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老年期うつ病患者の脳でタウタンパク質が蓄積、生体内での可視化に成功-量研ほか

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2020年07月06日 AM11:15

老年期うつ病とタウ/アミロイドβの蓄積に関連があるか

量子科学技術研究開発機構は7月1日、認知症の原因物質と考えられる「」(以下、タウ)が、高齢で発症するうつ病(以下、老年期うつ病)で脳内に蓄積することを、生体イメージングで明らかにし、大脳皮質へのタウ蓄積が精神症状を引き起こす可能性を示したと発表した。これは、同機構量子医学・医療部門放射線医学総合研究所脳機能イメージング研究部の森口翔客員研究員(主所属:慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室)と樋口真人部長らは、慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室の三村將教授らとの共同研究によるもの。研究成果は「Molecular Psychiatry」オンライン版に掲載されている。


画像はリリースより

老年期うつ病は、アルツハイマー型認知症をはじめとした認知症の危険因子であることが知られている。また、認知症の約3割はその発症前に何らかの精神疾患であると診断されているが、その多くはうつ病が占めている。うつ病と認知症には共通点がみられるが、老年期うつ病と認知症に共通した病態メカニズムについては、さまざまな仮説が提唱されてきたものの、はっきりとわかってはいない。その中の1つの仮説として、タウやアミロイドβの蓄積はこれら2つの疾患に共通している可能性がいわれており、死後脳を用いた研究でもそれらの存在が示唆されてきた。

これまで老年期うつ病の脳内においても神経変性疾患と同様の変化が起こっているかを確認するため、PETを用いた脳内のアミロイドβ蓄積の探索が行われてきた。しかし、うつ病におけるアミロイドβの蓄積は、ある程度認知機能の低下した軽度認知障害を伴ううつ病では認められたものの、認知機能の保たれたうつ病ではアミロイドβの蓄積に関して一貫した結果を得られていなかった。また、タウとアミロイドβ両方に結合するイメージング剤18F-FDDNPで行われた老年期うつ病のPET研究では、うつ病の脳内で18F-FDDNPの結合が高く認められたものの、それがタウ蓄積によるものなのかアミロイドβ蓄積によるものかは不明であった。

量研が開発したPETにより生体脳でタウを特異的に可視化する技術を用いて、これまでに、アルツハイマー型認知症、特定地域で多発する認知症、前頭側頭型認知症、進行性核上性まひ患者、頭部外傷などさまざまな疾患を対象に、タウ蓄積と病態の関係などを明らかにしてきた。そこで今回の研究では、この技術を用いて、老年期うつ病を対象にタウとアミロイドβの蓄積量ならびに分布と、臨床的特徴との関連を明らかにする研究を実施した。

量研が開発したイメージング剤11C-PBB3で可視化、老年期うつ病患者の大脳皮質にタウ蓄積

研究では、50歳以上の老年期うつ病20人と同年代の健常者20人の協力により得られたデータを解析対象とした。老年期うつ病の患者は慶應義塾大学病院およびその関連施設で募集し、健常者は量研が募集したボランティアであった。なお、老年期うつ病の患者群は操作的診断基準でうつ病と診断され、認知機能が保たれている患者が対象。そのうちの10人は妄想や幻聴などの精神病症状を認めた。対象者に、タウに対しては量研が開発したイメージング剤11C-PBB3を用いて、アミロイドβに対してはイメージング剤11C-PiBを用いてPET検査を行い、タウおよびアミロイドβの脳内の各領域における蓄積量を調べた。

その結果、老年期うつ病患者では脳内の大脳皮質全体にタウ蓄積が認められ、その中でも前帯状皮質と呼ばれる脳部位で高い傾向がみられた。また、患者内において精神病症状の有無で分けて比較したところ、精神病症状を有する老年期うつ病患者群の大脳皮質全体においてタウ蓄積がより多く認められ、特に前頭前皮質、前帯状皮質、側頭葉などの脳部位で高い傾向がみられた。過去の研究では、精神病症状を伴ううつ病において、前頭前皮質、前帯状皮質、側頭葉で、脳体積の減少や血流低下が認められている。また、アミロイドβの蓄積量は、老年期うつ病患者群と健常者群で差はなかった。

さらに検証するため、東京都健康長寿医療センターで行われた高齢者ブレインバンクプロジェクトの死後脳データにアクセスし、臨床評価スケールによって抑うつ症状を呈した症例、もしくは、過去にうつ病と診断された既往のある症例にタウの蓄積が認められるかどうかを確認した。その結果、顕著なアミロイドβの蓄積がないもののタウの蓄積が認められるケースが、抑うつ症状が認められた20症例中7例、うつ病の既往があった24症例中6症例でみられることが明らかになった。これにより、PET検査による結果と同様にうつ病患者の一部にタウ蓄積が関連している可能性が死後脳でも示唆された。

若年性/老年性うつ病では臨床像に違い、タウ蓄積が関与か

これまでの操作的診断基準では、若年者のうつ病も老年期うつ病も、同じ1つのうつ病として診断され、治療方法も同一のものであった。しかし、臨床上はこれら2つのうつ病が明らかに異質な症状を呈している場合が少なくない。中でも、妄想や幻覚などを呈する精神病症状は老年期うつ病に比較的多く認められ、若年者にはほとんど認められないことが知られている。このような老年期うつ病に比較的特有な精神病症状としては、うつ病の一群としても考えられるコタール症候群などがある。こうした臨床的観察により、以前から老年期うつ病の中には若年者とは別のメカニズムが関与しているのではないかといわれていた。今回の結果はそのような精神病症状を呈する老年期うつ病にタウ蓄積が関与していることを示唆するもの。一方、精神病症状を呈する老年期うつ病であってもタウ蓄積が認められない症例も認められたため、今後、精神病症状が認められたとしてもどのような場合にタウ蓄積が関連しているかを明らかにするための研究が必要となる。

今回の研究成果は、診断のみでなく、老年期うつ病の今後の治療指針についても有用な可能性がある。アルツハイマー病などの認知症では、タウ蓄積を標的とした根本的な治療薬の開発と複数の臨床試験が実施されており、タウが関与している一部の老年期うつ病を早期に診断することが可能となれば、こうした新しい治療法を適用されることが期待される。「今回はブレインバンクデータを利用し、うつ病の既往とタウ蓄積との関連を検証したが、PETの所見と死後脳の検査結果を直接比較する画像病理相関による検証を行うことで診断精度を向上させることが期待できる。こうした取り組みにより、老年期うつ病に対する診断・治療法の開発を加速させていきたい」と、研究グループは述べている。

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