便な注入経路での治療開発を目指す

今回、霊長類の痛覚神経選択的な遺伝子導入に成功できたのは、神経へのウイルスベクター直接注入という投与経路を選択したためだと考えられるという。従来の霊長類を対象とした研究ではほとんどが静脈内投与や髄液内投与を用いていたため、痛覚神経への選択性が得られていなかった。ウイルスベクターが血液脳関門を通過して脳神経細胞に遺伝子を導入する仕組みはよくわかっていないが、この仕組みにげっ歯類と霊長類では大きな違いがあるものと推察された。

痛覚神経への選択的な遺伝子導入技術がげっ歯類だけでなく霊長類においても実現したことにより、今後は導入技術ではなく、どのような遺伝子を導入することによって慢性疼痛をより効果的に抑制できるかを対象とした開発研究が盛んに行われるようになると予想される。例えば、神経活動を抑えるような治療薬の導入による疼痛抑制、また現在盛んに研究が進んでいる光遺伝学や化学遺伝学を用いた治療方法など、多くの治療方法に発展することが期待できる。

今回開発された方法は、現在のところ末梢神経への直接注射が必要なため、技術的難易度が高いことが欠点であるという。しかし、今回の発見に基づけば、臨床で日常的に行なわれている皮膚や筋肉への注射によっても同様な効果が期待できる。研究グループは、「このような新規注入ルートの開発によって、神経障害性疼痛治療の最も簡便で効果的な方法の一つとして確立できる可能性がある」と、述べている。

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