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脳とAIエージェントの双方向学習で、脳内の痛み調節システムの強化に成功-ATRほか

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2020年08月17日 PM12:15

慢性疼痛は、身体損傷を検知し脳に伝える痛覚神経回路の異常で起こる

(AMED)は8月14日、ヒトとコンピュータ内の人工知能(AI)エージェントが互いを訓練し合う双方向ニューロフィードバックシステムを開発し、両者の学習によりヒトの痛みを調節する脳内システムを強化することに成功したと発表した。この研究は、株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)・脳情報通信総合研究所、国立研究開発法人情報通信研究機構・脳情報通信融合研究センター(CiNet)、、オックスフォード大学などの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Current Biology」に掲載されている。


画像はリリースより

転んで膝をすりむいたり、熱いものが肌に触れたりすると短時間の痛みを感じる。一般的に多くの人が「」という言葉からイメージするのはこの急性疼痛で、身体組織が損傷した場所で炎症が起き、痛みの信号が背骨の中の神経を伝って脳に送られ、痛みの有無や強度が脳内で判定される。このような急性疼痛は、痛みの原因となるケガや火傷を治療することによって徐々に改善される。しかし、痛みが病気やケガの傷が癒えた後も継続したり、数か月から数年の間にわたって繰り返し起こったりする場合もある。このような痛みは「」と呼ばれ、身体の損傷を検知して脳に伝える痛覚神経回路の異常によって起こると考えられている。

慢性疼痛は21世紀の最大の医療課題の1つであり、特に日本を含む先進国では、人口の5人に1人が生涯に一度は慢性疼痛による日常生活への支障を経験する。慢性疼痛の発症率は高齢になるにつれ増加し、慢性的な痛みは社会的および職業的に自立した生活を送るための能力に悪影響を及ぼすため、少子高齢化社会において莫大な社会経済的コストがかかる。しかし、慢性疼痛の効果的な治療は非常に難しく、薬物治療は十分な効果がないばかりか、むしろ厄介な副作用を起こすことが多いというのが現状だ。そのため、慢性疼痛治療、特に非薬物治療の技術的革新が急務となっている。

」に基づいて、新しいタイプの疼痛治療を目指した実験を実施

今回、研究グループは、デコーディッドニューロフィードバック(DecNef)と呼ばれる手法に基づいて、新しいタイプの疼痛治療法開発の実現可能性を探ることを目的とした前臨床的研究を実施。痛みを対象とした最初のfMRIニューロフィードバック実験は、十数年前に米国で成功が発表されたが、その結果は再現されておらず、痛みに対するニューロフィードバック法の確立は困難であると考えられてきた。従来のニューロフィードバックでは、fMRIなどの神経画像技術を用いて特定の領域の脳活動を測定し、実験参加者はその活動度をコントロールしようとする。しかし、測定される脳活動が機能特異的ではないことが多いため、疾患の治療法開発を対象とした研究の成功例は少数に限られる。一方、DecNefは、機械学習を使って脳活動の複雑なパターンを「デコード(情報解読)」することによって特異性の問題を解決し、制御対象とする機能にはるかに正確に焦点を当てることができる。これまで、DecNefなど先進的ニューロフィードバックはPTSD、自閉スペクトラム症、統合失調症、恐怖症、うつ病などに応用されており成功を収めている。

そこで今回、DecNefによる疼痛治療を目指し、「痛みに関連する脳活動のパターンが解読可能で、ニューロフィードバックの信号として実時間利用できるかどうか」「ヒトが痛みに関連する脳活動パターンを自らコントロールできるかどうか」「脳活動パターンをコントロールすることで実際に痛みが軽減されるかどうか」を明らかにするため実験を行った。

ヒトとAIエージェントが互いを訓練し合うシステムを開発

実験では、健康な実験参加者(19名の成人)とコンピュータ内のAIエージェントが互いを同時に訓練し合う双方向ニューロフィードバックシステムを開発し、学習により、痛みに対する脳活動パターンがどう変化するかを調べた。痛み刺激は、実験参加者の手に取り付けた小さな電極に電流を流すことで、短く鋭い痛みを感じる電気刺激(強さは調節可能)として与えた。実験前に、さまざまな強さの電気刺激を参加者に与え、刺激による痛みの程度を視覚的アナログスケール(Visual Analogue Scale;VAS)を用いて主観的に評価してもらった。このVASをもとに、強いと感じられる刺激と弱いと感じられる刺激を1つずつ、参加者ごとに選定した。

fMRI装置内での脳活動計測実験は2日間にわたって実施し、最初に各参加者の脳画像データから痛みの強弱を解読(デコード)するデコーダーを作成する実験を行い、次に、作成したデコーダに基づいたニューロフィードバック実験を行った。デコーダー作成実験の各試行では、参加者に強いあるいは弱い電気刺激を不規則な順番で与えた。ニューロフィードバック実験では、強弱どちらの電気刺激が与えられるかは、制御コンピュータ内のAIエージェントが決定した。

