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周産期HIEに対するMuse細胞の治療効果を検討、抗炎症メカニズムを解明-名大ほか

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2020年11月26日 PM12:00

脳卒中などの成人疾患に対しては、Muse細胞点滴投与の治験が進行中

名古屋大学は11月24日、周産期低酸素性虚血性脳症()に対するMuse細胞による新規治療法開発の可能性と抗炎症メカニズムを明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学部附属病院総合周産期母子医療センター新生児部門の鈴木俊彦病院助教、佐藤義朗講師、早川昌弘病院教授、同小児科の高橋義行教授、同先端医療開発部の水野正明病院教授、清水 忍准教授らの研究グループが、東北大学大学院医学系研究科細胞組織学の出澤真理教授およびサウスフロリダ大学 Cesar V Borlongan教授ら、株式会社生命科学インスティテュートと共同で行ったもの。研究成果は、「Journal of Cerebral Blood Flow and Metabolism」の電子版に掲載されている。


画像はリリースより

周産期医療の進歩で新生児の生存率は飛躍的に向上しているが、脳性まひ児の発生率は減少していないなど、神経学的予後は未だ改善されていない。神経学的障害をきたす原因の一つとして、周産期低酸素性虚血性脳症(HIE)が挙げられる。HIEは、出生前後に脳への血流が遮断され低酸素に陥ることで引き起こされ、脳性まひ、精神発達遅滞、てんかんなどのさまざまな脳障害、さらに最重症の場合は新生児死亡を引き起こす。現在、HIEに有効な治療法は低体温療法のみだが、重症の場合には十分な効果が期待できない。そのため、HIEの新しい治療法の開発は、周産期医療における急務の課題だ。

近年、幹細胞を用いた細胞療法/再生医療が、さまざまな疾患に対して臨床応用されてきている。研究グループでは、Multilineage-differentiating stress enduring cells(Muse細胞)に注目し、HIEに対する新規治療法の開発を行っている。Muse細胞は、多能性幹細胞マーカー(SSEA-3)陽性の細胞で、ヒトの骨髄、皮膚、脂肪、結合組織などさまざまな組織に存在している幹細胞だ。幹細胞の1種である間葉系幹細胞にも数パーセントの割合で含まれている。Muse細胞は体内のさまざまな種類の細胞に分化することができ、腫瘍化のリスクが低く、低酸素などのストレスにも耐性がある。しかも、胎盤に類似する特殊な免疫抑制作用も有しており、免疫拒絶反応のリスクが低く、静脈内に投与するだけで自発的に損傷した臓器に移動・集積し、組織を修復することができる。現在国内では、脳卒中、急性心筋梗塞、表皮水疱症、脊髄損傷などの成人疾患に対して、ヒト白血球抗原(HLA)適合や免疫抑制剤投与を行うことなく、ドナー由来のMuse細胞を点滴で投与する治験が行われている。

Muse細胞が神経細胞損傷とミクログリア活性化を抑制

研究グループは今回、HIEのような低酸素に伴う脳損傷に対しても、Muse細胞は自発的に損傷した脳組織に移動し神経細胞に分化して修復を行い、脳機能を改善させることができるのではないかと考え、HIEモデル動物を使用し、HIEに対するMuse細胞の治療効果を検討した。

ラットで作製したHIEモデル動物に対してヒトMuse細胞の静脈内投与を行い、頭部画像検査や行動実験による評価、脳組織の評価を行った(免疫抑制剤は一切投与せず)。その結果、ヒトの成人に相当する受傷後1か月、5か月のいずれの時点でも、Muse細胞を投与されたMuse群のモデル動物では、行動異常(多動性)の改善(Open-field test)、学習障害(Active avoidance test、Novel object recognition test)の改善、運動障害(まひ)の改善(Cylinder test)が認められた。脳組織の評価では、免疫抑制剤を併用していないにもかかわらず、受傷後6か月もの長期間にわたって、Muse細胞が損傷を受けた脳組織周辺にのみ生着していること、さらに、ラットの脳内でヒトMuse細胞が神経細胞やグリア細胞に分化していることが確認された。しかも、脳内にMuse細胞が長期間生着していたにも関わらず、Muse細胞投与による副作用は認めず、腫瘍形成や死亡率の上昇もなかったという。また、Muse細胞投与から2日後の頭部画像検査の結果から、Muse群では脳内でグルタミン酸などの興奮性脳伝達物質の産生やミクログリアの活性化が抑制されていることがわかった。さらに、ミクログリアの細胞を用いた実験でも、Muse細胞とともに培養することにより、ミクログリアの活性化が抑制されることが示された。

HIEの発症初期の段階では、低酸素に伴う脳虚血が生じると、嫌気性代謝(酸素を消費しないエネルギー代謝)が進行し、乳酸やグルタミン酸などが過剰産生され、不可逆的な神経細胞損傷が起こる。いったん神経損傷が起こると、脳内のミクログリアが活性化され、活性化したミクログリアがさらなる神経炎症、神経損傷を引き起こすという悪循環が生じる。つまり、Muse細胞はHIEによって生じる嫌気性代謝をブロックすることで神経細胞の損傷を抑え、さらにミクログリアの活性化を抑制することで、さらなる神経炎症、神経損傷の悪循環を抑える働きも持つ可能性が考えられるという。

今回の知見に基づきHIEに対するMuse細胞の探索的医師主導治験を実施

今回の研究により、Muse細胞の静脈内投与は、HIEにとって新たな治療選択肢となることが示唆された。Muse細胞は、特殊な免疫抑制作用を持つため免疫拒絶反応のリスクを抑えることができ、ドナー由来のMuse細胞を、免疫抑制剤を使用することなく安全に静脈内に投与することが可能だ。現在、国内では心筋梗塞、脳梗塞、脊髄損傷などの成人の疾患に対して、ドナー由来のMuse細胞製品を点滴で投与する臨床研究が進められている。

名古屋大学医学部附属病院は今回の研究で得られた基礎的知見に基づき、HIEに対してもMuse細胞製品を使用した探索的医師主導治験を行っているとしている。

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