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脳の静脈排出異常は加齢バイオマーカーに、iNPH等の脳室拡大疾患の解明へ-理研ほか

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2020年05月18日 PM12:15

iNPHにおける静脈排出異常、脳脊髄液の除去治療で正常化

(理研)は5月15日、MRI法の新手法を用いて、ヒト脳の「」パターンが加齢とともに変化することを発見し、加齢や脳損傷に伴う静脈排出不全が、脳室の拡大を引き起こすメカニズムを提示したと発表した。これは、同研究所生命機能科学研究センター脳コネクトミクスイメージング研究チームの麻生俊彦副チームリーダー、京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座の上田敬太講師、村井俊哉教授、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科精神行動医科学分野の杉原玄一准教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Brain」オンライン版に掲載されている。


画像はリリースより

ヒトの脳は年齢とともに萎縮する。多くの場合、年齢相応の脳の働きは維持されるため、軽い萎縮は疾患ではなく正常な加齢変化と考えられる。一方、アルツハイマー型認知症などの疾患では、異常な速さで、脳の特有の領域で萎縮が起こる。しかし、老化であれ疾患であれ、脳が萎縮する仕組みは共通しており、脳の実質を構成する神経細胞やグリア細胞が死滅する神経変性が主な原因とされている。

認知症の画像診断では、脳室の拡大が指標の1つとされる。健常人でも中年以降、脳実質の容積が小さくなるとともに脳室は拡大するため、これも脳の萎縮であると理解されてきた。一方、脳室が異常に拡大する水頭症という病態があり、なかでも「治せる認知症」として知られる「」()は、高齢者特有の原因不明の疾患とされる。一般に水頭症では、脳脊髄液が溜まり過ぎて脳室が膨れていると考えられており、特発性正常圧水頭症では、脳脊髄液を除去することで、認知症や歩きにくさなどの症状が軽減する。しかし、なぜ脳脊髄液が溜まるのかは解明されていない。

麻生氏らは先行研究で、特発性正常圧水頭症では脳の「静脈排出」の異常が起こっていることを報告。静脈排出とは、動脈からの血液が毛細血管を経て静脈へ排出されることを指す。この異常は、脳脊髄液を除去する治療によって正常化したため、水頭症の病態と静脈排出になんらかの関係があると推察。そこで共同研究グループは、静脈と脳室の大きさにどのような因果関係があるのかを詳細に調べるため、さまざまな年齢の健常者と脳損傷患者の脳の静脈排出パターンの大規模解析を試みた。

静脈排出パターンは加齢や脳損傷の影響を受けて変化

脳の血流を非侵襲的に調べる手法の1つに、「ラグマッピング法」と呼ばれる画像診断法がある。撮像原理は、脳活動を測定する機能的MRI()と同じだが、ラグマッピング法では、10分間のMRI撮像だけで脳の静脈の血流情報を得ることが可能だ。共同研究グループはこの手法を用いて、加齢に伴う静脈排出パターンの変化と脳室拡大、脳萎縮の関係を明らかにするため、21~89歳まで225人の健常者の脳を計測。その結果、脳の萎縮について、表面にある脳溝の開大で評価すると、20代から進行が始まっており、すでに知られている神経細胞・グリア細胞の減少と一致した。一方、静脈排出の変化と脳室の拡大は中年以降に進行し、両者とも似たパターンで50代に進行が加速した。この結果から健常者においても、静脈排出の変化と脳室拡大に関係があると疑がわれた。

次に、病態としての脳室拡大と静脈排出パターンの関係を調べるため、12~70歳まで71人の外傷性脳損傷の患者症例を調査。外傷性脳損傷は、なんらかの物理的な力で脳が損傷したもので、日本では交通事故が原因の多くを占める。こうした患者では、神経細胞やその線維連絡が壊れた結果として脳が萎縮するとともに、しばしば脳室の拡大を伴う水頭症を合併するが、このメカニズムは不明。ただ、患者では加齢による認知機能低下が早まるといった知見から、外傷性脳損傷と老化には共通する要素があると考えられてきた。解析の結果、外傷性脳損傷では、静脈排出のパターンもまた、加齢の方向に進んでいた。この変化は、萎縮などの形態変化とは有意な相関関係になかったため、脳室の大きさなどの影響が混入したものではないと考えられた。

また、興味深いことに、この脳損傷の影響は、脳損傷を受けた年齢が若いほど強いこと、つまり10代では大きく、中年以降ではほとんどなくなることがわかった。これは脳損傷による静脈の変化が、加齢によるものと共通したメカニズムを持っている可能性を示しており、若年層には老化を加速させる一方、老化がある程度進んでいる高齢層への影響は小さいためと考えられる。同様の傾向は、萎縮と脳室拡大の両方を反映する脳実質容積でも見られ、年配の脳外傷例ほど脳実質容積の大きさが正常と変わらなかった。これは細胞死による脳萎縮のメカニズムが、脳外傷と加齢で重複しているからだと考えられる。しかし、脳実質容積と静脈の変化との間に相関はほとんどなく、静脈の変化が反映するのは細胞死とは別のメカニズムであると考えられた。

加齢に伴う静脈排出異常は脳室拡大に先行して出現

水頭症において「表在静脈系に異常がある」との報告があり、また外傷性脳損傷でも静脈の流れに異常が報告されている。静脈排出異常が、脳脊髄液の吸収を阻害するなどして脳室拡大の原因となっているという見方は長らく議論されてきたが、本研究はその仮説と一致。今回観察した年齢変化のカーブを比較すると、わずかに静脈の変化のほうが脳室拡大よりも先行しており、これは「静脈→脳室拡大」という因果関係を支持するものだ。これらの結果は、病的な脳室拡大のメカニズムが、健常な加齢変化でも起きることを示唆する初めての証拠である。

本研究で見いだされた静脈排出パターンの変化は、脳の老化の進行を客観的に評価する新しい加齢バイオマーカーとなる。脳における静脈の重要な機能は老廃物の排出であり、アミロイドなどの病的なタンパクの蓄積が起こるアルツハイマー型認知症や外傷性脳損傷でも、排出系の異常があるとされている。さらに、加齢とともに脳に鉄の蓄積が起こることが知られており、水頭症や静脈機能不全との因果関係が疑われてきた。年齢と静脈排出、そして鉄沈着の間の関係を調べることが、脳の老化メカニズム解明の糸口となる可能性がある。「生活習慣の改善や医療的介入による脳の血流変化の有無や、他の加齢バイオマーカーとの関連を調べることで、老化予防への新しいアプローチの開発、特発性正常圧水頭症の解明への手がかりにつながることが期待される」と、研究グループは述べている。

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