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「期待値」に関連する脳領域は前頭眼窩野中央と腹側線条体、サルで確認-筑波大

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2021年02月08日 PM12:45

脳の中で掛け算が起こる仕組みは?複数の細胞集団に着目

筑波大学は2月5日、数学を用いた新たな解析技術を開発することで、神経細胞の集まりが、期待値と呼ばれる確率と量の掛け算を行う仕組みを発見したと発表した。この研究は、同大医学医療系の山田洋助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「The Journal of Neuroscience」に掲載されている。


画像はリリースより

全ての日常生活の間に、ヒトの脳の神経細胞が活動し、その活動に応じて物を認識し、感じ取り、行動を生み出している。また、脳は、コンピューターに例えられることがある。コンピューターは0と1を組み合わせた2進数で計算を行うが、脳の神経細胞はどのように計算しているのか、その計算の根本的な原理はよくわかっていなかった。

今回の研究では、脳の中の複数の細胞集団に着目し、脳の中で掛け算が起こる仕組みを検証。具体的には、期待値と呼ばれる確率と量との掛け算を対象とした。

例えば、宝くじを買う場面において、1万円が10%で当たるくじと、5,000円が50%で当たるくじとどちらがいいかと考える場合、期待値(確率×量)を計算し、期待値が高い後者のくじ(2,500円が平均的に当たるくじ)を選ぶ人が多いことが考えられる。このヒトの行動は、ミクロ経済学で古くから知られる期待値理論(期待効用理論)で説明されることが知られており、ヒトは一般に、利得を最大化するように、つまり、より儲かるように行動することが知られている。

このような合理的な選択を行うことができるのは、ヒトの脳が掛け算を使って期待値を計算し、その期待値を比べることで、より儲かるくじを選ぶことができるからだと考えられる。ヒトはこの掛け算を素早く行い、瞬時に期待値を計算し、期待値が最も高いくじを一つ選ぶことができる。今回の研究では、実際に脳がどのようにしてこの掛け算を行っているのかという根源的な疑問について調査した。

0.02秒の時間精度で神経細胞活動が掛け算をしているのかを判別、時間変化を調べる解析方法を開発

研究グループは、マカクザル(以下、サル)がヒトと同じようにギャンブルを行うための訓練を実施し、確率と量を掛け算して期待値を計算している最中に、脳の中の神経細胞活動を多数記録。どの神経細胞が掛け算を行うのかを調査した。

実験では、実験動物として飼育するサルに、ヒトが行うのと同じようなギャンブル(くじ引き)を繰り返し経験させた。また、ヒトで用いるお金の代わりに、ジュースなどを報酬として用いた。このくじでは、報酬の量とその報酬がもらえる確率が、別々の色のパイの数で示される。

10か月ほど同訓練を行うと、サルはくじが意味する確率とジュースの量を理解し、できるだけ多くの報酬を得られるようにギャンブルを行うようになり、ヒトと同様に、サルはできるだけ儲かるようにくじを選ぶようになった。このことから、サルのくじを選ぶ行動について、ヒトと同じように期待値に従っていることを確認した。

研究グループは、サルのくじを選ぶ行動について、ヒトと同じように期待値に従っていることを確認。その後、ヒトで行うのと同等の基準で管理された外科的手術をサルに施して実験装具を装着し、ギャンブルをしている最中に、サルの脳の神経細胞活動を記録した。マカクザルの脳は、実験動物の中で最もヒトに近く、ヒトとほぼ同じような脳の部位が備わっているため、ヒトが行う認知行動の最適なモデル動物として実験に用いた。

ギャンブルを行うことに関わることが知られている大脳皮質の前頭眼窩野中央部や大脳基底核の線条体における神経細胞の活動を測定。そして、この神経細胞の集まりがどうやって掛け算(確率×量=期待値)を行っているのか、その仕組みを理解するために、新たな解析方法を開発した。

具体的には、0.02秒の時間精度で神経細胞活動が掛け算をしているのかを判別し、その時間変化を調べることができる解析方法だ。この手法では、まず、線形回帰分析を用い、個々の神経細胞がくじの当たりの確率とその時の報酬の量の計算を行う程度を、この報酬の確率と量の次元で構成される部分空間に投影する。

そして、この確率と量からなる線形の部分空間に投影された個々の神経細胞の活動の依存度(確率と量に対する活動の依存性)に対し、主成分分析と呼ばれる多変量解析の技術を適用。これにより、神経細胞の集合を代表する最も顕著な特徴(主成分)を取り出す。この特徴の抽出を、くじが提示されている全ての時間にわたって、一括で行う。

今回の研究では、0.02秒毎の神経細胞活動の代表的な特徴を抽出することを実現し、時々刻々と変化する脳活動を精密に解析可能とした。

くじを見た直後から脳が期待値を瞬間的に計算し、保持

新規解析技術を用いたところ、実験動物のサルが数字に対応する図形を見た直後に、脳の中の前頭眼窩野中央部と腹側線条体で、期待値を計算していることが明らかとなった。

サルがくじを見た直後から当たり外れを認識するまでの間、固有ベクトルと呼ばれるベクトルの向きが継続して45度の方向を指していることがわかった。つまり、これらの神経細胞の活動が、くじにより提示された報酬の確率と量を一対一の割合で統合し続けることで、掛け算を行っていたと考えられるという。

この結果は、サルがくじを見た直後から、脳が期待値を瞬間的に計算し、保持することを意味している。研究グループは、「サルはヒトが暗算を行うように、瞬時に掛け算を行っているのかもしれない」としている。

今回開発した解析技術は、統計的な条件を満たせば、どんな神経細胞集団の記録データにも適用可能となるツールで、線形代数と多変量解析を組み合わせて用いるという。

世界中で今まで取得されたデータを再度解析することで、誰でも脳の活動の時間的な変化(ダイナミクス)を理解することが可能だ。また、手法も極めて簡単なため、既存の脳活動の記録データに同解析技術を適用することで、脳が計算を行う新たな脳の計算の仕組みの解明につながることが期待される、と研究グループは述べている。

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