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空間学習に伴う脳内地図の形成機構とASD関連遺伝子Shank2の機能を解明-理研ほか

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2020年07月13日 PM12:30

目的地の学習にはShank2遺伝子が必要、では「認知地図」が形成される過程は?

理化学研究所は7月8日、海馬の活動を細胞レベルでリアルタイムに観察する脳活動画像化実験を行い、空間学習に伴う脳内地図の形成メカニズムと自閉スペクトラム症の関連遺伝子Shank2の機能を解明したと発表した。この研究は、同研究所脳神経科学研究センター神経回路・行動生理学研究チームの佐藤正晃客員研究員(脳科学総合研究センター記憶メカニズム研究チーム客員研究員:研究当時)、京都大学大学院医学研究科の水田恒太郎助教と林康紀教授らの国際共同研究グループよるもの。研究成果は、「Cell Reports」のオンライン版に掲載されている。


画像はリリースより

動物にとって、場所の記憶と目的地にたどり着く行動(ナビゲーション)は、エサや繁殖相手を探し、巣に戻って危険から身を守るなど、個体の生存と種の存続のために必須の行動だ。哺乳類の海馬には、いわば自分自身の位置を知るGPSのように、ある特定の場所を通るときにだけ活動する「場所細胞」が存在する。そして、「いつ、どこで、何が起こったか」といった出来事の記憶を海馬に貯蔵するためには、場所の情報だけではなく、そこにどんな特徴が存在したかなどの場所以外の情報を、多数の場所細胞によって構成される「認知地図」上に記録する必要がある。

以前から、動物が新しい環境を探索すると、新しい場所細胞が海馬で直ちに形成されることが知られていた。しかし、海馬の認知地図がどのような細胞レベルの活動の変化で形成され、学習経験に伴って精緻化するのかについてはよくわかっていなかった。また、自閉スペクトラム症など、自分を取り巻く環境の知覚や認知に特有の傾向を示す脳疾患において、海馬の認知地図にどのような変化が起こっているのかについても理解が進んでいなかった。

研究グループは2017年、マウスのバーチャル空間の認識に海馬の活動が必要なこと、および、その目的地の学習にはShank2遺伝子が必要であることを明らかにしていた。今回の研究では、そのときに同研究グループが開発したマウス用バーチャルリアリティシステムに二光子レーザー顕微鏡を組み合わせ、海馬のCA1野と呼ばれる領域に、空間学習に伴って認知地図が形成される過程を観察した。

ASDモデルのShank2欠損マウス、必須ではない「報酬地点」で応答の場所細胞が過剰に増加

細胞の活動を画像化するために、高反応性蛍光カルシウムセンサータンパク質G-CaMP7を海馬に発現する遺伝子改変マウスを作製。このG-CaMP7は、オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質(GFP)を人工的に改変したタンパク質であり、神経細胞の活動によって細胞内で増加するカルシウムイオンに結合すると、強い緑色の蛍光を発して細胞を光らせる。同マウスにより、海馬CA1野の約0.5mm四方に存在する数百個の神経細胞の活動を二光子レーザー顕微鏡で均一に観察することが可能になった。バーチャル空間には、空間学習の課題として長い廊下のような直線路を設定。この直線路の一点にランドマークとして緑色のゲートを置き、別の場所に通過すると報酬として水が得られる報酬地点を設定した。マウスにはこの直線路を1回10分間のセッションで、1日1、2セッションずつ合計15セッション走らせた。そして1-5セッション目を初期、6-10セッション目を中期、11-15セッション目を後期として解析した。

まず、海馬の認知地図の形成過程を明らかにするために、訓練の最初のセッションから画像化。マウスは、訓練を繰り返すにつれて直線路を走る時間が増え、訓練の後期には、報酬地点が近づくと、その手前で走るスピードを減速したり、報酬の出るチューブをなめ始めたりするなど、報酬の受け取りを期待する行動が見られるようになった。このように、学習が進むに従い、画像では場所細胞の数が全体的に増えていく様子が観察された。

また、報酬地点で応答する場所細胞の割合は他の場所で応答する場所細胞と比較して、最初のセッションの段階から増加したのに対し、ランドマーク地点で応答する場所細胞の割合は、学習が進むに従って徐々に増加した。これは、他の場所と比べた相対的な場所細胞の増加が海馬の認知地図において行動上重要な特徴の存在を示す情報であること、およびモチベーションに関わる「報酬」と視覚的手掛かりである「ランドマーク」という別々の種類の特徴は、異なる時間的変化で場所細胞を増加させることを示しているという。

最後に、この海馬の認知地図が自閉スペクトラム症のモデルマウスの一つであるShank2欠損マウスでどのように変化しているかを調べた。Shank2欠損マウスは、社会行動の異常や反復行動など、ヒトの自閉スペクトラム症に似た行動を示す。Shank2欠損マウスは正常マウスに比べて、直線路を走る時間が多く、報酬もより多く獲得した。また、報酬地点直前の走るスピードの減速も大きかったことから、このマウスは単なる多動ではなく、むしろゴールを目指す行動が亢進していると考えられた。Shank2欠損マウスの海馬の認知地図を画像化すると、ランドマーク地点で応答する場所細胞の割合は増加せず、報酬地点で応答する場所細胞の割合は正常マウスよりも過剰に増加していた。つまり、ランドマーク地点で応答する場所細胞の増加にはShank2遺伝子が必須だが、報酬地点で応答する場所細胞の増加には必須ではないことから、2つの場所細胞の増加が異なるメカニズムで起こることが明らかになった。

アルツハイマー型認知症など、幅広い脳疾患の病態解明への貢献に期待

今回の研究成果により、場所細胞の相対的な増加はその場所における顕著な特徴の情報を担っており、場所細胞の安定化というメカニズムで起こることが明らかになった。さらに、自閉スペクトラム症マウスモデルを用いた実験により、報酬とランドマークという2つの異なる種類の特徴の情報は、海馬の認知地図において、別々のメカニズムと細胞集団によって表現されていることが明らかになった。

自閉スペクトラム症患者のナビゲーション行動を調べた研究は現在のところあまり多くないが、マウスモデルを用いた同研究結果が、今後この研究の進展を促す可能性がある。自閉スペクトラム症患者は、一般に細かい視覚的認知能力に長けていると言われるなど、彼らを取り巻く世界の知覚や認知には特有の傾向が見られるが、その詳細な脳内機構には不明な点が多く残されている。その症例の一部には、今回の研究が明らかにしたような細胞レベルでの脳内情報表現の異常が関与している可能性が考えられる。

今回の研究で用いたバーチャルリアリティシステムは、被験動物の実験環境を柔軟かつ精密に操作することで、多様な行動課題を行うことが可能だ。また、二光子レーザー顕微鏡を用いた脳活動の画像化は、生きた脳の働きを高解像度で「見て」理解することのできる極めて強力な研究手法だ。研究グループは、「今後、これらを組み合わせた同様の手法をアルツハイマー型認知症などの他の脳疾患モデルマウスを用いた研究に適用することで、幅広い脳疾患の病態解明に貢献することが期待できる」と、述べている。

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