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グリア細胞のアデニル酸シクラーゼ活性化が、記憶の形成と保持を調整-東大ほか

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2021年01月14日 PM12:15

cAMPの生産を光で制御できる遺伝子改変マウスを作製

東京大学は1月12日、光に応じてアストロサイトのアデニル酸シクラーゼを活性化させる遺伝子改変マウスを用いた研究で、アストロサイトのアデニル酸シクラーゼ活性化は記憶の形成と保持を調整することを示したと発表した。この研究は、同大大学院薬学系研究科の小山隆太准教授と周至文研究員らの研究グループによるもの。研究成果は、「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」オンライン版に掲載されている。


画像はリリースより

グリア細胞の1種であるアストロサイトは、脳を構成する主要な細胞種の一つであり、脳の恒常性と機能を維持する役割を持つ。例えば、記憶の形成に影響を及ぼすということが知られている。しかし、その過程を制御するアストロサイト内のシグナル伝達は十分に解明されていなかった。そのようなシグナル伝達が明らかになれば、神経細胞ではなく、アストロサイトを標的とした脳機能調節が可能となると考えられる。

そこで研究グループは今回、細胞内シグナル伝達に重要な分子である「cAMP」(サイクリックAMP)に着目し、光刺激に応じて細胞内のcAMPレベルを増加させるアストロサイトを持つ新規遺伝子改変マウスを作製し、アストロサイトのcAMPシグナルの操作によるシナプス可塑性と記憶への影響を調べた。

アストロサイトのcAMPレベル上昇は、記憶形成を促進する一方で記憶の保持を阻害

アストロサイトのcAMPは、アストロサイトの機能を制御することが知られている一方で、アストロサイトのcAMPレベル上昇が脳機能に与える影響に関しては未解明な点が多く残っている。その理由の一つとして、生体内のアストロサイトcAMPシグナルを人為的に活性化させる手段がなかったということが挙げられる。研究グループは、青色光刺激に応じてcAMPを合成する光受容タンパク質であるPAC(photoactivated adenylyl cyclase)がアストロサイト特異的に発現する遺伝子改変マウスを作製。これにより、光刺激で時間分解能よくアストロサイト特異的にcAMPレベルを上昇させることが可能となった。

次に、アストロサイトのcAMPレベル上昇が記憶に与える影響を調べるため、記憶をつかさどる脳領域「」のアストロサイトに光刺激を与え、空間記憶の変化を調べた。記憶は形成された後、脳内で保持される。記憶の形成と保持の2つの段階が記憶の成績に影響する。そこで、アストロサイトのcAMPレベル上昇が記憶の形成と保持両方に与える影響を調査。まず、記憶形成の段階で光刺激を与えた。学習の最中または直後に光刺激を与えた場合、光刺激を与えなかった群に比べて記憶成績が上昇した。このことから、アストロサイトのcAMP上昇は記憶形成を促進することが示唆された。一方、記憶形成後の記憶保持のタイミングで光刺激を与えた場合では、記憶の成績が低下した。つまり、アストロサイトのcAMP上昇が記憶の保持を阻害することがわかった。

アストロサイトのcAMPレベル上昇は、シナプス可塑性を誘導することで記憶の形成と保持を調節

記憶の形成と変化は、シナプス可塑性によって生じていることが提唱されている。そこで研究グループは、アストロサイトのcAMPレベル上昇がシナプス可塑性を誘導する可能性を検証した。光刺激を受けた海馬標本を免疫染色し、可塑性のマーカーとして使用されるcFosタンパク質の発現を検証した結果、光刺激によるcAMP上昇はcFos陽性の神経細胞密度を増加させた。また、シナプスにおける伝達効率が変化することを検証するために、電気刺激に対する神経細胞の応答を記録し、光刺激後、神経細胞の応答が増強され、この増強が保持されることを発見した。以上のことから、アストロサイトのcAMPレベル上昇はシナプス可塑性を誘導することが示された。

アストロサイトから放出される因子の中では、乳酸が記憶形成やシナプス可塑性の誘導に重要であることが知られていたため、乳酸の関与を検証した。まず、アストロサイトのcAMPレベル上昇が海馬内の乳酸量を増加させることを確認。アストロサイトから神経細胞への乳酸輸送を阻害した際には、cAMP上昇によるシナプス可塑性と記憶の変化が抑制された。つまり、アストロサイトのcAMP上昇は、乳酸の輸送を介して記憶の調節を誘導することがわかった。以上の結果から、アストロサイトのcAMPレベル上昇は、シナプス可塑性を誘導することで、記憶の形成と保持を調節することが示唆された。

アストロサイトのcAMPシグナル経路が、記憶や学習に基づく動物の行動に重要な役割を担っている可能性

今回の研究成果により、人為的にアストロサイトの細胞内シグナル分子であるcAMPのレベルを上昇させることが記憶の形成を促進し、記憶の保持を阻害することが示された。また、アストロサイトのcAMPシグナル経路は、記憶や学習に基づく動物の行動に重要な役割を担っている可能性が示唆された。

また、同研究で作製された、アストロサイトのcAMPを操作することが可能な遺伝子改変マウスについて、「このマウスは、脳機能や動物行動におけるアストロサイトのcAMPシグナル経路の役割を調べることに役立つことが期待される」と、研究グループは述べている。

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