ニューロフィードバック実験のAIエージェントは、入力信号として与えられる参加者の脳活動パターンから、参加者が強い痛みを感じているか弱い痛みを感じているかを解読し、より弱い痛みを与える刺激を送ることを目的として作動するソフトウェア。例えば、参加者が強い痛みを感じたとAIエージェントが推定した場合は、その脳活動を引き起こした刺激を選択する確率が低くなるように学習する。これは、計算論的神経科学やAI分野における強化学習のアルゴリズムに基づいている。実験データから、痛みの強さを脳活動パターンから解読可能であり、これを学習信号としてAIエージェントが正しく学習し、実験参加者の痛みを減らすように学習できることが判明。これは、痛みによって生じる脳活動パターンが実時間フィードバック実験に利用可能であることを示す結果だ。

同時学習で、痛みを調節する脳内システムの活動パターンを変化させることに成功

一方で、実験参加者は、与えられる痛みを弱くするためには、AIエージェントがより効率良く正しく学習できるように自らの脳活動を操作できるよう訓練する必要がある。そのためには、より精度の高い学習信号を送る、すなわち2つの異なる強度の痛み刺激に対して、その刺激に対する脳活動パターンをより識別されやすく表現するように学習を行うことが求められる。しかし実際に、痛みに特化した脳の活動パターンを脳内でコントロールすることはできなかった。ニューロフィードバックのための「標準的な」潜在的ターゲット(痛み処理の主要な脳領域)のどれも、参加者の意志によって制御することができなかったのだ。つまり、標準的なDecNefでは、痛みの表現そのものを短時間でより識別されやすいように学習することは非常に困難であることがわかった。

しかし、前部帯状皮質膝前部(pgACC)と呼ばれる大脳皮質前頭前野内側部の小さな領域では、訓練によって痛みの解読精度が上昇し、ニューロフィードバックによってパターンの制御が可能であることがわかった。この領域は、典型的な疼痛の感覚処理領域ではないが、疼痛システムの重要なコントロール領域であることが知られている。特に興味深いのは、脊髄を通って痛みの神経が末梢から入ってくる場所(例えば、腕や足の神経受容体)に遠心性の信号を送ることで、痛みの信号を上げたり下げたりする能力があり、皮質に入力される痛みのメッセージを効果的に増幅したり減衰することができるということだ。実質的には、DecNefはヒトの痛みを直接物理的に軽減するように脳を訓練していたのではなく、内在的に痛みを調節するように脳を訓練していることがわかった。

ニューロフィードバックにより、内因性疼痛制御システムを強化可能

では、脳活動をコントロールする訓練を行うことによって、実際に刺激に対する痛みの評価を変化させることはできるのだろうか。研究グループは、訓練前と訓練後の主観的な痛みの変化を調べるために、2つ目の実験を行った。この実験では、より簡便に脳活動を計測することができる脳波計(Electroencephalograph;EEG)を用い、fMRI実験と同様のニューロフィードバック実験を実施。痛み刺激に対する評価の変化には、オフセット鎮痛(強い刺激に一時的にさらされると、ほんの僅かに痛み刺激を弱めただけで、痛み感覚が大幅に減少する現象)に対する影響を調べた。オフセット鎮痛は、痛みが軽減したことに対して「ほっとする反応」であり、pgACCを含む内因性鎮痛機構による影響だと考えられている。また、慢性疼痛患者ではオフセット鎮痛機能が減少し、その程度は痛み罹患期間と相関することが知られている。実験には28名の成人が参加し、ニューロフィードバックを行う実験群とコントロール郡の二群について、実験前と実験後にオフセット鎮痛の効果を計測した。オフセット鎮痛の計測には、持続的な痛みを与えるために温熱刺激装置を用いた。痛みに対する評価(VAS)の結果から、ニューロフィードバック訓練を行うと、痛みに対する鎮痛効果がより強く働くことがわかった。

痛みの内在的な調節は、脳が自然に痛みを軽減したり、増加させたりするプロセスとして起こる。例えば、楽しいこと(お気に入りのテレビ番組を見るなど)に注意を払うと、痛みが軽減される。これは、テレビ番組に集中できるように脳が痛みを抑制するシステムが働くからだ。この痛みの内在性調節機能の低下は、慢性的な痛みを引き起こす重要な要因であることがわかっている。今回の研究結果は、ニューロフィードバックを用いた脳−AIエージェントの双方向学習により、ヒトの脳に本来備わっている痛みをコントロールするシステム(内因性疼痛制御システム)を強化できる可能性を示している。ニューロフィードバックにより、ヒトが自分の痛みを内在的に調節できるように訓練することができれば、慢性疼痛の新しい治療法開発への応用など、今後の疼痛治療への大きな貢献が期待される。研究グループは、この先の医療・社会応用について、神経倫理の専門家とともに社会的な影響を検討しながら、医師とともに慎重に進めて行きたいと考えており、また、進捗状況を逐次公開し、社会の理解と評価のもとに進めるとしている。

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